51 裸の付き合い
幽霊の正体は透明スキルの効果によって透明化できる兎人族のクレールだと判明した。
そしてクレールの壮絶な過去を知り彼女をほっておけなくなり家族として迎え入れることになった。
泣き疲れたせいか三人は無人販売所イースターパーティーの開店時間ギリギリまで眠っていた。
もちろん今日の分の商品は、昨夜の幽霊捕獲作戦に余力を使ってしまい作っていない。
しかし少しだけだが商品は残っている。それが売り切れるまでは営業することができる。
そして開店時間ギリギリに起きた薄桃色の髪の美少女クレールは、経営者の二人に代わって開店準備を開始したのだった。
「そういえばクーはこないだもお店を開店させたぞ……えらい。えらいぞクー。それにしてもおにーちゃんとおねーちゃんはいつまで寝るんだろう……クーのために疲れてるってのはわかるけど……でもおにーちゃんとおねーちゃんが寝てたとしてもクーは今日からここで働くんだ。これくらい朝飯前なのだぞ! いつも見てたから大体の準備はわかるのだぞっ!」
独り言を溢すクレール。透明化しているのでその独り言はクレール本人にしか聞こえない。
大きなウサ耳によって人生を狂わされたクレールも人前には出れない。なので透明化しながらの開店準備となる。
クレールのおかげで開店時間に間に合い無人販売所イースターパーティーが開店した。
開店し本日最初の来店客が来たのと同時に経営者の二人は目を覚ます。
「マ、マサキさん大変です! もう開店時間過ぎてます!」
「や、やべっ! 寝過ぎたぞ! 急いで店開けなきゃ」
慌てて布団から飛び起きる二人。そんな二人の背中に甘いロリボイスが届く。
「ふはははっはー! クーがもう開店準備を終わらせてお店を開けたぞー。そして今入ってきたお客さんが今日初めてのお客さんだぞー!」
「え、マジ? 優秀な従業員だ」
「さすがクレールです。助かりました」
優秀な働きを見せたクレールに感謝するマサキとネージュ。
そしてマサキはあることを思い出した。
「……やっぱりあの時もクレールがお店を開けてくれたのか」
「うん! そうだよ!」
それはポルターガイスト現象を初めて見た日のこと。その日はマサキとネージュは怖がり過ぎて店を開店できなかった。
しかし玄関の鍵が解除されていたり営業を知らせる看板がオープンになっていたりと二人が店を開店しなくても開店されていた。
まさに今と同じように。だからマサキはデジャブを感じその時のことを思い出したのだ。
「では買い物をしてから調理をしましょう」
「そうだな。食材もないし、それに……」
マサキは言葉を途中で区切り目の前に立つ透き通るほど綺麗な薄桃色の髪の美少女を足の先からウサ耳の先まで見た。
「な、なに……そんなにジロジロと……」
見られていることに気付くクレールは顔を赤らめ半透明になる。半透明の状態は、完全に透明になっている状態とは違いクレールの声は届く。
「今日から働いてもらうんだからその格好はちょっとなって思ってさ。まあ、俺もジャージだし言えたもんじゃないけど……」
マサキが見ていたのはクレールが着ているボロボロの布だ。
そんなことで見てたのかとクレールは半透明から通常の姿に戻る。
「クーは外に出る時、透明になるからお客さんの前にこの姿で現れないぞ。それにクーは耳を見られたくないからおにーちゃんとおねーちゃんの前以外だと透明だよ。だから安心していいよー」
「いや、そうじゃないだろ。そんなボロボロの格好じゃ商品にゴミとか付いちゃうかもしれないし……」
「……た、確かにおにーちゃんの言う通りだぞ……でもクーはこれしか服を持ってないから着替えられない……」
「それは知ってる。だから就職祝いとして俺とネージュでクレールの服を買ってやるよ」
マサキは歯を光らせサムズアップした。その横でネージュも同じように歯を光らせサムズアップしている。
「えぇ……で、でも……お金がもったいないよ……おにーちゃんとおねーちゃん貧乏なのに……迷惑かかっちゃう……」
「おい。今貧乏って言ったか?」
「え? 貧乏だよね? 違うの? もしかしてどこかに大金を隠し持ってたりするの?」
「いや大金などない。貧乏で間違いない……透明になって見てたんなら俺たちのお財布事情も知ってて当然だよな……でも安心してくれ! 就職祝いと言ったが、家族として歓迎するプレゼントでもある。だから受け取ってくれよ」
「ほ、本当にいいの?」
「素直に喜べよ。いいに決まってるだろ」
プレゼントなどもらったことがないクレールは喜び方を知らない。プレゼントなどを貰わなくても盗めば物が手に入るからだ。だから喜びの感覚が麻痺している。
「ぅ……ぁ……」
しかし麻痺していると思われていた喜び感覚は優しさという特効薬によって治癒されその副作用として涙が勝手に溢れ出てしまった。
「あ、あれ……涙が……勝手に……ぅぅ……」
昨夜枯れるまで泣いたはずの涙。腫れた目元がさらに赤く染まり腫れていく。
そして自然と言葉が出た。
「ありがとう」
純粋無垢な笑顔で二人に感謝の一言を述べた。少女の本来あるべき姿だろう。
この笑顔を閉じ込めていた世界が憎くなるほどにクレールの笑顔は可愛らしい。見るものを虜にするほど可愛かった。
「よしよし」
ネージュがクレールの前に立ち大きなウサ耳を優しく撫でる。まるでお姉さんかお母さんのように。
「それじゃ、お買い物に行く前に準備をしましょう」
「……準備って?」
「お風呂に入って体の汚れを落とすのです。一緒にお風呂に入りましょう」
クレールの背中を押し無理やり風呂場へと誘導するネージュ。クレールは戸惑いながらも抵抗できずに誘導されるままネージュとともに風呂場の脱衣所へと入っていった。
そして鍵が閉まる音が一人取り残されたマサキの耳に届く。
マサキがこの家に来た時、お風呂を使える時間は五十秒だと決まっていた。ネージュの期待に応えるべくマサキは三十秒で風呂を終わらせることに成功したが次の日から風呂の制限時間が三十秒になってしまったのだ。
しかし無人販売所を経営してからお金と心に少しだけ余裕ができた。よって風呂の制限時間は、一気に五分まで引き上がったのだった。
なので今回のネージュとクレールの風呂の時間は二人合わせて十分となる。
「二人で風呂か……裸の付き合いってもんもあるしな…………ん? 待てよ……裸の付き合い……」
マサキは風呂場へと繋がる扉を見ながら一人で呟き考え始めた。
(そ、そうだ、せっかく家族として迎え入れたんだ。これは日本の文化にのっとって裸の付き合いをしなきゃいけないんじゃないか? 男だろうと女だろうと関係ない。裸の付き合いをしてこその本当の家族になれるってもんじゃないのか? この扉の奥にはきっと楽園が広がっている……いや、天国だろう。ネージュのナイスバディのスタイルは完璧だ。俺の中では満点。そして可愛いクレールが加わることによって相乗効果が……い、いや待てクレールはまだまだ子供だぞ。で、でも兎人族だ……ウサ耳可愛い……いやいや、いかん。平常心を保て。下心むき出しで裸の付き合いなんてできやしないぞ。俺はただ日本の文化にのっとって裸の付き合いをしようと考えてるだけだ。そう。全然下心なんてないからな……これは家族として迎え入れる大事な儀式みたいなもんだ!)
マサキは風呂場の天国をその目に映したい一心で『裸の付き合い』という日本の文化を自分の都合の良いように間違って解釈していた。
家族と言っても本当の家族ではない。しかし心では本当の家族だと全員思っている。
一人でも変な行動をとってしまうと一瞬でこの家族関係が崩壊しかねない。それほどまだ絆は深くないのだから。
「でも俺は日本の文化にのっとる!」
気合を込めて一歩踏み出したマサキ。その時に天国へと繋がる扉の鍵が開く音がした。その瞬間マサキは招かれていると直感した。
そして二歩目を踏み出す。招かれていると直感したおかげで一歩目よりも足は軽い。
続いて三歩目を踏み出したのと同時に天国へと繋がる扉から風呂場に入る前のタオル姿のクレールが出てきた。
「ク、クレール……タ、タオル姿でどうしたんだ……」
焦るマサキ。しかし頭の中では、手を掴まれ無理やり風呂場に連れ込まれるのではないかと妄想を膨らませていた。
(おにーちゃんも一緒に入ろう……なんて無邪気な笑顔で言われるんだろうな。ぐへぐへぐへ……この流れで入ればネージュには言い訳ができる。それにネージュだって断ったりできないだろう。悪いなネージュ。俺は男だ。男は女の風呂を覗くのが夢なんだ! ぐへへへ……って違う! 家族としての裸の付き合いをしたいだけだ! やましい気持ちなんてないぞっ! ぐへへ……)
クレールがマサキの元へ到着するまでにマサキの妄想は膨らむ一方だった。そして膨らみすぎたマサキの妄想は耳打ちをするクレールの言葉によって破裂する。
「おにーちゃん。鼻の下伸びてるよ。クーはいつも見てたよ。おにーちゃんが覗いてるところを。だから絶対に覗き穴から覗かないでよね」
それはクレールからの忠告だった。
忠告を受けたマサキは膝から崩れ落ち現実へ引き戻される。
「あはは……だよな……透明……いたんだよな……俺がネージュの風呂を覗いていたのをクレールは見てたんだよな……あは……あははは……死にたい……」
所詮妄想は妄想。良い方向へしか妄想は膨らまないものだ。
「クレールどうしたの? 入りますよー」
「はーい。おねーちゃん今行くよー。あっ、おにーちゃんがね『俺の分も入っていい』ってさー」
「さすがマサキさん優しいですね。それじゃあお風呂の時間は特別に二十分にしましょう」
「やったーやったー!」
嫌らしいことを考えていたマサキにとってネージュの「優しい」という言葉は一番心に刺さる。
そして大はしゃぎで喜ぶクレールはゴミを見るような目でマサキを見下してから」と風呂場へと戻っていった。
風呂場からはシャワーの音と楽しそうに会話する二人の兎人族の美少女の声が聞こえてくる。無情にも魂が抜けた青年の耳に届く。
「ぅぅ……お、俺の……天国が……兎人族の楽園が……」
遠くから覗き穴を見るマサキだったが、クレールの『覗くな』というオーラを感じすぐに目を逸らした。
マサキは二十分間、膝をついたままその場から動けなかったのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
その後、風呂場の覗き穴はクレールによって塞がれてしまいました。
ああ、兎人族の楽園が……男の夢が……作者の夢が




