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兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが  作者: アイリスラーメン
第2章:出逢い『空飛ぶウサギが来た編』
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83 お手・おかわり・お座り

「今回の件はここまでにしよう」


 園長のマグーレンが切りのいいところで言った。


猫人族(びょうじんぞく)が犯人って決めつけるのはあまりよくないからないからな……」


「でもどうするんッスか? またウサギを盗みにくるかもしれないッスよ」


 ダールは兎園(パティシエ)の心配している。

 ウサギ泥棒を撃退することに成功したが二度とここに現れないとは限らない。再びウサギを盗みにくるどころか仕返しに来る可能性だってある。

 しかしマグーレンは落ち着いた様子で口を開いた。


「それは問題ない。すぐに聖騎士団に連絡をするつもりだ。兎園(ここ)兎人族の国(キュイジーヌ)も運営しているからな。聖騎士団が動いてくれる。ウサギ泥棒の犯人も兎園(ここ)の防犯の強化も国に任せようと思ってる」


「それならよかったッス」


 マグーレン一族と兎人族の国(キュイジーヌ)が共同で運営する兎園(パティシエ)。何らかのトラブルがあれば国が動き聖騎士団が対処してくれるのである。

 今回の事件内容を報告すれば聖騎士団がきっとウサギ泥棒の正体を掴み捕まえてくれるかもしれない。

 マグーレンは犯人が捕まることを願って待つしかないのである。


「ん? ウサギちゃんもニンジン食べたいのか?」


 マサキは左腕で抱き抱えているウサギの気持ちがわかるようになってきたようだ。ウサギの無表情な表情からニンジンが食べたいのだと気持ちを読み取った。


「ンッンッ」


 マサキたちの目の前にはクレールが大量に持ってきたニンジンを食べるイングリッシュロップイヤーたちがいる。

 マサキの左腕に抱き抱えられているウサギはニンジンを食べている仲間たちの姿を見てお腹を空かしたのである。

 ウサギはマサキたちと出会ってから数時間が経過している。その間、一度も食べ物を口にしていない。お腹が空いて当然だ。


「ニンジンさん貰いますねー」


 両手が塞がっているマサキの代わりにネージュがニンジンを一本取った。そのニンジンをマサキの左腕で抱き抱えられているウサギの口元まで運ぶ。


「ウサギさん。ニンジンさんをどうぞ」


「ンッンッ」


 ウサギは鼻をひくひくさせて目の前のニンジンの匂いを嗅ぐ。そして歯並びの良い真っ白な歯でニンジンを咀嚼。もぐもぐと食べ続ける。


「ちょっ……もっと上手に食べられないのか? めっちゃボロボロ溢れてる」


 あぐらをかいているマサキの足にウサギが咀嚼したニンジンがボロボロと溢れている。無我夢中でニンジンを食べているが食べるのはあまり上手ではないようだ。


「お腹が空いていたんですね。もう少しゆっくり食べても大丈夫ですよ。ニンジンさんは逃げませんよ」


 ネージュはウサギにニンジンを食べさせながら優しく声をかけた。


 マサキとネージュは手を繋いでいる。マサキは右手、ネージュは左手だ。そしてマサキの空いている手ではウサギを抱っこ、ネージュの空いている手ニンジンをウサギに食べさせている。

 その姿はまるで自分の赤子に哺乳瓶から乳を与える若い夫婦のように見える。

 そんな仲睦まじい夫婦のような姿を見たマグーレンが口を開いた。


「お前さんたち。ウサギ(ソイツ)を飼ってみないか?」


 それはマサキたちが後ほど話そうとした話題だった。園長のマグーレンからその話題を振ってくれたのである。


ウサギ(ソイツ)もお前さんたちを気に入ってるみたいだしお前さんたちもウサギ(ソイツ)を気に入ってるだろう?」


 そんな言葉を投げかけたマグーレンにマサキとネージュだけでなくクレールとダールも同時に返事をした。


「飼いたいです!」

「飼いたいです!」

「飼いたーい!」

「飼いたいッス!」


 四人は各々の言葉で返事をした。全員ウサギを飼いたいということで意見は一致。先ほども話題になっていたことなので意見が一致するのはわかったいたことだ。

 そして四人はそれぞれの瞳をキラキラと輝かせてマグーレンの水色の瞳を見ていた。

 そんな四人を見てマグーレンは笑った。


「ハッハッハッハ! やっぱりな。ワシの目に狂いはなかった。ウサギ(ソイツ)は幸せもんだ。大事にしてやってくれ!」


 マグーレンはマサキの左腕の中でニンジンを食べているチョコレートカラーのウサギの頭を撫でた。マグーレンの大きな手は皮膚が分厚く硬い。

 その手を見ただけで兎園(パティシエ)にいるウサギの管理をしっかりと行っている優しい兎人だということが伝わる。


「よしよし。幸せにな暮らすんだぞ。迷惑をかけないようにな」


「ンッンッ! ンッンッ!」


 ウサギもマグーレンに撫でられて喜んでいるように見える。そして今まで育ててくれたことに対して感謝の言葉をかけたようにも思えた。

 マグーレンはウサギの頭を何度か撫でてから立ち上がった。


「どっこいしょっと……それじゃあワシは里親の書類の準備をしてくる。落ち着いたら受付に来てくれ」


 そう言ってマグーレンは受付へと向かっていった。

 マグーレンが受付に向かう際、ウサギたちがマグーレンに向かって走っている。

 そしてウサギたちはマグーレンの足に頭をすりすりと擦り付けていた。これはウサギの愛情表現だ。それほどマグーレンはウサギたちに愛されているのである。


 マサキたちはマサキの左腕の中でニンジンを食べているウサギがニンジンを食べ終えるまで待った。

 ウサギは三十分ほどでニンジンを完食した。


「全部食べたけど食べるの下手くそだな……」


 マサキは自分の足に溢れている大量のニンジンを見て言った。


「これは食べ方を教えてあげるしかありませんね」


「教えてあげる…………そ、そうだ。何か一つ芸を覚えさせようよ。ウサギも覚えさせれば芸とかできるよね?」


「芸ですか。例えばどんな芸を?」


「お手とかお座りとか」


「何ですかそれは。どういうものなんですか?」


 ネージュは犬の芸などでよく使われる『お手』と『お座り』を知らなかった。

 マサキはネージュだけではなくその場で話を聞いていたクレールとダールの顔を見たが二人も小首を傾げて不思議そうにしている。

 この世界では『お手』や『お座り』といった有名な芸が存在しないのだ。

 マサキは軽いカルチャーショックを受けつつ『お手』と『お座り』について説明をするために行動に出た。

 左腕の中にいるウサギをあぐらをかいている足の上に置いたのだ。これで左腕が自由に使えるようになる。


「ンッンッ」


 ウサギはマサキから離れなければ左腕じゃなくても別にいいみたいだ。そのまま足の上に残っている食べカスを食べ始めている。


「ウサギちゃん。お手だ!」


 マサキはウサギの目の前に手を出した。しかしウサギはエサに夢中でマサキの手には見向きをしなかった。


「やっぱりダメだよな……クレールちょっといい?」


「なーにー?」


 マサキは『お手』と『お座り』を説明するために薄桃色の髪の美少女クレールを呼ぶ。

 呼ばれたクレールはとことことマサキのところへとやってきて目の前でしゃがみ込んだ。

 マサキはクレールの目の前に手を出す。


「よしクレール。お手だ」


 その言葉を聞いたクレールは何だがよくわかってない表情をしながらもマサキの左手の手のひらに向かって自分の小さな右手の手のひらをのせた。


「これがお手だ」


「こ、これがお手ですか」


 百聞は一見にしかず。マサキは実際にクレールにやってもらうことによってお手についての説明をした。 

 クレール自身もお手を知らなかったが自然と手のひらをマサキの左手の手のひらに置いたのである。

 お手を間近で見たネージュとダールは微妙な表情をしていたが実際にお手をしたクレールは大はしゃぎ。


「すごいよおにーちゃん。勝手に手が出ちゃった。これがお手なんだね」


「そうだぞ。クレールの手が俺の手のひらに置かれた時めちゃくちゃ胸がきゅんってなった。お手ってすごいいいもんだな。そんで知らなかったのに一回で出来たのは偉いぞ。よしよし」


 マサキは胸がきゅんと締め付けられる感覚に耐えきれずお手をしてくれたクレールの手を離して薄桃色の髪そして大きなウサ耳をウサギを撫でるように撫でた。

 クレールは褒められながら撫でられて嬉しそうな表情を浮かべている。そんなクレールはもっと褒められたいもっと撫でられたいという欲求に駆られて『お手』がまたしたくなっていた。


「お手」


 頭を撫でるのをやめたマサキは再びお手の指示を出す。

 するとクレールはマサキの左手に向かって一瞬で自分の右手の手のひらをのせた。

 ウサギに芸を教え込む前に兎人族のクレールが芸を覚えた瞬間だった。


「すごいぞクレール。今のお手は速かった!」


「何でだろう。すごーい嬉しい。すごーい嬉しいぞー」


 マサキに褒められながら撫でられるクレールは満面の笑みだ。

『この行動をしたら褒めてもらえる』または『ご褒美がもらえる』そういった認識をさせることによって動物は芸を覚えることができる。

 ウサギの血が流れている兎人族も少なからず、こういった行為をすることに喜びを感じるようだ。


「そんじゃ次は応用編。おかわり!」


 マサキはクレールの頭を撫でるのをやめて左手の手のひらを再びクレールの目の前に出した。


「お、おかわり……う〜ん……」


 マサキに褒められたいクレールは『おかわり』の意味を必死に思考する。そして思考した結果、左手の手のひらを置いた。


「こ、こうかな……?」


「正解! クレールお前は天才だ! 教えてもいないのに何でわかったんだよ」


「えへへへへ。撫でてもらいたくて一生懸命考えたー!」


 マサキは正解したクレールを褒め称えて薄桃色の髪と大きなウサ耳を先ほどよりも激しく撫でた。

 ただクレールは兎人族だ。ウサギではない。これくらいのことを簡単にこなせる頭脳は当然だがあるのだ。それでもマサキは小さな手のひらが自分の手のひらに置かれるたびに褒めたくて褒めたくて仕方がなくなる。

 一種の親バカのようなものだ。

 その様子を見て芸を理解したネージュとダールが口を開く。


「右手をマサキさんの手のひらに乗せるのがお手なんですね」


「左手の場合はおかわりッスね。アタシも兄さんに褒められたいッスよー」


 横で見ていたダールはクレールのように褒めてもらいたい様子で小さなウサ尻尾を振っていた。

 マサキはダールの要望に応えてあげようと口を開く。


「そんじゃダール。俺の目の前に立って」


「了解ッス!」


 ダールは立ち上がりマサキの目の前に立った。

 マサキの黒瞳の視線の高さにはちょうどダールのむちむちの太ももがある。


「やっぱりアタシの足が好きなんッスね! って兄さんがご褒美もらってどうするんッスか!」


「な、何言ってるの!? そうことのために立ってもらったんじゃないから!」


 ダールは自慢のむちむちの太ももをマサキの目の前で揺らし誘惑を始めた。

 それを間近で見るマサキは顔を赤らめ鼻の下を伸ばしている。まんざらでもない様子だ。

 そんなマサキの変態な行為を隣で見ていたネージュはマサキと繋いでいる手に力を込めた。そして頬を膨らませマサキを睨みつける。


「マサキさん……」


「ちょ、ネージュ。誤解だって! ダールのいつもの悪いクセだろ!」


「悪いクセって兄さん酷いッスよ! 兄さんがアタシの足を見たいから目の前に立たせたんじゃないッスか!」


「や、やめろ! 話がややこしくなる! 座れ!」


 マサキはこれ以上話がややこしくなるのを恐れてダールをその場に座らせた。

 ダールは立たされた意味がわからないままマサキに言われた通りその場に座った。


「何で立たせたんッスか……」


「これがお座りだ!」


 ダールが座った瞬間にマサキが言った。ダールを立たせたマサキの意図がここで判明したのだ。

 マサキは『お座り』の説明を褒めてもらいたがっていたダールを使ってやりたかったのである。


「こ、これがお座りッスか! そのままッスね! で、でもアタシも説明されずにできたッスよ! 兄さん! 褒めてくださいッス!」


「誘惑したから褒めない。絶対に褒めないぞ」


「えぇぇぇぇ! それは兄さんが欲求不満でアタシの太ももを求めたせいじゃないッスか! お座りできたんッスから褒めてくださいッスよ!」


「だ、誰が欲求不満だ!」


 顔を赤らめる恥ずかしそうにするマサキ。これ以上誤解が増えてしまわないように必死に突っ込んだ。


 褒められながら撫でてもらえて満足そうなクレール。褒めてもらえず残念そうなダール。ヤキモチを妬いて頬を膨らませるネージュ。そしてあぐらをかいているマサキの足に落ちていた食べカスを食べ終えたウサギ。

 こうして『お手』『おかわり』『お座り』といった芸についての説明が終わった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


作者はウサギを五匹飼っていたのですが誰も芸を覚えてくれませんでした。

唯一、芸と呼べるようなものは『おやつ』を追いかけることだけです。

他には体を撫でたら寝っ転がるくらいですかね。

どちらも芸と呼ぶにはちょっと地味過ぎるかなって思います。

もしも読者の中にウサギを飼っている飼い主がいればどんな芸を覚えたのかとか聞きたいです。


ウサギに芸を仕込むのは難しい……

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