68 寝息のハーモニー
マサキの上で泣き続けたダールは泣き疲れて眠ってしまった。せっかくの豪華な夕飯なのにもったいない。
ダールを起こさないようにそっと立ち上がったマサキは楽しみにしていた食事にやっとありつける。
「ダールへの感謝の夕飯だったのに本当にもったいないな」
「仕方ないですよ。今日は色々ありましたし泣き疲れたんでしょうね。ゆっくりと寝させてあげましょう」
「そうだよな。ダールのために少し残しておくか……って俺のジャージめっちゃカピカピのびしょびしょなんだけど!」
マサキの黒いジャージはダールの涙と鼻水とよだれのありとあらゆる水分がベッタリとついていた。
仕方なくマサキは汚れたジャージを脱ぎ黒いTシャツ姿になった。半袖になったせいで筋肉が少なくて細いひょろひょろの腕が際立って見える。
しかしその痩せている体とは裏腹に豪華な夕飯をバクバクと食べ続けた。
「火竜の鱗ってすごいな。まだチーズがとろとろで温かいよ。それにネージュのニンジンパスタやべーな。美味すぎ。ニンジンとトマトクリームが合うのかどうか気になってたけどめちゃくちゃ合う。トマトの酸味と甘味にニンジンの甘味。それを濃厚なクリームが包み込んで一つに……うぅ……久しぶりの麺がこんなに美味しいパスタだなんて……ぁぅ……涙が……涙が出るほど美味い……」
「マサキさん大袈裟ですよ。ダールが移ったんですかね」
「大袈裟なもんか。それにダールが移ったって……俺のクダモノハサミを食べて気絶したネージュには言われたくない……」
「そ、それは言わない約束ですよ!」
「そんな約束してないぞ!」
マサキが食べているニンジンが入ったトマトクリームパスタのように顔を真っ赤にするネージュ。
クダモノハサミを食べて気絶したという過去をバラされて恥ずかしさのあまり顔が赤く染まってしまったのだ。
しかしその過去を知る人物はもう一人いた。
「おねーちゃんがデリシャスとか言って倒れたときのことだよね? その時にはもう透明になってここにいたからクーも見てたぞー」
「そうそうそれそれ。本当にびっくりしたわ……ってクレール……そんなところも見てたのか……俺が風呂をのぞ……んんんっ……えーっと俺たちのいろんなところを見てたんだな。あははは」
「そうだよ。色々とバッチリ見てたよー」
マサキは自分がネージュの風呂を必死に覗こうとしたことをクレールに見られていたことを知っている。そのことをうっかりネージュの前で話しそうになったが咳払いをして誤魔化した。
そしてクレールには全て筒抜けなのだと知り苦笑いをするしかなかった。
「マサキさんもクレールも、もうその事は忘れてください。恥ずかしい過去です」
「そうだぞクレールもう忘れよう。色々とな。あっ、そうそうプライバシーの侵害ってのがあってだな……」
「いやいやおにーちゃんも同じようなものだぞ……」
「はいすいませんでした」
突然ネージュの味方をしたと思ったがすぐにクレールに頭を下げるマサキ。情緒が不安定なのか切り替わりが早く順応なのかどちらかわからない。
そんな仲良し三人組の様子を双子の少女デールとドールは笑いながら見ていた。笑い方も笑うタイミングも同時で本当に双子のシンクロ率はすごいと実感できる。
そしてデールとドールはできる双子の妹なのだと見せつけられた。それは寝かしていたダールの上に布をかけていたのだ。その布は黒い布。そうマサキが脱いだあの汚れたジャージだ。
「しっかり者の妹たちだな。ダールが風邪を引かないように俺のジャージをかけてあげたのか?」
「そうだよ」
「そうだよ」
「このなんとも言えない声の波。耳心地が最高だ。そんじゃ布団用意してあげるからそこまで運ぼうか」
「うん! ありがとう!」
「うん! ありがとう!」
マサキはネージュとクレールの三人でいつも寝ているクイーンサイズの布団を用意した。そのままダールを起こさないようにゆっくりと布団まで運ぶ双子の妹たち。
(なんとも姉想いの優しい妹なんだ。羨ましい……ってあれ?)
デールとドールを見ていたマサキだったが目の前の光景を不思議に思った。それは突然デールとドールも姉と同じ布団の中に入ったからだ。
「もふもふもふもふ」
「もふもふもふもふ」
北の国の怪鳥の羽毛で出来た布団のもふもふを楽しむデールとドール。そのまま姉を挟み二人の妹はうとうととし始めた。そして姉に抱きしめながらスヤスヤと眠りについた。
オレンジ色の髪をした美少女三姉妹が気持ちよさそうに眠っている。なんとも微笑ましい光景だ。
その光景に見惚れていたマサキの横にネージュが来て三姉妹を起こさないように小声で喋り出した。
「二人はまだ幼いですからね。そろそろ寝る時間なんでしょう。食べた後に寝るのはよくないとおばあちゃんに言われたことがありますが今日は色々ありましたから許してあげましょう」
「そうだな。それにもう暗いしダールを起こして帰らせるのも危ないからな」
「はい。ゆっくりと眠らせてあげましょう」
「でも俺たちの寝る場所が……」
この家には敷布団と掛け布団は一枚ずつしかない。それを眠っているダール三姉妹が占領している。
しかし占領しているといってもクイーンサイズの布団だ。まだまだスペースはある。
「二人なら入れそうですよ。でも誰か一人は床で我慢するしか……」
「そんじゃジャンケンだな。って言いたいところだけど……それは完全に俺の役目だよな。今日だけは床で寝るよ」
「さすがマサキさん。潔くてかっこいいです」
「あはは……ありがとう……」
マサキは布団の権利をネージュとクレールに譲った。美少女を床で眠らせるわけにはいかないという考え方だ。そして男であるマサキがこの美少女だらけの布団で眠ること自体間違っている。
だからこそ潔く布団の権利を譲ったのである。
「それじゃクーも疲れたしお腹いっぱいだから寝るぞー」
いつの間にか寝間着に着替えていたクレール。そのまま布団へと入り三姉妹の隣で横になった。
「クレールも食べたばかりじゃないですか。今日だけですよ。今日だけ」
と、ネージュが言いながら体は脱衣所の方へ向かっていた。そして一瞬で寝間着に着替えて布団へと潜り込んだ。
「ってネージュも寝るのかよ……食べたあとは寝るのはダメだっておばあちゃんが言ってたんじゃなかったのか?」
「今日だけはいいんですよ。今日だけは……」
左端に白銀の髪で垂れたウサ耳が可愛らしく雪のように白い肌の兎人族の美少女ネージュ。
その右横に薄桃色の髪と顔の右半分を隠すほどに大きなウサ耳が特徴的な兎人族の美少女クレール。
そしてその右横にオレンジ色の髪から小さなウサ耳が生えている兎人族の三姉妹が眠っている。
「今思えば……全員顔面偏差値高すぎやしないか。可愛すぎる。美少女というよりも天使と表現すべきだ……というか俺普通に喋ってるけど緊張で喋れなくなるレベルだろ。ただでさえ普通の人とは喋れないのに……なんで天使たちとは普通に喋れてるのか不思議だ……とりあえずみんなの寝顔をオカズに食べるか……って変な意味じゃないからな」
一人でノリツッコミをしながらウッドテーブルへ戻るマサキ。
ウッドテーブルの上にはまだ彩りが褪せていない料理が並んでいる。
(みんなでワイワイ食べるつもりだったけど……まあいいか。ネージュの言った通りみんな疲れてるしな。俺一人で食べよう。ダールの分だけじゃなくてみんなの朝食の分も残しておくか……クレールと一緒に食べるはずだったドラゴンフルーツもまだ冷蔵庫に眠ってるしな……そんで明日も店は臨時休業になるのか……仕方ないな。食材はあるから焦らないでゆっくり作っていけばいいよな……)
マサキは喋り相手が居ない寂しさを久しぶりに味わうがその分一人で思考する時間が増えた。
現状や明日のこと無人販売所のことなど色々と思考するが次から次へと思考し続けた結果、この時間に思考した記憶は忘却の彼方へと消えていく。
マサキも疲れてボーッとしているのだ。
(とりあえず明日も食べれるように保存しないと……ラップラップ……このラップって確か、大樹に住む妖精が作ったとか言ってたっけな。ダンボールみたいな買い物カゴとか歯ブラシとかペンとかも作ってるんだよな。どんな妖精なのかマジで見てみたいんだが……どこにいるんだろう?)
まだ見ぬ万能な妖精の姿を想像しながら残った料理にラップをかけるマサキ。
チーズとチョコの器の下に置いてあった火竜の鱗はすでに冷めているので火事などの心配はない。
(俺も今日は疲れたからな。それにみんなの寝息を聞いてたら眠くなってきた……)
「フヌーフヌー」
「ハフーハフー」
「ヌピーヌピー」
兎人族の美少女たちによる寝息の合唱がマサキの心を癒し眠気を誘っている。
(電気消して俺も寝るか。みんなの可愛い寝息は強力な子守唄だな……そんで床で寝ても質の良い睡眠が取れそうだ……)
「フヌーフヌー」
「ハフーハフー」
「ヌピーヌピー」
マサキは電気を消す前に天使たちの寝顔を一度見てから電気を消した。部屋の明かりは間接照明のみ。薄暗い中ゆっくりと歩きネージュの隣まで歩いて行った。
床で寝るとは言ったものの一人だけ離れて寝るのはとてつもなく寂しい。だから床は床でもネージュの横を選んだのだ。床の中で一番の床を。
(床……硬い……けど寝れなくはないな……騎士に背中の痛みを治してもらえてよかったよ)
マサキは瞳を閉じた。そしてあっという間にマサキの意識は暗い暗い闇の中へと消えていったのであった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回で今回の章を終わらせようと思ってます。
兎人ちゃんたちが一つの布団で寝てる光景たまらん。
体は布団で隠れてるけど顔とウサ耳がでてるんだよ。
すごくいい。




