63 俊足
マサキとネージュが盗賊団を捕まえるために走り出した直後に時間は遡る。
ダールはマサキが叫びながら走り出したのを見ていた。
「クレールの姉さん、盗賊団ッスか?」
ダールは焦りながらも一歩出遅れたクレールに本当に盗賊団が来たのかを確認する。
不安そうにしている妹のデールとドールの頭を優しく撫でながら言ったのだ。
「泥棒だぞー。クーたちが頑張って作った商品を袋にいっぱい詰めてたのをこの目でハッキリと見た」
そう言いながらクレールは部屋の通路を通り店内へと向かった。その後ろを妹たちと手を繋ぐダールが追いかける。
クレールとダールそしてダールの双子の妹デールとドールは無人販売所イースターパーティーの商品棚を確認する。
「あっという間に全部持ってかれちゃった……」
「あんなにあったのに空っぽッスね……」
クレールとダールは商品棚を確認して呆気に取られていた。
綺麗に商品が陳列されていた商品棚には一つも商品が残っていなかったのだ。一瞬の犯行だ。
そして店の扉は開きっぱなしの状態でその場から外の状況を確認する事ができる。
クレールたちは走り出すのが一歩遅れただけで盗賊団を追いかけるマサキたちとの距離は相当開いてしまっている。これではマサキとネージュにすら追いつかない。
「お姉ちゃん」
「お姉ちゃん」
双子の妹デールとドールが悲しげな表情で手を繋ぐダールの顔を見上げる。
「お兄ちゃんたちが作ったクダモノハサミもう食べれないの?」
「そんなの嫌だよ……」
デールとドールも状況を理解して悲しげな表情になる。そして双子の妹は同時に叫んだ。
「お姉ちゃん盗賊団を捕まえてよ」
「お姉ちゃん盗賊団を捕まえてよ」
それはあまりにも無茶な要望だった。
しかし双子の妹たちを悲しませないためかダールは無茶な要望を聞く。
「よしわかった。お姉ちゃんたちが泥棒を捕まえる」
繋いでいた手を離して優しく妹たちの頭を撫でるダール。
妹たちは撫でられている事が嬉しいのか無茶な要望に聞いてくれた事が嬉しいのかどちらかわからないが……否、どちらもだろう。曇った表情から笑顔に戻った。
しかしクレールだけはまだ曇った表情だ。捕まえようにも捕まえられない。現実を受け入れて諦めているといった様子だろう。
「盗賊団にはもう追い付けないよ……それ人間族の盗賊団だったぞ。王都に行かれたら探そうにも探せない……」
「そうッスね……それじゃあ今捕まえないとダメッスね」
「今って……走ってももう追い付かない距離だぞ……」
「クレールの姉さん。大丈夫ッスよ。追いついてみせるッス!」
自信満々な表情を見せるダール。声の調子からして真剣に言っているのがわかる。
それなら尚更こんなに悠長にしている暇はない。今すぐにでも店から出て追いかけなければ口約束をしただけの嘘になってしまう。
しかしダールは焦る事なく妹たちの目線の高さになるまで腰を低くししゃがんだ。
「お姉ちゃんたちが戻ってくるまでここで待ってるんだぞ。いいね?」
「うん」
「うん」
「よし。えらいぞ。さすがアタシの自慢の妹たち」
わしゃわしゃとデールとドールの頭を撫でるダール。
整っていたオレンジ色の髪がぐしゃぐしゃになる程撫でている。そして妹たちの頭を十分に撫でたところでダールはしゃがんだまま曇り顔のクレールを見た。
「クレールの姉さん乗ってくださいッス」
「え? 乗ってくださいって? な、何に?」
ダールたちは徒歩でここまで来たということを知っているクレール。そしてダールたちが荒れた土地でボロボロのテントを張りながら生活している貧乏兎だということも知っている。
だから乗り物などないことはすぐに理解できる。それならば何に乗ればいいのか。クレールは考えたが答えに辿りつかず呆然としていた。
「何にって……アタシにッスよ。アタシの背中に乗ってくださいッス」
しゃがんでいるダールの体勢を改めて見てみると背中をクレールに向けている。おんぶをする体勢だ。
小さな体のクレールをダールがおんぶするのは可能だ。しかし追いかけるのならばおんぶなどしている余裕はない。おんぶなどしたら走る速さが激減してしまうのは明白だ。
なのになぜおんぶなどしようとしているのだろうか。
クレールは躊躇った。そんな躊躇っているクレールにデールとドールが声をかける。
「クレールのお姉ちゃん」
「クレールのお姉ちゃん」
「お姉ちゃんを信じて」
「お姉ちゃんを信じて」
姉思いな妹たちだ。
しかしクレールは躊躇ったまま。おんぶをして追いつくだなんて信じようにも信じる事ができない。
しかし言葉とは不思議なものだった。クレールの気持ちは徐々に傾いていく。そして信じてみようと信じるしかないのだと心情が変化していたのだ。
「わかった。クーは背中に乗ればいいのね? それでどうしたらいいの?」
「透明になって泥棒たちをコテンパンにするッスよ!」
ダールはクレールが透明になれることを知っている。だからダールはクレールをおんぶして追いかけようというのだ。
ダールの作戦は単純である。今から盗賊団に追いつきダールとクレールの二人で盗賊団を倒すというもの。
兎人族とはいえ戦闘力は人間族並み。か弱いクレールはそれ以下だ。
そして相手はマサキよりもガタイの良い男。戦って勝てる相手ではない。
しかしダールの表情は真剣そのもの。そしてクレールはダールを信じるしかない。だからこそクレールは透明になった。
「す、すごいッス。そこにいたのにいなくなったッス……全く気配がないッス」
透明になったクレールに驚くダール。
その後、ダールは背中に美少女の軽すぎる重みを感じた。透明になったクレールが背中に乗っておんぶされたのである。
「クレールの姉さん。行きますッスよ。しっかり掴まっててくださいッス!」
その言葉に対してクレールからの言葉での返事はない。透明になっている状態の時は声すらも相手には届かないからだ。
その代わりにクレールはダールの背中を二回ほどタップする。そのタップを感じたダールは一度ニヤリと笑ってから走り出した。
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
クレールは叫んだ。
走り出したダールのあまりの速さに絶叫と呼べるほど叫んでしまったのだ。
しかしクレールは透明状態。クレールの可愛らしいロリボイスの絶叫は誰にも聞こえなかった。
ダールの足の速さは世界一足の速いチーターをも凌ぐほどの速さ。その速さ時速にしておよそ百キロメートル。
「にいさーーーーん! ねえさーーーーーん!」
瞬きの刹那。先に走り出したマサキとネージュに合流する。
そしてネージュに支えられて弱っているマサキの姿を黄色の瞳に映した。
マサキの顔にはネージュのスカートがぐるぐると巻かれている。
その姿に心配の声をダールはかける。
「兄さん……だ、大丈夫っスか」
「マサキさんは私を庇って大怪我を……」
「いやいやネージュのせいじゃないよ。こんな痛み全然大丈夫…………じゃないかも…………正直顔の傷よりも背中の方がめちゃくちゃ苦しいし痛い……」
ここで強がる必要はない。マサキは正直に背中に感じる痛みを話した。
それを聞いたダールは盗賊団に対して怒りが増した。
「アタシの命の恩人に……許せないッス……絶対に捕まえてやるッス」
マサキが正直に話したおかげでダールに火がついた。
しかし諦めモードのマサキとネージュ。今から走っても追いつくはずがない。だからせっかく火がついたダールには申し訳ないが諦めてもらうことにする。
「ダールの気持ちは嬉しいですけど……もう追いつくのは無理ですよ……マクーターにも乗ってましたし……」
「あ、あれマクーターって名前なのか。スクーターと名前が似てるな……ってそうじゃなくて、追いついても取り返せないだろ。危ないからやめてくれ。これは俺たちの防犯が甘かったせいだから……」
「帰って防犯を強化します。マサキさんは動けそうにないのでしばらくの間、ダールも手伝ってくれますか? その分の給料」
「嫌ッス!」
ネージュの言葉をダールは遮って話を中断させた。
「そんなの絶対に嫌ッス。アタシの……妹たちの命の恩人をこんなにさせた盗賊団を見過ごすわけにはいかないッスよ」
「だから、もう追い付かないって言ってるじゃんか。聞こえるだろあいつらが乗ってる乗り物の……マクーターの音が……絶対に追い付かないっガハァッ、ゲホォ……」
「マサキさん!」
「兄さん!」
マサキは熱くなりすぎたせいで負担がかかっている肺に刺激を受けてしまい咳き込んでしまった。ネージュがすぐさまマサキの背中を摩り落ち着かせようとする。
ダールは、マサキの惨憺たる姿を見て頭を冷やすどころか余計に熱くなってしまう。そして熱くなったのはダールだけではない。クレールもだ。
透明の状態でダールにおぶられているクレールは力強くダールの肩を二回ほどタップする。
「そんなに焦らなくても大丈夫ッスよ。絶対に追いつくッス」
小さな声でダールは呟いた。背中に乗っているクレールにだけ聞こえるくらいの小さな声だ。
そして諦めモードのマサキとネージュに希望の言葉をかけた。
「アタシのスキルは俊足スキルッス。その名の通りアタシは足が速いッスよ。だから安心してくださいッス。捕まえるッスよ」
「で、でも足が速くても危ないですよ。追いついたとしてもどうすることもできないんじゃないんですか?」
「大丈夫ッス。秘策があるッス」
ダールが言う秘策とはクレールのことだ。
透明状態のクレールがいれば一人でやってきたと思わせて油断させる事ができる。そしてその油断が仇となり報いを受けさせることができるのだ。
「おにーちゃん。おねーちゃん。絶対に捕まえるからね。ダールたちだけじゃないんだよ。クーもおにーちゃんとおねーちゃんに感謝してるんだから!」
透明状態のクレールの声は誰にも届いていない。
しかしここで姿を見せるわけにはいかないのだ。なぜならクレールは秘策だからだ。クレールが姿を見せてしまった場合、マサキとネージュに無理やりでも止められてしまう可能性がある。
そうなってしまった場合、本当にダール一人で盗賊団に立ち向かわなければならなくなってしまう。
だからこそクレールは姿を現さなかった。現せなかったのだ。
そのままクレールは紅色の瞳で盗賊団が走り去った道を睨みつけた。
「ダール……」
ダールの名前を呼ぶマサキ。
再び止められると思ったダールは話を聞かずに走り出そうとした。しかし走り出すよりも先にマサキが叫んだ。
「頼む! ネージュのことを侮辱したあの盗賊団を俺の代わりに懲らしめてくれ! 俺は力不足でネージュのことを守れなかった。だからダール……頼む!」
それはマサキの本心からの言葉だった。その言葉を聞いたダールは「了解ッス」と一言言った。
その後、ダールは力いっぱい踏みしめる。地面をえぐるくらい力強く。
「それじゃあアタシの俊足スキルをお披露目するッスよ」
そしてダールは走った……否、目の前から消えた。
マサキとネージュの前に残ったのは刹那の残像とダールの残り香だけだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ダールのスキルが判明しました。俊足スキルです。
時速100キロメートル以上の速さで走れてチーターよりも速いです。
本当は跳躍スキルとかにして飛び跳ねるのが凄いとかにしようと思ってましたがシンプルに足が速いほうが良いかなと思い俊足スキルにしました。




