55 腹ぺこな兎人ちゃん
マサキとネージュは店の前で倒れている兎人族の女性を助けるために繋いでいる手を離した。
店の前、そして家の前だ。さらに他に誰もいない。さすがの二人でもこの状況なら手を離すことができる。
マサキは倒れている兎人族の女性を起こし肩を貸す。それをネージュが支えながら店の中へと入り部屋へと連れて行った。
部屋に入るとクレールの可愛らしい寝息が聞こえてくる。
「ハフーハフー……おにーちゃん……ハフーハフー……んっ? んがっ?」
布団の中で眠っていたクレールだったが慌てて戻ってきたマサキたちがに気付いて目が覚める。
「あ、あれ? ど、どうしたの? そ、その兎人は?」
「お、ちょうどいいところで起きてくれた。なんでもいいから食べ物持ってきてくれ。この兎人、腹が減って店の前で倒れてたんだ」
「えー! そ、それは大変だー! クーにはわかる。わかるぞー! 空腹ほど辛いものはない! す、すぐに食べ物持ってくるー」
マサキに言われた通りクレールは食べ物を持ってくるために布団から飛び出した。
クレールが向かったのはキッチンではなく店内へと続く通路だ。
通路から飛び出して無人販売所イースターパーティーの店内へ。そして商品棚の前に立ち小さな腕で商品をかき集める。その商品を大事そうに抱えながら腹ぺこの兎人族の元へと持ってきた。
その間にマサキとネージュは腹ぺこの兎人族を壁を背もたれにして床に座らせていた。
「クダモノハサミを大量に持ってきたぞー」
「サンキュークレール!」
クレールが持ってきたクダモノハサミの袋をマサキが急いで開ける。袋を開けると生クリームのほんのりとした甘い香りが一気に部屋中に広がる。
その香りを感じ取ったのか鼻をひくひくと動かす腹ぺこの兎人族。さらにお腹の虫が鳴く。鳴き叫ぶ。
「冷たいからゆっくり食えよ。いきなり胃に入れると腹壊すからな……」
マサキは腹ぺこの兎人族に優しく言葉をかけながらゆっくりとクダモノハサミを口へと運んだ。
「ぁ……」
弱々しい声を出しながら腹ぺこの兎人族はクダモノハサミを一口食べる。
三回ほど咀嚼してすぐに飲み込んだ。すぐにでも胃袋に食べ物を入れたかったのだろう。
その後はマサキからの補助もありながらクダモノハサミを丸々一個食べ終えた。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫ですか?」
「だいじょーぶー?」
食べ終えた直後にマサキとネージュそしてクレールの三人は心配の声をかける。
腹ぺこだった兎人族は口元に少量の生クリームをつけながら口を開いた。
「いや〜助かったッス。ご馳走様ッス! 死ぬかと思ったッスよ……アナタたちはアタシの命の恩人ッス。こんなに美味しいクダモノハサミを恵んで貰えるだなんて。このご恩は一生忘れないッス。本当にありがとう。ありがとうございましたッス」
土下座をしながら感謝を告げる兎人族の女性。ボブヘアーが似合う美しい美貌とは裏腹に喋り方にクセがある。
「そんな大袈裟だな……それでなんで店の……」
「まずは自己紹介をさせてくださいッス!」
マサキの言葉を途中で遮り自己紹介が始まった。
「アタシの名前はジェラ・ダール。ダールって呼んでださいッス。ぜひとも命の恩人様たちのお名前も聞かせてほしいッス!」
突然始まった自己紹介に戸惑いながらもマサキは応えた。
「そ、そうだな。まずは自己紹介からだよな。俺の名前はセトヤ・マサキ。マサキでいいよ。そんでこっちの美少女二人は」
「私はフロコン・ド・ネージュです。ネージュでいいですよ」
「クーはクレールだぞー」
マサキに続いてネージュとクレールもテンポよく自己紹介をした。
三人の恩人の名前を聞いたダールは名前を覚えるために繰り返した。
「マサキとネージュとクレールッスね。それじゃあ、ぜひマサキの兄さんとネージュの姉さん、そして兄さんと姉さんの娘さんと呼ばせてくださいッス!」
「娘じゃねー!」
「娘じゃありませんよー」
マサキとネージュの二人は同時に突っ込んだ。打ち合わせや合図などはしていない。
「パパ〜ママ〜」
クレールは娘のフリをしてノリノリで二人に抱き付く。少しだけ悪ふざけをしているが純粋無垢な笑顔があまりにも可愛すぎてクレールには突っ込めない二人だった。
そして本当に娘になってほしいと思ってしまった二人は同時にクレールの頭を撫でる。マサキは右手で、ネージュは左手で。二人が手を繋ぐ時に使用する手で撫でたのである。
「ほら娘さんじゃないッスか! 兄さん姉さん、隠す事ないっすよー。アタシでも見たら分かるんッスから」
「いやいや、これはクレールの悪ふざけで……でも悪い気はしないな可愛すぎる……じゃなくて、薄桃色の髪とウサ耳がめちゃくちゃ可愛いい幼い女の子だけど、どう見ても娘ってよりも妹だろ! 俺たちが老けて見えるのか? それともクレールが幼く見えるのか? ど、どっちだ?」
「兄さんたちが老けて見えると言うか……兄さんと姉さんの雰囲気が夫婦とか、そんな感じに見えたんッスかね?」
「ッスかね? って疑問形で返してくるな。いいか。クレールは娘じゃないからな。娘にしたいほどの可愛さだけど……でもどちらかと言えば妹だ。おにーちゃんって呼んでくれる妹属性だ! だから娘って誤解はしないでくれー。それに俺は童貞だから子供なんていねーよ」
「イモウトゾクセイ? ドウテイ?」
「あっ」
勢い余っていらない情報もついつい話してしまったマサキ。顔を赤らめ慌て始める。
「な、何でもない。わ、忘れてくれ、忘れてくれー」
マサキとネージュが親で娘がクレールだとしても年齢的に合わない。見た目も若すぎて親子には見えない。そして夫婦だと思われてもクレールを娘だとは思わないだろう。
しかしマサキとネージュの雰囲気からダールは本当にクレールが娘だと勘違いしていたのだ。
「それじゃクレールの姉さんって呼ばせてくださいッス」
「俺とネージュはともかく、クレールも姉さん呼びってなんか不自然じゃないか?」
「命の恩人様に年齢とか見た目なんて関係ないッスよ!」
勢いよくマサキに迫ってくるダール。顔が急接近し驚くマサキ。そして改めて見るダールの可愛い顔に少しだけドキッとする。
「わ、わかったわかったから。近いって……呼び方はなんでもいいよ。クレールも大丈夫だよな?」
「クーはねー、姉さんって呼び方、嫌いじゃないぞー! うッへッへ!」
クレールは『姉さん』という響きに顔を緩め嬉しそうに笑っていた。
「んで自己紹介が済んだところで本題に入るが……なんで店の前で倒れてたんだ? あと少しだっただろ」
「それがッスね兄さん。腹が減って食べ物屋を探して歩き回ってたんッスよ。それで気が付いたら兄さんの店の前で倒れてたってわけッスよ。飲まず食わずの日が続いたんで、さすがのアタシも限界だったみたいッス。あと一歩でこんなに美味しいクダモノハサミが食べられたってのに……でも兄さんたちのおかげで生き返ったッス。本当にありがとうございましたッス!」
「の、飲まず食わずだったのかよ。そりゃ倒れるわな。でもなんで? 金は?」
「いや〜恥ずかしい事に一ヶ月くらい前に仕事クビになっちゃって……そんで貯金してたお金が一週間前に無くなってしまったんッスよ。金がなければ食べ物が買えないッス。だから飲まず食わずだったんッスよー」
頭を掻きながら笑い話のように語るダール。仕事はクビ。現在一文無しのダメダメな兎人族だ。
「うちの店も金がなかったら食べ物買えないんだけどな……」
「ぇええ! 無料じゃないんッスか!?」
「無料じゃねーよ! まだ勘違いする人いんのか! でも店の中に入れば無料じゃないって事に気付くか。ってどっちみち店の中で倒れられてた可能性あるじゃねーか!」
「あはは……無料の販売所かと思ったッス……お腹が空きすきで看板を読み間違えたのかもしれないッス……じゃ、じゃ、さっき恵んでくれたクダモノハサミはどうするんッスか!? アタシお金無いッスよ!」
無料じゃないと知り突然焦りだすダール。恵んでもらったと思っていたクダモノハサミの代金を払うお金を持ってないからだ。
そんな焦るダールにネージュが優しく声をかける。
「さっきのクダモノハサミのお金はいらないですよ。倒れててほっとけなかったのでこちらの善意です。でも次からはちゃんとお支払いしてくださいね」
「うわぁあああん。ネージュの姉さん。なんて優しいんッスか。一生ついていきますッス」
ダールは泣きながらネージュに飛び付いた。そしてネージュの右側に立っていたマサキに向かって右手を伸ばしマサキの手を握りブンブンと手を振った。
驚くマサキとネージュだったがまだまだ序の口。ここからが本当の衝撃が待っている。
「……という事でアタシをここで雇ってくださいッス!」
泣き顔からスッとした顔になってから言った。真剣な表情というよりは真顔に近い。
「はぁあああああああああ!?」
「えぇえええええええええ!?」
驚くマサキとネージュ。二人の声が重なり響きあった。
腹ぺこ兎人ちゃんの突然の面接が始まったのである。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
新キャラのジェラ・ダールについて。
名前の由来はフランス語でめっちゃ腹が減ったという話し言葉からです。
J'ai la dalle. (ジェ ラ ダール)です。
めちゃくちゃ良いキャラに仕上げたい!




