70 用件
トントンットントンッと扉が何度もノックされる。
「恐怖心は心と時間の問題。一日経過したとはいえ昨日と変わらぬ恐怖心がひしひしと伝わってくる。心に深い傷を負ってしまったのだな……ゆっくりでいい、セトヤ・マサキ、フロコン・ド・ネージュ出てきてくれ。大事な話がある」
扉越しからもブランシュはマサキとネージュの恐怖心を感じ取っていた。マサキたちを不憫に思いながらも扉を開けてくれるのを信じている。
「ガガッガガッガガガガガガッガガガガガッガガガガガ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
寝起き早々マサキとネージュは小刻みに震えながら抱き合っていた。先ほどまで抱き枕天国状態だったマサキだがそのことはもうすっかり忘れて今の状況に怯えている。
聖騎士団の団長が家に訪ねてくるなど一大事。何かとんでもないことが起きたに違いないのだ。
マサキとネージュはありとあらゆるネガティブな想像を脳裏に巡らせていた。その結果立てないほどに怯え震えてしまったのである。
その横では一度飛び起きたダールがまた倒れている。お腹からは『ぐうぅぅぅぅ』と大きな音が鳴っているので腹を空かして倒れているのだ。
無理もない。昨夜はマサキの勧誘に感極まって泣き出してしまいそのまま眠ってしまったのだ。なので夕飯を食べていない。
ダールは寝起きとともに空腹で倒れてしまったのである。
そしてクレールもまた聖騎士団に対して怯えていた。
兎人族の古くからの伝承で左右のウサ耳の大きさが極端に違うウサ耳には悪魔が宿ると言われている。クレールのウサ耳は顔の右半分を覆い隠すほどの大きさ。そして左のウサ耳は極端に小さい。
クレールは悪魔が宿るという伝承と一致するウサ耳の持ち主なのである。
聖騎士団なら問答無用で斬り掛かってくるかもしれない。もしくは捕まえる可能性もある。そう思ったクレールは透明スキルを使い透明になり姿を消したのだ。
怯えるマサキとネージュ。空腹で倒れているダール。透明になり姿を消したクレール。誰も扉を開けることはできない。
しかしそんな事はつゆ知らず、聖騎士団のブランシュは扉の前から動こうとせずマサキたちが開けてくれることを信じて待ち続けているのである。
「ゆっくりでいい。私はここで待っている。自分たちのタイミングで扉を開けてくれ。今日がダメなら明日もまた同じ時間に訪れる」
諦めて帰ってたとしてもブランシュは再びやってくる。それほど重要な用件ということだ。それならば用件を済ませるのは早ければ早いほうが良い。
だからこそマサキは今日中に何とか扉を開けて用件を聞くためにどうしたらいいのかと怯える頭で精一杯思考した。
(得意の居留守はダメだ。何でかわからないけどいることがバレてるっぽいし……今日がダメなら明日って言ってるし、何とか今日中に出たい。そうじゃなきゃ今夜は震えっぱなしだぞ……でも俺もネージュもこのざまだ。扉を開けれたとしても顔を見ただけで気絶しかねない。それならクレールは……ダメだ、姿が見えない。きっと怖くて透明になってるんだ……だとしたらダール……は無理か。腹が減って倒れてる……となるとやっぱり頼れるのは……)
マサキがこの状況を打破するための答えにたどり着いたのとほぼ同時に双子の姉妹のデールとドールが声をかけてきた。
「お兄ちゃんお姉ちゃん私たちが出るよ」
「お兄ちゃんお姉ちゃん私たちが出るよ」
その言葉は今マサキたちが欲している言葉そのものだった。
このメンバーではデールとドールが一番幼い。しかし社会的に考えて一番しっかりしているのもデールとドールなのである。
マサキとネージュは小刻みに震える体で精一杯頷いた。
抱き合いながら上下に頷くタイミングはほぼ同じ。双子のようにシンクロしている。
「それじゃあ私たちが出るねー」
「それじゃあ私たちが出るねー」
幼い小さな体は扉の前に待つ聖騎士団の団長と話をするために歩き出した。その小さな背中はマサキにとってはあまりにも大きく見えた。まるで勇者のように。
そして安心して任せられると思うほどまでに大きく見えていた。
デールとドールは店へと繋がる通路に入って行きマサキたちの前から姿を消した。
そしてその数秒後に扉が開かれる音が部屋に残された者たちの耳に届く。その扉の音を聞いた途端、緊張感がさらに増幅。心臓が張り裂けそうになるほど鼓動が早くなる。
聖騎士団と双子の姉妹の会話ははっきりと聞き取れないほどだった。それは単に声が小さいという理由だけではなく緊張で聴覚がやられているという可能性もある。
しかし会話が聞き取れなくても会話が中断されてしまったことがわかるほどデールとドールはあっという間に戻ってきた。
「お姉ちゃんお姉ちゃん起きて起きて」
「お姉ちゃんお姉ちゃん起きて起きて」
姉のダールの肩を揺さぶる妹たち。
「大人じゃないと話せないんだって」
「大人じゃないと話せないんだって」
聖騎士団の団長が来るほどのことだ。それほど重要案件なのだろう。子供ではなく大人と話したいというのは当然のことだ。
そして話したい相手はこの場にいる全員がわかっている。マサキとネージュだ。
しかし二人がまともに話せる状況でないこともこの場にいる全員がわかっている。だからこそデールとドールはダールを必死に起こしているのだ。
ダールならマサキたちとは違い普通に会話ができる。そしてブランシュの要望通り大人だ。
マサキとネージュの代わりに話をすることも可能だろう。それでも本人が良いと言われてしまえば仕方がないことだが。
「……ぁ……ぅ……」
弱々しい声を出すダール。腹が減って力が出ないのだ。
そんな姉の様子を見て肩を揺らすのをやめる双子の妹たち。そのまま二人は昨夜の夕飯が並んでいるウッドテーブルの前に立ちチョコフォンデュ用に置いてあったバナナとサイコロ状に切った食パンを皿に盛ってダールの前に持っていった。
バナナと食パンを選んだ理由は少しでも腹に溜まると思ったからである。幼いながらにしっかりと考えている。
デールとドールは皿に乗った食べ物を一つ一つゆっくりとダールの口の中へと入れていく。
バナナ、食パン、バナナ、食パン、バナナと飽きさせないように交互に口の中へと入れていくのである。
「あぅ……んぐ……んぐ……」
ダールは口の中に食べ物が入るたびに咀嚼する。そして飲み込む。
三分ほどで皿いっぱいに盛ったバナナと食パンが空になった。
「満腹度半分ッス! なので半分だけ復活ッス!」
「おぉおおおー」
「おぉおおおー」
ダールはマッチョポーズをとりながら起き上がった。それを双子の妹たちが拍手をしながら喜ぶ。
「兄さん姉さんもう安心してくださいッス! アタシが話してきますッスよー!」
そのままダールは聖騎士団のブランシュと話をするために飛び出していった。
(なぜだろう……デールとドールが行った時よりも安心できねぇ……姉なのに、姉なのに……すんごい不安なんだが……でもダールに任せるしかない。頼んだぞダール。すんごい不安だけど……ダールしか任せられない!)
マサキは不安に思いながらもダールに全てを任せた。
サムズアップをして見送ってあげればよかったものの震える体が言うことを聞かなかった。マサキはそのことが若干気にかかるがダールならわかってくれるだろうと都合よく信じることにした。
そんな時、再び扉が開く音が部屋に残る者たちの耳に入る。その音を聞いて再び緊張感が増した。
「キミは……?」
「アタシはダールッス。兄さんと姉さんは震えてて喋れる様子じゃないんでアタシが代わりに用件を聞くッス。アタシでも大丈夫ッスか?」
「あぁ構わない。恐怖心とはそう簡単に拭えるものではないからな。それにジェラ・ダール、キミにも話があってあとで荒れた土地に行こうと思っていたところだ。ちょうどいいと言えばちょうどいいな」
ブランシュはマサキたちとの代わりにダールと話すことを了承した。
ブランシュ自身、マサキたちは盗賊団に植え付けられた恐怖心が拭えきれず怯えているのだと思っているがそれは違う。
マサキたちが怯えている理由は聖騎士団の団長が扉の前にいるからである。原因はブランシュ自身なのである。
そんなことをつゆ知らずブランシュはダールに用件を伝える。
「キミたちが捕まえた盗賊団には懸賞金がかかっていた。その懸賞金の全額を被害に遭ったここ無人販売所イースターパーティーのために使ってもらいたいと思っている。もちろん被害が遭ったのはここで捕まえたのはジェラ・ダールだという事は私の部下から聞いている。キミは懸賞金の全額をセトヤ・マサキとフロコン・ド・ネージュに渡すことに対して意見はあるか?」
「もちろん意見なんてないッスよ。懸賞金がかかってたのは知らなかったッスけど兄さんと姉さんに使ってもらえるのならアタシはそれでいいッスよ」
「なるほど。しかし聞くところによるとキミは両親の代わりに二人の妹たちの面倒をみているらしいな。先ほど出向いてくれた幼い双子がそうだろう? 生活に余裕がないのではないか?」
「それは……そうッスけど……アタシ仕事がやっと見つかったッス。だから大丈夫ッス……それに兄さんと姉さんはアタシたち姉妹の命の恩人ッスから少しでも恩が返せるのならアタシは嬉しいッス」
曇り一つない太陽のような笑顔でダールは答えた。
そんなダールを見てブランシュは何かを思い出したかのように呟いた。
「……ダンさんにそっくりだな」
「え? き、聞こえなかったッス。なんて言ったッスか?」
小声で呟いたブランシュの言葉を聞き逃すダール。
「大した物だと言ったのだよ。キミがそれほどまでに信頼を置ける二人といつか直接言葉を交わしたい物だな」
マサキとネージュの精神的な病が治らない限りそれは無理な話である。
しかしそんなことを知らないブランシュは夢を見るような澄んだ深青の瞳で店内の奥を見た。
そして一度、瞳を閉じると再び口を開く。ここからがダールへの用件だ。
「なので代わりと言っては何だが……ジェラ・ダール、キミが欲する物を一つ渡そうと考えている。叶えられるものならば何でも叶えよう。盗賊団を捕まえてくれたキミに対して聖騎士団からのお礼だ。これがキミに伝えようとしている用件だ」
「え……な、何でもッスか……」
「あぁもちろんだ。しかし力や男、世界が欲しいなどは叶えられない。あくまで物だ。金に困っているのなら懸賞金のように金でも構わない」
まるで願いを叶えてくれるランプの魔神のような条件を言うブランシュ。
聖騎士団としては盗賊団を捕まえてくれたダールに直接、聖騎士団から謝礼をしたいのである。
そしてブランシュ自身個人的な理由でダールに謝礼をしたいと思っている。
「そ、それじゃあ一ついいッスか?」
「あぁ、言ってみてくれ」
ダールは欲しい物を一つブランシュに言った。
「いいだろう。すぐに手配する」
「ありがとうございますッス」
「これで用件は済んだ。懸賞金の件こちらが勝手に話を進めてしまい申し訳なかった」
「いえいえ、逆に嬉しい話になってアタシとしては良かったッスよ」
「そうか。ではまた明日にここに来る。その時に懸賞金とキミが欲する物を持ってこよう」
「了解ッス。よろしくッス」
「ちなみに今日は臨時休業のようだが明日は営業するのか?」
「多分すると思いますッスよ」
「それなら邪魔にならないように営業時間前に訪れようと思う。中にいる二人に伝えてくれ」
「了解ッス。伝えておくッス」
「よろしく頼む。ではまた明日」
ブランシュは一礼をしてからダールに背を向けた。騎士としての作法なのだろう。美しい一礼だ。背を向けるもその美しさを際立たせるかのように風が白いマントを揺らした。
そのままゆっくりとブランシュは歩いて行く。姿勢を崩さず堂々と。隙が全く見当たらないほど美しい歩き方だ。
その優雅で勇敢な背中をダールは見届けた。
その後、マサキたちが待つ部屋へと戻る。そして昨夜の夕飯の残りを食べながらブランシュから伝えられた用件をマサキたちに話したのであった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
やっぱり今回も終わりませんでした。
いつの間にか四千文字書いてて「あ〜これ終わらん」ってなってました。
次回こそはこの章を終わらせたいです。
いや、終われるはず。
ということで次回はダールが欲しているものと懸賞金がもらえます!
それで綺麗に終わりにしよう!結だ!結!




