44 ポルターガイスト現象?
マサキとネージュが無人販売所開業を祝して乾杯を交わしてから十日後の朝のこと。
無人販売所の営業開始時間前に事件は起きた。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
マサキとネージュの二人はもふもふの布団の中で抱き合いながら小刻みに震えていた。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
上下の歯が激しくそぶつかり合っている。布団の中では情けない音が鳴り続いていた。
「ネネネネネネネネネネネネネネネネネネネ、ネージュ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
小刻みに震えながら名前を呼ぶマサキ。ネージュもマサキの名前を呼んでいるつもりだ。
「みみみみみみみみみみみみみみみみみみみみ、見たよな?」
マサキの問いかけに全力で頷くネージュ。
布団の中そして抱き合っている状況でもネージュが頷いていることはマサキにはわかる。
激しく同意していることからマサキが見たものをネージュも見てしまったということだ。
「し、心霊現象だ……あ、あれは絶対……ポルターガイスト……ゆ、幽霊……ひいぃぃぃ」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
二人が見たのは心霊現象のプルターガイスト現象だった。
就寝中にガサガサと物音が聞こえた二人は同時に目を覚ました。そして二人の視線の先で『食べかけのクダモノハサミ』がぷかぷかと浮いていたのだ。
これを心霊現象のポルターガイストと言わずなんと言えばいいのか。魔法もスキルもある世界ならこのような現象が起きることはあり得るかもしれない。
だがこの世界の住人でもあるネージュが異常なまでに怯えているのだがら通常ではあり得ないことが起きているということは間違いない。
(お、落ち着け俺。い、一旦冷静になれ……)
マサキは状況の整理をするために深呼吸をして平常心を保とうとする。
しかし小刻みに震える体は、簡単には止まってはくれない。それでもマサキは状況の整理のために思考を巡らせた。
(よくよく考えたら布団の中で身動きが取れないこの状況ってまずくないか…………幽霊に何されるかわかんねーぞ……それに何もされなかったとしても幽霊の行動を目視できない時点で恐怖が倍増しちまう……なんとかして怯えてるネージュと一緒に外に出ないと……というかマジでなんなんだよ……意味がわかんねーよ。なんで俺が作ったフルーツサンドじゃなくて……クダモノハサミが浮いてんだよ……しかも食べかけ……こ、怖すぎだろ……)
頭では次に何をするのがベストなのか理解している。それは部屋から出て自分たちの安全を確保すること。
そして幽霊の正体を確かめることだ。しかし震える体は言うことを聞かない。布団の中から出ることができない。
(む、無理だ。無理無理無理無理。布団から出れねぇよ……怖すぎる……また浮かぶクダモノハサミを見たら……俺は……気を失っちまう……こ、ここは時間が解決してくれることを願うしかねぇ……た、頼むから何もしないでくれよ……)
結論。恐怖心が薄れ体が動けるようになるまで布団の中で待機することになった。
二人は時間が解決してくれるのを待つしかないのだ。
布団の中に潜り隠れること一時間。
布団の外から聞こえてくる物音は一切ない。それでも恐怖心は許容範囲を超えている。恐怖で外には出れそうにない。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
小刻みに震えるネージュの上下の歯がぶつかる音はまだ止まらずにいた。
布団の中に潜り隠れること三時間。
すでに無人販売所の開店時間は過ぎてしまっている。営業を知らせる看板をクローズからオープンに変えなくては営業が開始できない。出入り口の扉の鍵も閉まったままだ。
布団から出れなければ臨時休業にするしかない。布団から出れたとしても遅れての開店となる。臨時休業するよりはマシだ。
しかし二人は布団から出れない。三時間経過しただけでは二人の恐怖心は薄れることはない。
さらにそこから一時間が経過。今まで静かだった布団の外に変化があった。
「ママ〜、イチゴがあるよ〜」
「あら、本当ね。売り切れてなくて良かったわね」
「うん! いつもイチゴないから、イチゴあったのうれしい!」
「早めに来た甲斐があったわ〜」
布団の外からハッキリと声が聞こえてきたのだ。
(いきなり声がしてビックリしたけど……会話の内容からして客だよな……よ、よかった……幽霊じゃなくてよかった…………って待てよ。なんで客が入ってきてんだよ……俺たちはずっと布団の中だぞ。鍵も開けてないし看板だって変えてないのに……な、なんで……)
無人販売所の出入り口の扉は鍵が閉まっている。なので店内に入れるはずがない。
そして看板はクローズのままだ。平和ボケしている兎人族だが、さすがに開店していない店には入ってこない。最低限のルールは守るはずだ。
しかし無人販売所を無料販売所だと勘違いしていた事例もある。営業時間を知っている人なら看板を見ずに入店する可能性は十分にあるのだ。
(で、でも……結果オーライか。理由は分からねーが店が開いてる。布団から出なくても営業することができたっぽい……良かった。これで心置きなく恐怖心が消えるまで布団の中に居続けられる……)
マサキは安心した。しかしその安心は一瞬だった。人間不信で疑い深いマサキは考えてしまったのだ。
(でも待てよ……やっぱりおかしいだろ。明らかにおかしい……鍵を開けたのがもし……もし……さっきの幽霊だとしたら……ポルターガイストって扉を開けたりとかするよな……なんか扉がガタゴト言って必要以上に動いてる映像とか見たことあるぞ……だとしたらやっぱり扉を開けたのは…………ゆゆゆゆゆ幽霊……)
マサキが思考を巡らせていると、今度はキッチンの方から物音がした。
調理道具や食器が重なった音だ。シンクの中にはまだ洗っていない調理道具や食器がある。おそらくそれが何かの拍子に動いてぶつかり合い音が鳴ったのだろう。もしくはシンクの中に別の食器が置かれたか……
その直後、冷蔵庫の扉が閉まる音がした。ポルターガイスト。マサキが想像していた扉の開け閉めが今まさに起こったのだ。
(ひいぃぃぃ……こ、今度はキッチンの方から……もうなんなんだよ……さっきまで静かだっただろうが…………なんなんだよ。だんだん腹立ってきたぞ。で、でも怖い……恐怖心は薄れてないしむしろ今ので増幅した。でも腹立ってんのは事実だ。怒りがふつふつと煮えたぎってくる…………相手は幽霊で間違いないな……見えない相手に怯える必要なんてないだろ。俺が怖いのは生きてる人間だけだ……幽霊なんか怖くねー。そもそも幽霊なんているわけねー!)
マサキは怒りの感情に身を任せ布団から出ようとする。しかし小刻みに震えるネージュはマサキを強く抱きしめ布団から出るのを阻止する。
それでも阻止できたのは体だけ。マサキの顔は完全に布団の外に出た。
布団から顔を出したマサキはすぐに当たりをキョロキョロとした。直後、マサキの首が止まった。また見てしまったのだ。
マサキの黒瞳に映ったのは、冷蔵庫の中に入っているはずのニンジンだ。そのニンジンは食べかけでぷかぷかと浮いている。
「ギイィィィヤアァァァァァァァ」
マサキはぷかぷかと浮かぶニンジンを見て叫んだ。
「イィヤアァァァァァァァァァァァァァァッ」
マサキの叫び声を聞いたネージュも布団の中で絶叫した。
その二人の叫び声に驚いたのかニンジンはそのまま力を失ったかのように落下。まるで重力に逆えずに落ちていくリンゴ……そう、ニュートンの法則のように。
しかしこれはニュートンの法則でも万有引力ではない。心霊現象のポルターガイスト現象だ。
落ちたニンジンはマサキの目の前で再び宙に浮いた。その後、物凄い速さで飛び去った。
マサキは飛ぶニンジンを目で追うが布団の中のネージュに引っ張られて布団の中に戻されてしまう。
そのままネージュはマサキを強く抱きしめる。
「ぐ、ぐるしぃ……」
マサキは苦しみながら思考を巡らせた。
勢いよく飛び去ったニンジンの理由を。そして答えにたどり着いた。幽霊が逃げたのだと。
確信はないがマサキは直感したのである。
「ネ、ネージュ……た、多分だけど……もう幽霊はいないぞ……俺たちの叫び声に驚いてどっか行ったはずだ……た、多分だけど……」
マサキの呼びかけにネージュからの返事はない。
そして先ほどまで震えていた体の震えは止まっていた。しかしマサキの体を掴んでいる腕だけは、ガッチリと強く掴んだままだった。
嫌な予感がしたマサキはネージュの状態を確認するために布団をめくった。
「ぁ……またか……」
マサキの嫌な予感は的中。ネージュは硬直状態のまま気絶していた。
「気絶してるのに腕の力強い。これ離れるの無理だな……起こすわけにもいかないし……引きずるわけにもいかないよな……店も開いてるみたいだしこのままでいいか。というかもう一回布団の中に入ろう……また心霊現象見るの無理だ……怖すぎる……」
マサキはめくった布団を自分の頭が隠れるくらいまで引っ張り再び布団の中へと潜った。
その後抱き付くネージュを抱きしめて目を閉じた。恐怖心と怒りで疲れ切った心を休ませようとしているのだ。
目を閉じることによって恐怖心と怒りの両方の感情が強く混じり合った。動悸を激しく感じるほど混ざり合った。
そしてふつふつと煮えたぎっていた怒りの感情は恐怖心が冷まして呑み込んでいく。恐怖心はすぐに全ての怒りを呑み込んだ。マサキの心は再び恐怖心に蝕まれていく。
情緒不安定はいつものことだ。しかし急激に変わる情緒にマサキは耐えられずにいた。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
まぶたの奥には暗闇が続く。その暗闇を見続けると余計なことを考え込んでしまう。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
その恐怖心から救ってくれるのは強く抱きしめている兎人族の美少女のネージュだけだ。
マサキ一人の力ではこの恐怖心はどうすることもできない。しかしネージュならこの恐怖心を救ってくれる。今まで救ってくれたように。
そう信じてマサキもネージュを強く抱きしめた。震える手で強く強く抱きしめたのだった。
(また幽霊が戻ってくるかもしれない……次は……仕返しとか……もっと酷いことをしてくるかもしれない……)
恐怖心はマサキのネガティブ思考を刺激する。
(動悸も激しい。鼓動がうるさい。頭の中の俺がうるさい)
「フヌーフヌー」
(寝息も聞こえ……る……ん? ね、寝息?)
「フヌーフヌー」
聞こえてきたのはネージュの寝息だ。気絶したネージュはすやすやと眠っていた。
その聴き心地の良い寝息は恐怖に心を蝕まれているマサキにとって癒しの鈴の音。
震えていた体も、うるさい鼓動も、ネガティブ思考も全てを包み込んでくれる。
「フヌーフヌー」
ネージュの寝息は、癒しの鈴の音の他にマサキの子守唄にもなっていた。その子守唄を聞き続けたマサキはいつの間にか眠りについた。
「スハースハー」
「フヌーフヌー」
布団の中で抱きしめ合うマサキとネージュ。二人は寝息をかきながら恐怖心を忘れてすやすやと眠っている。
その間も無人販売所イースターパーティーには客が来店し続けたのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回から透明な兎人ちゃんが来た編に突入です。
章の名前でもうわかっちゃうと思いますが透明兎人です。
透明人間のようなものです。
つまり新キャラ登場です。お楽しみに!




