59 双子の姉妹
死の足音がピタリと止まり次に聞こえてきた音は声だった。それは呆気に取られたダールの声だった。
「……兄さん姉さん。こんなところで抱き合いながら愛の告白とか……何やってんッスか……」
先ほどの強気な口調とは違い、いつも通りの口調に戻っている。
しかし口調が戻ったことに気付けるほど小刻みに震えるマサキとネージュに余裕はなかった。
「殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
何かに取り憑かれたように早口で喋るマサキ。そして震えが止まらないネージュ。
「いやいや、恩人を殺すわけないじゃないッスか。魔獣じゃないんッスから……」
呆れた様子で声をかけるダールだったがまともな返事は返ってこない。
マサキは『殺さないで』の繰り返し。ネージュはマサキに抱き付き震えるだけで顔すら見せていない。
「なんでこうなったんッスか……どうしたらいいッスかね……そ、そうだ。クレールの姉さんは?」
この状況を打破するためにダールはクレールを探す。辺りをキョロキョロと見渡すがクレールの姿はどこにも見当たらない。隠れる場所が少ない荒れた土地だ。ダールはすぐにクレールを探すのを諦めた。
その直後、クレールは透明スキルの効果を解除し通常の姿に戻りダールの前に姿を現した。
「クーはここにいるぞー」
「わぁ!? ビ、ビックリしたッスよ。どこにもいなかったのに……隠れるの上手なんッスね。もしかして地面に? はたまた空に?」
「クーはずーっとここにいたぞー」
するとクレールは透明になり姿を消した。ここにいたという証拠を見せるためだ。
透明になるクレールを見るのは初めてだったダールは当然驚く。
「す、すごいッス! クレールの姉さんは透明になれるんッスか! 魔法ッスか? スキルッスか?」
クレールがいた場所に向かって手を伸ばすダール。透明になれても姿が見えないだけで触れることは可能だ。
しかしダールはクレールに触れることができていない。おそらくクレールはもうその場にはいない。ダールの手に触れないように移動したのだろう。
その移動先は呪われたかのように同じ言葉を繰り返すマサキの目の前だ。マサキの目の前で透明スキルの効果を解除した。
「おにーちゃんおねーちゃん大丈夫だよ。ダールはダールだよ。怖がることないぞー」
抱き合い小刻みに震えるマサキとネージュの頭を優しく撫でながら声をかけるクレール。それに乗じてダールも優しく声をかける。
「そうッスよ。アタシはアタシッスよ。そんなに怯えてどうしたんッスか?」
ダールはネージュの目の前、クレールの隣に移動する。
マサキの涙で潤んだ黒瞳は薄桃色の髪の美少女とオレンジ色の髪の美少女の姿を映していた。そこには言われた通りダールがいる。死神や悪の組織ではない。いつも通りのダールだ。
マサキは呪われたかのように繰り返す同じ言葉をやめて目の前にいる兎人族の美少女二人に質問をかけた。
「こ、殺さない……よね?」
「何言ってんッスか。そんなことしないッスよ」
「で、でも悪の組織にクダモノハサミをあげてた……だから命令が下されれば俺たちを……」
「殺さない殺さないッスよ。恩人を殺すわけないじゃないッスか。物騒ッスよ。それに悪の組織じゃなくてアタシの家ッスよ。妹たちにクダモノハサミをあげたんッスよ」
「い、家……い、妹たち……」
その言葉にマサキは見当違いの推理をしていたことにようやく気が付いた。
草木やダンボールなどで補強されているボロボロのテントはダールの家でその中には悪の組織のメンバーではなく妹たちがいるとのこと。
だからこそ、そのことを自分の目で見たクレールは透明スキルの効果を解除してダールの目の前に姿を現したのだ。本当に悪の組織だったら姿を表す必要はないのだから。
「ちょうどよかったッス。妹たちも兄さんと姉さんに感謝したいって言ってたッスから。呼んくるッス」
ダールは立ち上がりボロボロのテントへと歩き出した。その足音は先ほどの死の足音と同じ。しかし先ほどとは異なり全く死を感じさせない。
そして再び足音が向かってくる。ダールが戻ってくる足音だ。その数は先ほどよりも増えている。一人、否、二人だ。二人増えている。
そしてマサキとネージュとクレールの三人の前に到着したのと同時に足音はピタリと止まる。
「マサキの兄さん、ネージュの姉さん。クレールの姉さん。アタシの妹たちッス」
そう紹介したダール。ダールは二人の妹の頭を撫でていた。
髪色はダール同様にオレンジ色だ。ダールはボブヘアーだが妹たちはショートヘアー。そして兎人族の特徴でもあるウサ耳が付いている。それも小さなウサ耳だ。
服装はダールと同じく大きめなパーカー。そして細くて白い足が出ている。ショートパンツを履いているのだ。ダールもそうだが、ボロボロなテントに住んでいる割には身なりは整っていて綺麗な方である。
妹たちを一言で表現するのならば小さくなったダールだ。ダール姉妹は本当にそっくりである。
そして何よりもそっくりなのは妹同士。瓜二つの顔から双子だということが一眼でわかる。ダールにもそっくりな双子の妹だ。
他にも背の低さや幼い顔からクレールよりも幼い美少女ということもわかる。
クレールの年齢が十二歳でダールの妹たちはおそらく六歳やそこら辺である
その天使のように可愛らしいダールの双子の妹を見てマサキとネージュの震えはピタリと止まった。
「ほら、クダモノハサミを恵んでくれた大恩人様だぞ。ちゃんと挨拶しなさい」
ダールの口調は妹たちの前だと違う。普通の口調。姉のような母親のようなそんな喋り方である。
マサキたちの前では敬語のように使う口調。それは腹ぺこで倒れていたダールを助けた恩人でもあるからだ。ダールなりに敬意のある喋り方なのだろう。
その喋り方を家族でもある妹たちにはしないのである。本来のダールの喋り口調は妹たちに話しかけている時のもので間違いはない。
「はーい! アタシはデール」
「アタシはドール」
「お兄ちゃんお姉ちゃん美味しいクダモノハサミをくれてありがとうございます」
「お兄ちゃんお姉ちゃん美味しいクダモノハサミをくれてありがとうございます」
ダールに言われた通りに挨拶をする双子の妹。声の波長もリズムもタイミングも全てがぴったりと合わさり耳心地の良い声がこの場にいる全員の耳に届いた。さすが双子だ。
何よりも子どもらしい甘く優しい声に全員が癒された。同時にダールが腹を減らしていた理由も判明したのだ。
妹たちと分け与えている。もしくは貰ったクダモノハサミ全てを妹たちに渡しているのだろう。そんなことを思考しながらまじまじとダールの双子の妹を見る。
「小ちゃなダールが……二人……か、可愛い……」
マサキがボソッと呟いたその言葉にダールの双子の妹たちの小さなウサ耳がピクピクと動いて反応した。
そしてしっかりと挨拶ができたデールとドールの頭を姉のダールがわしゃわしゃと撫でる。
「よし。よく挨拶できました。偉いぞ」
「ありがとうお姉ちゃん」
「ありがとうお姉ちゃん」
撫でられている妹たちはとても嬉しそうだ。
ここでようやくマサキは一安心する。そしてマサキが安心したことを感じ取ったのか少し遅れてネージュも安心しマサキに抱き付くのをやめた。
その時のネージュの顔は真っ赤に染まっていた。勘違いで怖がり、抱き付いていた事に対して恥ずかしがっているのだ。
他にもマサキの最後の言葉、大好きと言われたことが頭から離れていないからである。
「ところで兄さんたちはなんでここにいるんッスか?」
「し、心配であとをつけてきちゃって……」
「アタシの心配ッスか。それって……アタシのことが好きになったってことッスか!? マサキの兄さんったら姉さんたちがいるのに兎人たらしッスね〜」
自分の体を抱きしめクネクネと変な動きをするダール。マサキたちが安心したのを感じ取ってからかい始めたのだ。
そんなダールの言葉にネージュとクレールは頬を膨らませマサキを睨みつけた。嫉妬心が再発してしまったのである。
「兎人たらしってなんだよ。また腹を空かして倒れられると思ったから心配になって、そんで真相が知りたくてついてきたんだよ。それと事件に巻き込まれてるんじゃないかって思っただけだ!」
マサキの言葉にうんうんと頷くネージュとクレール。
そしてマサキの目の前で静かに立っている双子の妹たちはなぜか悲しげな表情をしていた。
「お姉ちゃんのこと嫌いなの?」
「お姉ちゃんのこと嫌いなの?」
それはあまりにも純粋な質問だった。マサキの強めの口調が妹たちを不安にさせてしまったのである。
そしてその妹たちの質問から姉への愛も感じられる。
「あ、え、えぇ? そ、その、嫌いじゃないからそんなに悲しい顔しないでよ。ちょっと強く言い過ぎちゃったかもだけどお兄さんこれが普通だからさ……」
戸惑うマサキは左手でデールとドールの頭を交互に撫でた。右手を使わなかったのはネージュと手を繋いでいるからだ。
「嫌いじゃないってことは好きなの?」
「好きなの? 好きなの?」
ぐいぐいと質問をしてくるデールとドール。悲しげな表情から一変。くりっとした黄色の瞳を輝かせている。
また悲しげな顔をされては困ると思ったマサキは優しく頭を撫でながら自然な笑みを浮かべて何も答えずにその場をやり過ごそうとした。
嫌いと言えばまた悲しげな顔をされてしまう。普通と言っても同様に悲しげな顔をされてしまう可能性が高い。
そして何よりも好きと言ってしまえばネージュとクレールの機嫌が悪くなってしまうかもしれないからだ。
だから笑って誤魔化すのが最適解。マサキは居酒屋時代に学んだ『人との上手な関わり方』が今ここで役に立ったのだった。
そんな自然な笑みを浮かべるマサキを見たネージュとクレールはマサキを見習って同じように笑みを浮かべた。
愛想笑いとも言えないほどのぎこちない笑み。口角が不自然に上がり目が笑っていない。
その様子を見たダールが「あはは……」と戸惑った様子で笑った。
「……でも事件とか悪の組織が絡んでなくてよかったよ。ところであのテントが家って言ってたけどご両親は?」
「母は妹たちが産まれてすぐに亡くなったッス。父は三年前に魔獣に殺されて……だから姉であるアタシが親代わりとして妹たちを育ててるッス」
「そ、そうだったんだ……」
凍てつくような気まずい空気が流れた。
マサキは以前同じような感覚を経験したことがある。それはネージュと両親の話をした時だ。
あの時は場の空気を変えるために友達がいるかどうかを聞いていた。しかし恥ずかしがり屋のネージュには友達すらいなかった。なのでさらに気まずい空気になったという痛い経験がマサキにはあった。
そんなマサキはこの手のやり取りの正解を知らない。
しかし暗く悲しい話をしたダール自身暗い顔など一切見せていない。これは姉であるダールが親代わりとして妹たちを育てるという覚悟があるからだろう。
だからこそ関係のないマサキが暗い顔をするわけにはいかないのだ。
「それじゃ妹たちのために早く仕事を見つけなきゃな」
「もちろんッスよ。今から仕事探しッス。応援してくださいッス」
笑顔と共に風が吹いた。荒れた大地がダールを応援するかのように。
その風が吹き終わるのと同時にネージュもクレールも応援の言葉を言う。
「頑張ってくださいね。応援してますよ」
「頑張るんだぞー!」
「ネージュの姉さんもクレールの姉さんもありがとうッス!」
ダールの事情を知ったマサキとネージュとクレールは長居することなく家へと帰る。
兎人族の里へ仕事を探しに行くダールも途中までマサキたちと一緒に歩いた。
そして分かれ道でそれぞれ別れたのであった。
ダールは仕事探しへ。マサキたちは家へ。
ダールに良い仕事見つかることを願ってマサキたちは家へと向かうのであった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ダールの妹たちが登場しました。
双子の妹デールとドールです。
名前の由来は姉がダールなのでダ行から付けました。
ヂールとヅールにしなかった理由は呼びづらいのと可愛くないからです。
なのでヂールとヅールという姉妹がいて亡くなってしまっていたとかはありません。
ちなみに作者の僕はウサギを五匹買ってたのですがそのうちの二匹はデールとドールのような双子でした。
同じ日に生まれて全く同じ色です。ただ違うのは男女だったということだけ。




