71 報酬
ダールはブランシュからの用件をマサキたちに伝えた。
その後、朝食を済ませたダール三姉妹は、荒れた土地にあるボロボロのテントの家に帰って行ったのである。
マサキたちの無人販売所の準備の邪魔をしないためだ。
無人販売所イースターパーティーは準備のため臨時休業。
マサキたちは丸丸一日を使い商品の準備をするのであった。
そして翌日。
ダールと双子の妹たちは無人販売所イースターパーティーにやってきた。
昼前に聖騎士団白兎の団長のブランシュが無人販売所イースターパーティーに訪れる事はダールから聞かされていた。なのでブランシュが訪れるよりも先にダールたちはマサキたちの元へとやってきたのである。
「おはようございますッス! 今日からよろしくお願いしますッス!」
「おはようございます」
「おはようございます」
元気に挨拶をするダールとその横でしっかりとお辞儀をして挨拶をする双子の妹デールとドール。
ダールは今日から無人販売所イースターパーティーで働くのである。
「おはよう〜」
眠そうな顔をしたマサキが挨拶を返す。あくびをしていてとても眠そうだ。
そんな彼は無人販売所の開店準備をしている。商品棚に商品を並べたり店内の清掃をしている最中だった。
「兄さん眠そうッスね」
「ああ、ぶっ通しで準備してたからな……意外と仕込みに時間かかるんだよね……でも終われば寝れる。三日は寝れる……死んだかのように寝てやる」
「た、大変なんッスね……準備間に合いそうッスか? アタシたち手伝いましょうか?」
「いいや大丈夫。何とか営業が始まる時間までには終わりそうでホッとしながら準備してたところだからさ。とりあえず白い騎士さんが来るまで中で待っててよ。あっ、クレールは疲れて寝ちゃってるから起こさないようにな」
「りょ、了解ッス。兄さん優しいッスね」
クレールが寝ていることを告げるマサキ。その時だけ声のボリュームが下がった。そんな優しいマサキに少しだけダールはときめきを感じた。胸の奥がキュッと締め付けられるようなそんな感覚。
そのままマサキに言われた通りに部屋へと入るオレンジ色の髪の三姉妹。
部屋に入ってすぐの床には布団が敷いてありその中に薄桃色の髪の美少女が丸まりながら眠っていた。
そして中央に置かれているウッドテーブルの前では垂れたウサ耳と白銀の髪が特徴的な兎人族の美少女ネージュが座って作業をしていた。
「姉さんおはようございますッス」
「おはようございます」
「おはようございます」
クレールを起こさないように小声で挨拶をするダール三姉妹。
ネージュも同じくらいの音量で挨拶を返した。
「早いですね。おはようございます」
ネージュはクダモノハサミを袋詰めするという作業をやっていた。
無人販売所で提供する商品はその場では食べない。持ち帰って食べるのが普通だ。なのでしっかり袋詰めしなければいけないのである。
「ところでその荷物は何ですか?」
ネージュはダールたちが持っている荷物が気になった。大荷物と言うよりは少なすぎるほどの荷物。どこかへ旅行でも行くのかと思うくらい三人はリュックをパンパンに詰めて背負っている。
もちろん玄関で会っているマサキも気が付いてはいたが質問するほどの体力はマサキにはなかったのだ。
「これは引越しするために持ってきたッスよ。やっと荒れた土地からおさらばッス」
「良かったですね。騎士団の団長さんに頼んだお願いって引越しだったんですね」
「そういうことッス」
ダールたちが持っている荷物は引越しの荷物だ。荒れた土地のボロボロのテントの中にあった荷物をまとめて持ってきたのである。
タンスのような大きな家具などは一切ない。だからこそ三人が背負えるくらい少量の荷物だけで引越しができるのだ。
引越しはダールたちにとっては喜しいことだ。盗賊団を捕まえられたおかげで引越しができるなんて夢にも思わなかっただろう。
「少しの間、姉さんたちの邪魔にならないところに荷物を置いてもいいッスか?」
「もちろんどうぞ。もうほとんど作業はないから好きなところに置いてください」
「ありがとうございますッス」
パンパンのリュックを置いた三姉妹は肩をぐるぐると回していた。それは双子のデールとドールだけでなく姉のダールまでもが全く同じ動きをしている。微笑ましい限りだ。
そんな時、商品を並べていたはずのマサキが慌てながら部屋に入ってきた。そしてクレールが眠る布団のそばで跪き小刻みに震え出した。
「ガガガガガッガガガガガガガガガガッガガガガガガガッガガッガガガガガッ……」
怯える様子から聖騎士団の団長が来たのだとわかる。
そして震えるマサキを見たネージュは緊張と不安と恐怖が混じり合った負の感情が伝染してしまいマサキ以上に震え出してしまう。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
ウッドテーブルの前に座っていたはずのネージュだったが小刻みに震えながら怯えるマサキの元へウサギ跳びでひとっ飛びした。
そしてお互い抱き合いながら平常心を取り戻そうとしていた。
「今回もアタシが話をするんで安心してくださいッスよ」
ダールは拳で胸を叩いて任せてくださいとアピールをする。そんなダールにネージュは震える手から何かを渡そうとする。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
それは袋詰めの途中のクダモノハサミだ。ダールが腹を空かして倒れないようにと渡したのである。
「姉さん大丈夫ッスよ。朝ごはんしっかり食べてきましたッスから!」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
小さく頷いたネージュは小刻みに震えながら差し出したクダモノハサミを戻した。
「それじゃあ話をしてくるッス」
そのままダールは店内へと繋がる通路を通り聖騎士団の団長が待つ入り口の扉へと向かった。その間、妹たちは怯えるマサキとネージュの頭を優しく撫でていた。
マサキとネージュは何も悪いことをしていない。なので怯えることも恐怖を感じることもないのだ。
しかしマサキは人間不信。兎人族であろうがその人間不信は適用される。相手にどう思われているのか考えるだけで怖い。その相手が騎士となれば余計に恐怖心が増す。そして緊張と不安も同時に増幅してしまうのだ。
ネージュは恥ずかしがり屋。恥ずかしいという感情は『どうしよう』『どうしよう』と不安を掻き立てる。その不安が恐怖や緊張をより一層引き出してしまい自分の感情がコントロールできなくなってしまう。
よってネージュもマサキのように騎士の前だといつも以上に怯え震えてしまうのだ。
その横でクレールは子供のように可愛い寝顔でスヤスヤと眠っていた。
「ハフーハフー」
ダールはクレールの寝息が聞こえない入り口の扉の前に立っていた。そして聖騎士団の団長が待っている扉をゆっくりと開けた。
しかしその姿はどこにもなかった。否、すぐに見つけた。
「いたッスけど……」
それは豆粒のように小さく見えるブランシュの姿だ。百メートル以上先にいて無人販売所イースターパーティーに向かって歩いてきている。
「こんなに遠いのに兄さんはよく気付きましたッスね……逆にすごいッス。感知スキルでもあるんッスかね……」
遠くにいるブランシュに気付いたマサキを称賛するダール。流石にスキルや魔法などがなければこの距離で相手を感知する事は無理だ。
しかしそれはマサキがすごいのは確かだがそれ以上にブランシュのオーラが尋常ではないのだ。
ただ歩いているだけで悪人を威圧するような強大なオーラを放っている。そのオーラをマサキは感じ取ったのかもしれない。
ブランシュは騎士の中の騎士だがマサキは人間不信の中の人間不信。注意深く相手を観察し警戒するプロだ。
ゆっくりと歩いてくるブランシュの後ろには大樹を台車のようなものに乗せて倒れないようにヒモや木材などで固定しながら運んでいる聖騎士団の団員たちがいる。異様な光景だ。
大樹と言っても小さめの大樹だ。マサキとネージュそしてクレールの家の大樹と比べるとその大きさは十分の一程度だろう。しかし大きいことには変わらない。
その大樹を運ぶ震動がダールの足元にまで伝わる。
「す、すごいッス。地震みたいッス」
部屋にいる者たちにも伝わっているはずだがマサキとネージュが怯えて小刻みに震えているせいで地面から伝わる震動なのかどうかハッキリとわかっていなかった。
ダールが震動と目の前の光景に驚いている間に聖騎士団白兎の団長のブランシュは無人販売所イースターパーティーに到着した。
「イースターパーティー。楽しげな店名だな」
そう呟いたブランシュはダールに向かって口を開く。
「少し遅れたが無事にキミが欲しいものを用意することができた」
「あ、ありがとうッス……自分でお願いしておきながらあれなんッスけど……信じられない光景ッスね……」
ダールがブランシュにお願いした欲しいものとは大樹だったのだ。
「そうだな。兎人族の里ではほとんどの兎人族は家を持っている。そして代々大樹を受け継いで引越しなど滅多にしないからな。だから大樹の引越しの移動など滅多に見れない光景だ。驚くのも無理はない。まあ、キミの場合は引越しではなく新築のようなものだがな」
「そ、そうッスね……」
ダールがもらう大樹はただの大樹ではなく中に人が住める住居タイプの大樹だった。
だからダール三姉妹は引越しのため荷物をまとめて持ってきていたのである。
「大樹を植える場所だが昨日話した場所で変わりないか?」
「は、はいッス。話した通り変わらないッス」
「そうか。それならこちらで作業を進めておく。植えるだけなのですぐに終わる。なので時間は取らせないから安心してくれ。その間に中にいる二人に懸賞金を渡してくれ。不本意だがお金の力で恐怖心から解放される例もあるからな。少しでも崩れた精神を取り戻してもらいたい」
「わかったッス! 渡してくるッス」
ダールは懸賞金が入った袋を受け取った。それを持ったままダールはマサキたちの元へと戻った。
「兄さん姉さん。懸賞金貰ってきたッスよ」
ダールはすぐさま懸賞金が入った袋を震えるマサキの横に置いた。それはあまりにも軽い。無人販売所イースターパーティーの一日の売り上げと比べると軽すぎるほどだ。
「ガガガガガガッガガガガガガガッガガガガガガガッガガガガガガガッガ……」
震えながら中身を確認するマサキ。
(袋は軽いし……見た感じショボイ盗賊団だったからな……大した金額は入ってなさそうだな。銅貨は日本円だと百円くらいで銀貨は五百円くらいだろ。そんで金貨は……一気に飛んで一万円だったよな。だったら金貨が入ってれば嬉しいけど……)
袋の中には銅貨でも銀貨でも金貨でもないマサキが知らない硬貨が五枚入っていた。それは激しい白い光を放つ硬貨だ。
その硬貨を見たマサキは首を横に傾げた。
(銀貨……じゃないよな。あれか? 百円玉と五十円玉みたいに色が似てるパターンのやつ? だったら五十円くらいの価値か? でも光りすぎだよな? これが金貨なのかもしれないな)
マサキはそこまで価値のない硬貨、もしくは金貨だと予想したが、驚き震えるダールの様子を見て違うと確信した。
それはあまりにも驚き過ぎている顔だ。大袈裟といえば大袈裟。だがそれくらい驚く価値のあるものなのだろう。
「ガガガガガガッガガガガガガガッガガガガガガガッガガガガガガガッガ……」
震えるマサキはダールが驚いている理由を聞けない。だからダールが口を開いてくれるのを待つしかなかった。
「せせせせせせせ聖金貨ッスよ! 兄さん! 聖金貨ッスよ!」
聖金貨。マサキにはピンとこない硬貨だ。しかしその名称だけで金貨よりも高価なのは理解できる。
そしてここで寝ていたはずのクレールが飛び起きた。聖金貨という言葉に驚き目を覚ましたのだ。
「せせせせせせせ聖金貨ぁぁあ!?」
クレールはマサキが手に持つ聖金貨をまじまじと見始めた。それほど珍しいものなのだろう。
「そ、そんなに珍しいのかこれ? 聖金貨っていくらくらいなの?」
マサキはダールとクレールの驚く姿を見て自分の体の震えが少しだけ治っていった。そしてゆっくりと素朴な疑問を言ったのだ。
マサキの素朴な疑問に信じられない顔をするクレールとダール。
聖金貨の価値はこの世界では誰でも知っている常識なのだろう。しかし異世界人のマサキにはその常識は通用しない。だから素朴な疑問が出るのだ。
「これだよこれ!」
わざわざ手を使って伝えるクレール。クレールの可愛らしい小さな手のひらは両手ともに全力で開いている。
その手から導き出される数字は一つ。それは十だ。
「十……金貨が一万ラビって事は……まさか……」
こくりと頷くクレール。ここでようやく聖金貨の価値を理解したマサキ。クレールが口に出さずに小さな手で伝えた気持ちも同時に理解した。
聖金貨の価値は一枚十万ラビ。最高額の硬貨だ。それが五枚ある事実にクレールとダールは驚愕しているのである。
「ガガガガガガッガガガガガガガッガガガガガガガッガガガガガガガッガ……」
再び震え出したマサキ。その場にいる全員も震えている。しっかり者の幼い双子の姉妹、デールとドールですら震えているのだ。
しかし震えていない人物が一人いる。そう。ネージュだ。マサキに抱き付きながら震えていたはずのネージュは聖金貨の凄さにいつの間にか気絶をしていたのであった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
小説って書くの難しいですね。終わる終わる言ってまだ終わりませんでした。
頭の中では3000文字くらいなんですがいざ書いてみると1万文字を余裕で超えてしまいます。
さて今回登場した硬貨ですが改めて復習していきます。
マサキたちがいる世界の通貨はラビです。
日本の円とラビはほぼ同じだと考えてください。
そして硬貨は銅貨、銀貨、金貨、聖金貨の四種類あります。
銅貨は100ラビ
銀貨は500ラビ
金貨は1万ラビ
聖金貨は10万ラビ
このようになってます。
銀貨から金貨で価値が一気に上がります。聖金貨ではさらに上がります。
貧乏兎のネージュたちは金貨すら見たことがありません。なので聖金貨を見て気絶したり驚愕したりしていたのです。




