64 容赦なしの二人
走り出したダールは一瞬で盗賊団に追いついた。
「追いついたッス!!」
追いついた瞬間、勢いを利用して盗賊団のスキンヘッドでガタイのいい大男が乗るマクーターと呼ばれるスクーターに似た乗り物を横から蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたスキンヘッドでガタイのいい大男は、マクーターから放り出されて転がっていく。
「ガハッ! ウゴッゴッゴ……」
蹴り飛ばされたスキンヘッドの大男は、マクーターから放り出されて転がっていく。
先頭を走っていた黒髪で悪人顔の男がそれに気付き辺りを見渡す。
「タンダ!? クソッ。何が起きたんだ!誰にか吹き飛ばされたのか? こっちはマクーターに乗ってんだぞ!?」
黒髪で悪人顔の男は、スキンヘッドの大男が吹き飛ばされた原因がわからず困惑する。
そして自分も吹き飛ばされる可能性を考慮して、この場から逃げるためにマクーターのスピードをさらに加速させた。
それに続いてもう一人の茶髪で細目の男もスピードを加速する。
二人は倒れているスキンヘッドの大男を見捨てたのだ。
「巻き添えはごめんだぜ! 飛ばしていくぞ!」
「へへっ! そうだな!」
茶髪で細目男が返事をした直後、『ドゴンッ』っと大きな衝撃音とともに茶髪の男が後方に吹き飛び地面を転がった。
茶髪の男は転がり落ちる直前、己の黒瞳にオレンジ髪の兎人族の姿を映していた。
そう。ダールだ。茶髪の男はダールの姿を黒瞳に映したのだ。
ダールは茶髪の男の顔面を容赦無く蹴り飛ばした。だから茶髪の男は後方に吹き飛び地面を転がったのである。
「ホ、ホンザワまで! な、何が起きてるっていうんだよ! クソッ! 俺様だけでも逃げてやる!」
さらにスピードを加速させてこの場から逃げようとする黒髪で悪人顔の男。俊足スキルを発動しているダールよりも速い。
魔力を動力にしている異世界の乗り物のマクーターだ。おそらく三人の盗賊団の中で黒髪の男が一番魔力量が高いのだろう。
「や、やばいッス。アタシでも追いつかないッス……」
見る見るうちに距離が離れてしまっている。このままでは本当に逃げられてしまう。
「せっかくマサキの兄さんが背中を押してくれたって言うのに。でも諦めないッス……絶対に……追いついてみせるッス!」
マサキの想いを背負いダールはさらに加速する。しかしそれでも追いつかない。
人間族の技術と妖精族の魔法が組み合わさった乗り物『マクーター』には、ダールの俊足スキルでは敵わなかったのだ。
「ホンザワとタンダには悪いが俺様だけでも逃げてやる。あの方に気に入られるためにもな! ガッハッハッハッハッ!」
独り言を溢し良い未来を想像する盗賊団の黒髪の男。自惚れている。
しかしそれを神が許さなかった。
突然盗賊団の男が乗っているマクーターの操縦が効かなくなり暴走を始めた。
「ハ、ハンドルが、か、勝手に……」
そのまま道の横に立っている木に向かって走っていき激突する。マクーターは激突した衝撃で大破し止まった。
魔力が動力になっているのでガソリンなどはない。なのでガソリンが溢れて引火するという心配はない。
「ウォォォォッツ!」
黒髪の男はマクーターから放り出されて地面を転がった。
猛スピードで木に激突したのだ。普通はただでは済まない。
しかし黒髪の男はうまく転がり受け身をとっていたので軽傷で済んだ。
「ク、クソ……はぁ……な、なんだ一体……お、俺様だけでも……に、逃げないと……はぁ……はぁ……」
「逃げられないッスよ!」
「テ、テメェは……」
膝をつき這いつくばっている黒髪の男の目の前に一人の兎人族が姿を現した。
オレンジ髪のボブヘアーで小さなウサ耳が立っている褐色肌の美少女。ダボダボのパーカーにショートパンツを履いている。
ダボダボのパーカーでマフマフの大きさは判断し難いが、その代わりにムチムチの太ももと長い足が魅力的なダールだ。
「逃げられないぞー!」
そしてダールの背中にはクレールがいる。
低身長で薄桃色の髪が艶めき綺麗な兎人族の美少女だ。左側のウサ耳は小さいが右側のウサ耳は顔半分を覆うほど長くて大きい。
まるでお姫様かと思ってしまうほどピンク色を基調としたドレスが似合うクレールだが、その姿は盗賊団の男には見えていない。『透明スキル』の効果で姿が見えないのだ。
『透明スキル』の効果で姿が見えないが、クレールもダールと同じように黒髪で悪人顔の盗賊団の男に向かって言葉を発していた。
「ク、クソ……気持ち悪くて汚ねぇ耳を生やした獣人なんかに……この俺様が……クソッ……クソォォォォォオオ!」
「それが姉さんを侮辱した言葉ッスか」
「侮辱だ? 本当のことを言っただけだろ! クソがァァア!」
黒髪の男は往生際が悪くその場かから勢いよく立ち上がり走り出した。
しかし逃げ足は遅い。『俊足スキル』を発動していないダールでも追い付くほどに。
「追い付いたッス」
「ひぃぃ……ま、待てくれ。ぬ、盗んだものは全部返す。だ、だから勘弁してくれ。俺様だけは見逃してくれ!」
今度は許しを乞おうとしている。なんとも惨めだ。
マサキとネージュを傷付けた盗賊団の男を神が許したとしてもクレールとダールが許すはずがない。
その時、ダールは背中が軽くなるのを感じた。透明状態のクレールがダールの背中から降りたのだ。
そしてクレールは盗賊団の男の前に立つ。もちろん透明スキルを発動したまま。ダールにも盗賊団の男にも姿が見えないままだ。
「ふんッ!」
クレールは小さな拳で容赦無く盗賊団の男の顔面を殴った。。
「おにーちゃんとおねーちゃんを悲しませたこと絶対に許さないぞー」
『透明スキル』の影響で決して届かない声。しかし叫ばずにはいられないほどクレールは怒っていた。
「な、なんだ!? な、殴られた? 殴られたのか? 何がどうなってんだ?」
盗賊団の男は、殴られた顔を抑えながら尻もちをついてその場に倒れた。そしてそのまま後退りする。
何が起きたのかわからない恐怖心から後退りしてしまっているのだ。
「こ、これは、ほ、法律……そ、そうだ。法律違反だ。種族を超えた争いは法律違反だ。どうなるかわかってるだろうな! 人間族様に手を出したんだぞ!?」
「でも先に手を出したのはそっちッスよね」
「ち、違う……お、お前らが先に……そ、そうだ、交渉しよう。このことは見逃してやるから許し……グハァッ」
クレールは男の話を最後まで聞かずに男の顎を蹴り上げて口を塞いだ。
盗賊団の男は、この場にいたらまずいと悟ったのだろう。ダメージを受けつつも勢いよく立ち上がった。
そしてダールから距離を取る。
「はぁ……はぁ……俺様を……俺様を怒らせたな……はぁ……はぁ……死ねェエ! 風よ我に力を――風の斬撃!」
怒りに身を任せた黒髪の男は風属性の魔法を唱えた。その魔法は先ほどネージュを傷つけようとしていた風の斬撃だ。
風の斬撃がダールの方へと向かって飛んでいく。
ネージュを狙った時とは比べものにならないほど速い。そして威力も凄まじい。
このままでは風の斬撃がダールに当たってしまう。当たってしまえば真っ二つに切り裂かれてしまうかもしれないほどだ。
しかしダールはそんな風の斬撃よりも速く動いた。
「こんなのそよ風ッスよ!」
ダールは俊足スキルを使って風の斬撃をそよ風の如く避けたのである。
そして盗賊団の男の前に一瞬で移動して、そのまま男の顎目掛けて蹴り上げたのだ。
『俊足スキル』込みのダールの蹴りは凄まじいもの。ダールもクレール同様に怒っているのだ。
「ガハァ!!」
男は顎を砕かれて倒れた。そして白目を向いて気絶した。
「や、やったぞー。本当に盗賊団を倒しちゃったぞ。ダール凄いぞー」
ここでようやくクレールが『透明スキル』を解除して姿を現す。
ぴょんぴょんと無邪気な子供のように、もしくは、子ウサギのようにクレールは飛び跳ね続ける。
しかし喜びの声はクレールだけでダールは無反応だった。
不思議に思ったクレールは無反応のダールの顔を覗く。
その瞬間、ダールは倒れた。
「えぇ!? ダ、ダール! ど、どうしたの?」
突然倒れたダールを心配して声をかけるクレールだがダールからの返事はない。
しかし返事の代わりに大きな腹の音が『ぐうぅぅぅぅ』と鳴った。
「お、お腹空いたの? も、もしかしてスキルを使うとお腹空いちゃうの?」
「ぅ……ぁ……」
ダールは弱々しい声を出しながら右手でサムズアップをした。
クレールの想像通りダールの俊足スキルには副作用のようなものがある。
それは俊足スキルを使うと体力を激しく消耗し、お腹が空いてしまうということだ。
ただでさえ空腹に近い状態だったダールだ。ここまで走れたことを称賛し褒め称えてあげるしかない。
「それにクーを連れてきた理由って盗賊団を倒すためじゃなくて……ダールを運ぶためだったり……」
クレールの考察は正しい。その証拠にサムズアップするために上げた親指がさらにピーンッと立った。
「そうなのか。でも先に盗賊団からだぞ。逃げられないようにしないと。その後、ダールを運んであげるぞ」
クレールにとっての優先順位は盗賊団を捕縛することからだ。当然と言えば当然だろう。ここで逃しては意味がない。
クレールは小さな体でマサキよりも大きな黒髪の男を引きずった。そして近くの木に縛りつける。
縛りつけるために使用しているヒモのような物は木のツルだ。木のツルと言っても縄のように硬い。頑丈に縛ってしまえば腕力だけで引き千切るのは困難だ。
黒髪の男を縛り付けた後、他の盗賊団の元へと向かうクレール。
「い、いない……」
不運にも茶髪で細目の男とスキンヘッドの大男はいなかった。そして盗難品もなかったのである。
そこにあったのは逃走のために使用した壊れたマクーターだけだった。
「逃げられちゃったのか……ダールのところに戻らないと!」
クレールがダールの元へ戻ろうとした時、ネージュ声がクレールの耳に届いた。
「クレール!?」
「お、おねーちゃん!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらダールとは逆方向のネージュの元へと跳んでいくクレール。
ネージュの腰にはマサキのジャージが巻かれていた。パンツが見えないようにマサキがジャージを渡したのである。
そのネージュの横には肩を貸してもらいながら歩いているマサキもいる。
「ダールが心配でダールを追いかけてたつもりがクレールがいるなんてな……もしかして透明になってダールと一緒にいたのか?」
「えへへ……そ、そうだよ……」
「何やってんだよ。危ないだろ」
「ご、ごめんなさい……」
マサキは怒った。それはクレールを想ってのことだ。
透明になれるスキルを使えたからといってもクレールはまだまだ子供。マサキとしては危ない目には合わせたくないのだ。
それはネージュとて同じこと。マサキが叱らなければネージュが叱っていた。今回は先に叱ったのがマサキだっただけだ。
「クレール。あいつらに酷い事されたらどうしてたんだよ」
「は、はい……ごめんなさい……」
頭を下げて涙目になるクレール。そんなクレールの頭をマサキは優しく撫でた。
「クレールに何かあったら俺は……俺たちは一生後悔する……」
「マサキさんの言う通りですよ。これからは無茶はしないでくださいよ」
親の愛を知らないクレールだがこの時、親の愛とはこういう物なのだろうと感じていた。
そして胸が熱くなり涙がこぼれた。
「ご、ごめんなさい。もう無茶はしないよ……」
「よしよし。いい子だ」
頭を撫でるマサキに向かってクレールは飛びついた。そして顔をグリグリとマサキの胸に押し当てる。ウサギで言うところの愛情表現のような物だろう。
「い、痛い痛い痛いって……は、離れてくれ……」
「離れたくないぞーって……あっ、そっか、ご、ごめん……」
マサキの体のことを忘れていたクレール。それほどグリグリとしたかったのだ。
「だ、大丈夫……クレールの愛情は痛いほど伝わった。目に入れても痛くないってまさにこのことだよな。意味あってるかわからんけど……
目に入れても痛くないということわざは、かわいくてかわいくてたまらないさま、 わが子や孫を溺愛するさまなどのたとえだ。マサキの想像したものとは少し違う。
マサキは辺りを見渡し始めた。
「……ところでダールは?」
「あっ!」
マサキの体のことだけではなく腹ぺこで倒れているダールのこともすっかりと忘れていたクレールだった。
クレールは血相を変えて慌てながら走り出した。ダールの元へと向かったのだ。
クレールは逃げた盗賊団が倒れているダールに何かするかもしれないと思ったのである。
マサキとネージュはダールの元へと案内するクレールの後を追った。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
マフマフとはウサギの胸のことです。
兎人族の胸もマフマフと呼びます。
ダールの俊足スキルは足が速くなるスキルです。
でもその代償にお腹が減ってしまいます。
そして俊足スキルを持っているダールは普通に歩くだけでも人よりも早くお腹が空いてしまいます。
だから貧乏兎という理由以外でもいつも腹ぺこなんです。




