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兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが  作者: アイリスラーメン
第2章:出逢い『透明な兎人ちゃんが来た編』
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48 痴話喧嘩

「これでもう逃げられねーぞ! 泥棒幽霊め! 今まで無銭飲食した分とついでに家賃も払ってもらうからなー」


「も、持ち家ですから家賃はありませんよ! それに家賃があったとしたらマサキさんも払ってないじゃないですか!」


「そ、そうだった。俺も払ってない……ってそうじゃなくて! もう観念しろ泥棒幽霊。金が払えないなら働くか成仏するかの二択を選べー!」


 目には見えない幽霊だが実体はあり触れられる。その証拠にマサキは幽霊を捕まえ取り押さえている。

 マサキに取り押さえられている幽霊は活きの良い魚のように暴れている。マサキの体は前後左右縦横無尽に振り回されている。

 そして顔面に何かが当たっているのだろう。マサキはダメージを受けている。それでも離す気は一切ない。


「うわぁ……ぐはぁ……ぁぁあ……がはぁ……ぐわぁ……」


「マ、マサキさん頑張ってください!」


 ネージュハラハラドキドキと心配しながら、封鎖した通路の前でマサキを応援している。その後、部屋の照明のスイッチを入れて部屋を明るくするがやはり幽霊の姿は見えない。

 そんな時だった。観念したのか暴れていた幽霊の動きが止まった。


「はぁ……はぁ……ど、どうだ……観念したか……もう逃げられないぞ……」


「……もう、わかったよ。もう逃げたりしないから……だから離すんだぞー」


 突然マサキとネージュ以外の聞いたこともない第三者の声が二人の部屋に響き渡った。

 その声は幼女のような可愛らしい声。耳心地がよくずっと聞いていたと思えるような甘い声だ。


「しゃべ……しゃべ……しゃべったー!?」

「しゃべりました!?」


 その声を聞いて二人は同時に驚いた。その直後、再び驚愕の出来事が二人を襲う。

 スーッとマサキが掴んでいる幽霊の姿が具象化していったのだ。


「す、姿が……」


 幽霊の正体は十二歳くらい少女だった。マサキはその少女の腹をしっかりと掴んでいる。

 幽霊が暴れなくなり姿が見えた途端にマサキは右手にむにゅっとした触感を感じた。


「……なんだこの感触……むにゅっと柔らかい……」


 抵抗の末、右手が幽霊の少女の小さな胸の上に乗ってしまったのである。そして無意識に揉んでしまっているマサキ。

 すると姿を現した少女の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


「……だから離してって言ってるでしょうー!」


「ぐはあぁぁぁ!」


 少女はマサキの顔面目掛けて裏拳をかました。裏拳を受けたマサキは少女を離してそのまま後ろに倒れてしまう。


「マ、マサキさん! 大丈夫ですか?」


 心配するネージュだがその場から動けない。封鎖した通路を守る役目があるのはもちろんだが幽霊との対峙で足がすくんでしまって動けないのだ。


「いつまでクーのマフマフを揉んでるんだ! このへんたーい!」


「……ク、クー? な、何? え? どういうこと……マ、マフマフって……」


 倒れているマサキは目の前に立つ少女を見上げその姿をまじまじと見た。


 低身長でボロボロの布を着ている。その布は泥だらけで汚れている。

 真っ赤に染めた頬を膨らませ鼻息を荒くしているのはマフマフを揉まれたせいだろう。


 髪色は透き通るほど綺麗な薄桃。肌は白く瞳は紅色。汚れた姿とは裏腹にネージュに並ぶほどの絶大の美少女だ。

 そして膨らませた頬は左側しか見えていない。なぜなら顔の右半分を隠すほどの大きなウサ耳が垂れているからだ。

 髪色と同じ薄桃色のウサ耳。しかし垂れているのは右耳のみ。左耳はとても小さなウサ耳がちょこんと立っていて左右のウサ耳の大きさが極端に違うのであった。


「騙された騙された騙されたぞ。いつもみたいに抱き合い始めたから寝たと思ったのに。くそー。完全に騙されたぞ」


「いつもみたいに抱き合い始めたって……私たちいつも抱き合ってるんですか? どんだけ寝相悪いんですか……しかもいつも見られていただなんて。は、恥ずかしい……」


 いつも抱き合いながら寝ているという事実を聞いたネージュは己の寝相の悪さに驚く。なぜなら一度も抱き合いながら寝たことがないからだ。

 マサキとネージュは寝ている間に無意識に抱き合っているのである。


「た、確かに朝起きたら抱き枕にしてることも、されてることもありますけど……い、いつもって……」


「そうだぞ。それに兎人のおねーちゃんの方が抱きしめてること多いぞ。いや、ほぼ、おねーちゃんの方が抱きしめてるぞ」


「えぇぇぇ! 衝撃の事実です!」


 ポッと一瞬で顔が赤く染まるネージュ。あわあわと慌て始める。

 そんなネージュのことをほっといてマサキが話を戻す。


「それで……なんで泥棒なんてしたんだ? それに俺たちの無人販売所ばかり狙って……理由によっちゃ許してあげないこともないが、許してもらえるだなんて期待はしない方がいいぞ」


 緊迫した空気が流れる。しかし重たい空気の中、少女は誤解を解くために口を開く。


「幽霊幽霊幽霊って……クーは幽霊なんかじゃないぞ! 透明になれるスキルを使っているだけでちゃんと生きてる兎人だぞ! 勝手に殺すなー!」


 誤解を解こうとしたのは商品を無銭飲食したことではなく幽霊についてのことだった。

 透明になれるスキル。つまり幽霊ではなく透明人間……否、透明兎人だったのだ。


「それにクーにはちゃんとした()()()()って名前があるんだぞ! 幽霊幽霊って呼ぶなー!」


「クレール……だから一人称がクーなのか。それに透明のスキルか。幽霊じゃないってのも辻褄があう。さらには兎人族ときた。まあ、たしかにウサ耳があるから兎人族だよな……で、でもそのウサ耳……なんで片耳だけ大きいんだ? ハーフか何かか?」


 マサキの視線はクレールの大きなウサ耳を見ていた。少女の体の中で一番目立つ部位だ。目がいってもおかしくない。むしろ見てしまうのが当然の流れだろう。


「に、人間……お、お前も……お前もクーの耳を……気味悪がってバカにするのか……」


 頬を膨らましていたクレールは冷たく悲しげな声で嘆いた。ぶつぶつと嘆く声だったがマサキの耳にはハッキリと聞こえた。そして一瞬だけ悲しげな表情になったのをマサキの黒瞳は捉えていた。

 その後、クレールの小さな体は再び姿が消えようとしていく。その消えかかる体を止めたのはマサキの言葉だった。


「いや、バカになんてしてない。それに気味悪くないだろ。むしろすごい可愛い……」


「……い、今なんて言ったの?」


 マサキの言葉を聞いたクレールは半透明の状態で透明化が止まった。そして驚いた様子でマサキの言葉を聞き返す。


「だから可愛いって言ったんだよ。触りたくなるほど可愛い。消える前にそのウサ耳を少しだけ触ってもいい? そんなに大きくなウサ耳は初めて見たからさ。なんでか分からないけどすごい触りたくなった……一回、いや、一瞬だけでもいいから」


「な、何言ってるんだよ。クーのマフマフじゃ飽き足らずクーの耳までも触りたいっていうのか!?」


 不審がるクレールは疑いの目をマサキに向けている。


「マフマフは触ってないぞ。腹とか腰は触っちゃったかもしれないけど……ってもしかしてさっきのむにゅっとした柔らかい感触って……マ、マフマフだったのか」


 マサキはクレールの膨らみがない小さな胸に視線を向けた。見られたのを感じ取った少女は透明化を再開するのを忘れて細い腕で胸を隠した。先ほどよりもさらに顔が赤くなっている。

 そして可愛げのある声で叫んだ。


「さっきからそう言ってるでしょうー! 変な視線を送らないでよー!」


 その声質のせいで全く威圧感を感じない。むしろ、からかいたくなるというか、よしよしと頭を撫でたくなるような可愛らしさを感じるほどだ。

 その後、足がすくんで動けないはずのネージュが封鎖した通路を守る役割を忘れてマサキの方へぴょんぴょんと跳んで横に座った。


「そ、そうですよ。マサキさん。耳を触りたいってどういうことですか!」


 ネージュが少し膨れっ面なのはマサキは一瞬で気が付いた。しかしなぜ膨れっ面になっているのかはわからないままだ。マサキはそういうところは鈍感なのである。


「変な意味じゃないぞ。誰だって可愛い動物とか見たら触りたくなるだろ。それと一緒の感覚だよ」


「いいえ。マサキさんのは変な意味です。だって前にも私の耳を立たせたいとか変なこと言ってましたよね。それと一緒ですよ」


「い、いや、だって立たせたいだろ。立ってるウサ耳だったら折って垂れ耳にしたい。そういうもんだろ。それが人間ってもんだ」


「なんですかそれ。マサキさんだけでしょ」


「違うね。人間みんなそう。遺伝子レベルの話だぞこれは!」


「だったらマフマフを触るのも遺伝子レベルの話なんですか?」


「ちょ……ネージュ。なんか当たりキツくないか……ど、どうしたんだよ」


「知りませんよ。別に嫉妬してるわけじゃないんですからね。マサキさんが変なことを言ったから怒ってるだけです」


 痴話喧嘩をする二人。

 そのうちに透明になって逃げようと企むクレールだったが突然慌て始めた。


「あ、あれ……な、なんで透明にならないの……え、え……な、なんで……」


 半透明だった体は普通の状態に戻っていたのだ。そして透明スキルを発動しても体が透明にならない。そんな状況に酷く困惑している。

 クレール透明になることができない理由を考え始めた。


(なんで透明になれないの? もしかして、む、胸が……ドキドキしてるから? な、なんで。クーはこの人間に……人間の男にドキドキしてるの? だから透明になれないってことなの? で、でもなんで……なんで……こんな変態に胸がドキドキと……は、始めて捕まったから? 怖くなってドキドキが止まらないってこと?)


 思考するクレール。そして答えにたどり着いた。


(も、もしかしてクーの……クーのこの耳を可愛いって言ってくれたから? 初めてこの耳を褒めてくれたから? だ、だからこんな気持ちに……この人間にドキドキしてるってことなの?)


 脳内再生されている可愛らしいロリボイス。考えれば考えるほどクレールの胸の鼓動が速くなる。

 そんなクレールに畳み掛けるようにマサキは声を掛ける。


「と、とりあえず……胸を、マフマフを触ったことは謝る。ごめん……でもあれは幽霊……じゃなくてクレールを捕まえるためにやった行為であって、わざと触ったんじゃない。不可抗力だ……だから許してください。そしてその可愛いウサ耳を触らせてください」


「マサキさん最後余計なこと言ってますよ。下心丸出しですよ」


「ま、まずい……無意識に……」


「マサキさんっていつもそうですよね……良い意味でも悪い意味でも余計な一言とか多いです」


「は、はい。反省してます。今日のネージュ当たり強い……まさかこんなに言われるとは……なんか悲しい……うぅ」


 マサキとネージュの痴話喧嘩は続いた。しかしマサキの反省する態度を見てすぐに心を折るネージュ。


「……ちょっと言い過ぎちゃったかもしれませんね。なんだか熱くなっちゃって……ご、ごめんなさい」


「だ、大丈夫だよ……ネージュは何も悪くないから……謝らなくていいから……」


「そ、そんなに落ち込まないでくださいよ。罪悪感がものすごいです……」


 ネージュは落ち込むマサキの頭を優しく撫でた。

 何を見せられているのだろうかとクレールは変な目で二人の様子を見ていた。

 そしてクレール自身口も挟む余裕がないのも事実。透明化になれないのは生まれて初めての経験。だから逃げることすらできずに立ちすくむしかないのだった。

 そんな時、二人の視線が同時に薄桃色の髪の美少女クレールに向いた。そして会話の矛先もクレールに向いたのだ。


「さて、寄り道が多かったが、本題に戻ろう」


「そうですね」


「事情聴取の時間だ」


 場の空気が一瞬で変わった。その空気に一瞬で飲み込まれたクレール。

 追い込まれたクレールは無意識に一歩後ろに下がった。


「と、透明になれなから……逃げられないし……全部話すよ……」


 小さな美少女はゆっくりと息を吐き口を開く。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


新キャラ登場です。

名前はクレール。ファミリーネームはありません。


幽霊だと思ってましたが実は透明になれるスキルで透明になってました。

マサキの言葉と胸を揉まれたことを思い出してドキドキしてしまい透明スキルをうまくコントロールできなくなってしまった状況です。


クレールの名前の由来はフランス語の「明るい、澄んだ、透明な」といった意味からとったものです。

透明になれて明るい女の子なのでこの名前がぴったりだと思いました。

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