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兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが  作者: アイリスラーメン
第2章:出逢い『透明な兎人ちゃんが来た編』
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47 火照った体で強く抱きしめ合う

 時刻は深夜二時ごろ。

 間接照明に照らされた部屋で二人は布団の中に潜り()()()をじーっと待っていた。


「……本当に来ますかね?」


「シーッ。静かに」


 小声で喋る二人。横向きになり視線はウッドテーブルの方を向いている。

 ウッドテーブルの上には『無人販売所イースターパーティー』で売れ残った商品が全て置かれている。

 全てと言っても売れ残ったのは『ニンジングラッセ』が四個、『ラスクのセット』が五個、『クダモノハサミ』が三個だ。


 幽霊捕獲作戦(ゴーストホイホイ)の準備は整っている。

 そして親切にも玄関の鍵をかけていない。あとは幽霊が来るのを信じて寝たフリをしながら待つだけだ。


(今朝みたいにポルターガイスト現象が起これば幽霊がそこにいるってことだ……って待てよ……やばい……さっきまでイキってたけど実際こうやって幽霊を待つのって怖すぎだろ。ど、どうしよう……考えれば考えるほど怖くなってきた。やばい……体も震えてきたぞ……ネージュに伝染しないように体の震えを止めないと……そ、そうだ、こういう時こそ、ネージュの横顔を見て心を癒すんだ! 最強の特効薬が隣にあってよかったよ。俺の隣にいてくれるパートナーが美少女の兎人族(とじんぞく)で本当によかった……)


 マサキは幽霊が現れるかもしれないという恐怖に心が蝕まれていた。その恐怖心を打ち消すために視線をウッドテーブルから共に幽霊が現れるのを待っている兎人族の美少女に変えた。

 間接照明からでもわかるほどの美しく雪のように白い肌。そして元の世界では有り得ないもふもふの垂れたウサ耳。さらに白銀に輝く艶やかな髪。そのどれもがマサキの瞳に輝いて映った。

 マサキの心は癒され浄化されるはずだ。しかし打ち消そうとしていた恐怖心がさらに増幅してしまった。なぜならネージュの美貌は恐怖に耐えきれず見たことないほどのビビリ顔を晒していたからだ。

 その顔を見てマサキの不安と恐怖が掻き立てられてしまった。

 そしてネージュも同じことを考えていたのだろう。青く澄んだ瞳はウッドテーブルとは真逆の位置にいるマサキの方を見ていたのだ。


「ぁ…………」


 日本人特有の黒瞳と青く澄んだ瞳。二人の視線が交差した。

 薄暗い部屋で同じ布団の中。若い男女が視線を交わし合う。普通なら何かが始まってもおかしくないムードだろう。

 しかしマサキが異世界転移してネージュと共同生活を送るようになって七十九日間。毎日同じ布団で寝るもののそういった行為は一度としてない。

 寝起き後はどちらかが抱き枕になっていることは毎日あるが、それは寝相の悪さからそうなったもので意識して抱き付いたりはしない。

 しかし今日の二人は違かった。互いの視線が交わったあと、同時に頷いた。


 そして……


 バサッ!


 二人は布団の中で勢いよく抱き合った。それは恐怖心を打ち消すための行為。小刻みに震えだした体は少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 だが一度震えてしまった体は止まることはなかった。


「マ、マサキさんが怯えてる顔してたので……きょ、今日は特別ですよ……だ、抱きしめてあげますよ」


「いやいやいや、ネージュこそ見たことない顔してたぞ。今にも死にそうな顔。だから俺がネージュを安心させてあげようと思ってさ……だ、抱きしめたってわけよ」


 小声でそして耳元で話す二人。相手のために抱きついたと主張しているが本心は自分のためだ。あまりの恐怖に耐えられずに咄嗟(とっさ)に抱き付いてしまったのである。


(やばい。すげー落ち着く。抱きつくだけじゃなくて抱きつかれてるってのもポイントだよな。こんな状況だけど安心したら眠くなってきた。恐怖心が睡魔を抑えてたんだろうな。だから一気に睡魔が…………ダメだ。ここで寝ちゃだめだ。絶対に幽霊は来る。捕まえなきゃ……だから寝ちゃダメだ……)


 マサキの体の震えは止まりかけていた。しかし完全には止まらない。起きている以上は震え続けるのだ。

 ネージュと抱き合うことによって恐怖心は消えていく。そして安心しすぎて心地よくなり眠くなっていく。睡魔を何とか押し殺し意識を集中させていた。


(どどどどどどどどうしよう。マサキさんと布団の中で抱きしめ合っちゃいました。ま、まだ心の準備が…………じゃ、じゃなくて幽霊です。そう、幽霊です。これは恐怖心を打ち消す作戦であって変な意味で抱きしめ合ってるわけじゃない……はずです。だから私は変なことを考えずに集中しないと……で、でもマサキさん……いつもよりも強く抱きしめてきてます……いやいや、これは作戦です。作戦なのです)


 幽霊を捕まえるために無理やり集中しようとするネージュ。


(でも私、ウッドテーブルに背を向けて何も見えないじゃないですか! 寝返りを打たないと……あ、あれ? 体が動かない? これって金縛りってやつですか? でもなんか聞いていた金縛りと違うような気がします。マサキさんから離れようとするときだけ体が動かなくなる……)


 マサキの方を向いて抱き付いてしまったせいで幽霊が現れるであろうウッドテーブルに背を向けてしまっているネージュ。

 寝返りを打とうとしても体が意識とは別に拒否している。マサキの安心感と心地良さからマサキから離れられなくなってしまったのだ。


(ダ、ダメです……な、なんだか緊張してきました。こ、このままだとマサキさんに私の心臓の音が……聞こえちゃいます。は、恥ずかしい。布団の中だとこんなにも……こんなにも恥ずかしいだなんて……で、でも離れられない。でも恥ずかしい。もう心臓バクバクです。体も熱くなってきました……体温とかもマサキさんに気付かれたら……は、恥ずかしい……)


 緊張から鼓動が激しくなるネージュ。そして体温も上昇している。

 ニンジン柄の寝間着を脱ぎたくなるほど体は火照っているが、ここで脱いでしまうと明らかに変な行動に発展しかねない。

 鼓動と体温を気にするネージュは恥ずかしさのサイクルに飲み込まれてしまったのだ。


 そんな時だった。マサキはネージュをさらに強く抱きしめた。


「……ネージュ」


 ネージュの耳元にいつもよりも静かな声で名前が囁かれた。

 突然のことにネージュは動揺する。


(い、いきなり……つ、強く。私を求めるかのように強く……も、もしかしてマサキさんもその気に……その気になっちゃいましたか! お、男の子ですもんね……男の子ならそういう時もありますよね。この状況は耐えられなかったりしますよね……お、男の子ですもんね……し、仕方ありませんよね……で、でも、わ、私の心の準備が……ま、まだ……)


 ネージュの体温はさらに上昇。心臓も張り裂けるくらい鼓動が速くなる。


 マサキは名前を囁いたあと、ネージュの上にゆっくりと襲いかかるように乗った。


(マ、マサキさん……な、なんて大胆な……わ、私、まだ……心の準備が……お、襲われる……マサキさんに襲われちゃいます……)


 顔が真っ赤に染まるネージュ。まんざらでもない表情で体の力を抜いていた。もうマサキに身を任せたのだ。


(……ど、どうしましょう……今後のことも考えたら抵抗するべきですが…………私だってここまできたらもう引き返せませんよ……このまま……い、いやいや、私ったらダメです。変な妄想はやめないと……で、でもマサキさんが私の上に……もうこの状況はやることが一つしかないじゃないですか……も、妄想なんかじゃないです。か、覚悟を決めないと……)


「……いくよ」


 小さなことで囁かれたマサキの言葉。その言葉に対してネージュは甘いとろけるような声で「……は、はい」と返事をする。そして返事と共に吐息が溢れた。

 ネージュは緊張からか色っぽい表情になった。上に乗るマサキだけにしか見せない表情だ。


(わ、私ったら……へ、返事しちゃいました。そういう行為してもいいのでしょうか……で、でも私の体はもうマサキさんを……マサキさんを求めてしまってます……こ、今後のことなんて考えずに今を……今のことだけを……この時を大切に……そ、それが本当の愛だと……だから私の体を……す、好きにしてくださいっ)


 まずはキスからだと思ったネージュは薄桃色の妖艶な唇を少しだけ尖らせてから青く澄んだ瞳を閉じた。今を大切にと考えたネージュの行動だ。

 初めてのことで体が少し震えている。けれど恐怖で震えていた時と比べると心地の良い震えだとネージュ本人は思っている。

 緊張は緊張だ。けれどいつもとは違う緊張。嬉しい緊張とでも呼ぶべきだろうか。


(……私の初めてがマサキさんでよかったです……おばあちゃんもきっと喜んでくれます)


 瞳を閉じたことによって目蓋の裏に亡くなったおばあちゃんの笑顔が映った。その笑顔が二人を祝福しているようにネージュは思ったのだ。


 しかし肝心のマサキは動かない。「いくよ」と言ったのにも関わらずタイミングを待っているかのように動かないのだ。


(これって……焦らしプレイってやつですかね……は、恥ずかしい。目を閉じたせいでマサキさんが何をしているのか全くわかりません。もしかしたら私のキス顔を見て楽しんでいる? は、恥ずかしい……目を開け……ダ、ダメです。目を開けた瞬間にキスをされたら私、恥ずかしくて死んじゃいます。それにもう私の心と体はマサキさんに委ねましたから……ま、待つだけです。そ、そうだ、きっとマサキさんも緊張で固まってしまったんです……き、きっとそうです)


 焦らされることによって思考する時間が増える。その思考の中でネージュはありとあらゆるシチュエーションを脳裏に浮かべていた。

 そしてひたすらにキスを待った。本来の目的を忘れてキスを待ち続けた。


 すると突然、上に乗っているはずのマサキの体重を感じられなくなった。同時に温もりも感じられない。

 瞳を閉じているせいで状況がわからないネージュ。気になって薄目で瞳を開けた。


「マ、マサキさん!?」


 ネージュの目の前にはマサキの姿がなかった。それどころか布団も吹っ飛んでいる。


 その時、ネージュの視線の端で動く影を捉えていた。それは布団に入り前から警戒していたウッドテーブルの方だ。ネージュは吸い込まれるように視線をウッドーテーブルに向けた。

 そしてネージュは動く影の正体をはっきりと理解した。


「マサキさん!」


 ウッドテーブルに向かってマサキが飛びかかっているのだ。その姿を見た瞬間、本来の目的を思い出す。


幽霊捕獲作戦(ゴーストホイホイ)……ですよね……私ったら……あんなことやそんなことになるムードだと……勘違いを……は、恥ずかしい……」


 何を浮かれていたのだろうかとネージュは先ほどまでの自分の行動を後悔。そして激しい羞恥に襲われた。

 その瞬間にマサキの叫び声やビニールパックのカサカサという音がネージュの耳に届いた。どうやら自分の世界に入っていたネージュは周りの音を無意識にかき消していたらしい。


「ネージュ!」


 力強い声でネージュの名を叫ぶマサキ。そのマサキは見えない何かを必死に掴んでいるように見える。

 その見えない何かとは幽霊だろう。マサキは幽霊を捕まえることに成功したのだ。

 あとは作戦通りに部屋と店の間の通路を封鎖すれば幽霊をこの部屋に閉じ込めることができる。

 その役目を任されているのはネージュだ。マサキが幽霊を取り押さえている間に通路を封鎖しなければならない。


「わわわわ……」


 慌てて布団から飛び出したネージュは作戦通りに通路を封鎖することができた。


「か、体が動いて良かったです……」


 通路は棚や椅子などで完全に封鎖されている。よって幽霊を部屋に閉じ込めることに成功したのだった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


ラッキースケベが苦手なネージュですが雰囲気に呑まれると体を差し出しちゃいます。

もちろんマサキにだけですよ。マサキのことが大好きなんです。

でもお互い付き合ってません。関係はと聞かれればビジネスパートナーと答えるしかありません。

そんな関係だからこそネージュは戸惑ってました。


ネージュ可愛い。

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