360 五年ぶりの邂逅は雲の上で
マサキが連れ去られてから二十分ほどが経過した。怪鳥の目的の場所へと到着する。
そこはマサキの予想通り怪鳥の巣だった。
大樹の上に作られた大きな巣。大樹が大きい分、小さな集落くらい巣も大きい。
「クワァアアアアー!!!」
甲高い声とは裏腹にマサキを優しく巣へと降ろした。
巣に降ろされたマサキが真っ先に感じたのは、ふかふかな巣の感触だ。
「ルナちゃんのもふもふといい勝負ができる……って! そんなこと言ってる場合じゃねー! 雛鳥は? 小鳥たちは!?」
キョロキョロと辺りを見渡すマサキだが、雛鳥の姿は見当たらない。それどころか鳴き声すらも聞こえてこない。
その代わり、背後からマサキに向かってかける声があった。
「小鳥たちは既に巣立ったようだね」
「ぬわぁああ! あぁ!?」
突然声をかけられたことによってマサキは悲鳴を上げた。
そして声がした方を見て衝撃を受ける。
「真っ白な団長さん!? 驚かさないでくださいよ……というか、どうしてここにいるんですか? ティーパーティーは?」
「それはこちらが聞きたい。私はセトヤ・マサキ、キミの叫び声を聞いて飛んできたんだよ。それでどうしてキミはここに?」
ブランシュは約束のティーパーティーが行われる無人販売所イースターパーティーへと向かっていた途中、マサキの叫び声を聞いてここまで追いかけて来たのだ。
魔獣に襲われていないため、攻撃はせずに尾行を続けていたのである。
「いや、それがですね。このトリさんに食材を渡したら、ここまで連れて来られてしまって……」
「食べ物を分け与えてくれた恩を返したかったんだろう。そうだろ?」
ブランシュは怪鳥のクチバシや首元を優しく撫でながら怪鳥に問うた。
怪鳥は答えはしないが、気持ちよさそうに声を漏らし続けていた。
そしてブランシュが撫でるのを止めるのと同時に怪鳥はゆっくりと歩き出した。
「なんか面白い歩き方しますね」
「そうか? キミとは違って私は見慣れてしまっているからな」
「まだまだカルチャーショックが多いですよ。俺は……」
とほほ、という音が具現化しそうな雰囲気を出すマサキ。
そんなマサキの前に怪鳥が何かを運んできた。
「これってタマゴ?」
そう。タマゴだ。
「クワァアアアアアー!!!」
「キミにあげると言ってるよ」
「お、俺に? 嬉しいけど、デカすぎて持って帰れないんだが」
マサキの言う通り怪鳥が運んできたタマゴは、マサキの腰ほどの高さまである大きなタマゴだ。
持ち手も無いため、持ち運ぶことすら叶わなそうである。
「でもタマゴってなかなか手に入らない食材だからな。それにウサギと言えばタマゴ! イースターと言えばタマゴ! 今日のティーパーティーにピッタリな気がする! トリさん! もっと小さいタマゴはないんですか?」
「クワァアアアア?」
小首をかしげる怪鳥。首が曲がりすぎていて恐怖すら感じる。
昔のマサキならガタガタと震えていただろう。
「ちょ、首曲がりすぎて怖いんだが!」
今のマサキは恐怖心を感じつつも冷静にツッコミを入れる精神力にまで成長していた。
それもこれも異世界転移してから色々なことがあったからだ。彼はこの六年間で心も体も成長したのである。
「セトヤ・マサキ。よければそのタマゴ、私が運ぼうか?」
ブランシュが提案する。その提案にマサキは溢れんばかりの笑顔で答える。
「いいんですか? で、でも……」
笑顔はすぐに消え、ブランシュの体をじっくりと見てしまっていた。
女性の体ではあるがマサキよりも筋肉質でしっかりしている体格。身長や腕の長さで言えばマサキの方が確実に長い。
マサキが持てないのならブランシュも持てないはず。それが常識。そのように考えた矢先だ。
「収納スキル」
ブランシュは瞬きの刹那、巨大なタマゴを別空間へと収納した。
「便利な技ですね……羨ましいです……」
「技ではない。スキルだよ。私はキミの『ひとふりスキル』の方が羨ましいがね。一振りで確実に敵を倒すスキルだからね」
「へ? 今なんて?」
六年越しの衝撃的事実にマサキの口から情けない声が溢れた。
「いやいやいやいや、俺の『ひとりスキル』って料理のひとふりが適量になる的な感じの、一般家庭用スキルですよ。ギルドカードにもそんな感じに書いてありましたし……」
「ああ。それは表面上の効果だね。裏の効果は先ほど私が言ったやつだ。そうじゃなければキミは五年前にジングウジ・ロイを呪いの鎧ごと断ち切るなんて不可能だからね。最強と言っても過言ではないスキルだからこそ、裏の効果は誰にもわからないようになっているんだろう」
「マジですか?」
「ああ、大マジだよ。月の声が言ってるからね」
一気に入ってくる情報量にマサキの頭はパンク寸前だった。
しかし心当たりはいくつかあったため、なんかとパンクせずには済んだ。
そして気になる言葉も聞いたため、そちらに意識が向いたのだ。
「今、月の声が言ってるって……それってもしかして、加護が戻ったんですか?」
「ああ、苦労したが、やっと戻ったよ。月の加護は――月の声は今、ここにいるよ。私の家族だからな。月の声は」
胸を強く叩くブランシュ。その動作と発言から月の声がブランシュの内にあるのだというのがわかる。
どうやって消滅した加護を取り戻したのかまでは不明だが、ブランシュならやりかねないと思わせるほどの何かがある。
《お久しぶりです。個体名セトヤ・マサキ》
月の声が挨拶をするが、その声はブランシュの内側にだけ再生される。
もちろんマサキの耳には届かない。そして脳内で再生されることもない。
それを知った上で月の声はマサキに挨拶をしたのである。
それだけマサキには敬意のようなものがあるのだ。
「なるほど。家族が揃ったからこのタイミングで約束したティーパーティーを、って感じですか」
「その通りだよ。時間は掛かったがね」
ブランシュは涼しげな表情で言った。
その表情からは全く想像できないほどの過酷や苦難を乗り越え、月の加護の力を取り戻したのだ。
不可能を可能にすることは容易ではない。しかし本気で取り組めば可能にだってできるのだ。
「その間にセトヤ・マサキには家族が増えたと聞いたが……確か女の子だったかな?」
「あ、はい。子ウサギみたいに可愛い女の子です。世界一可愛い兎人族とでも言うべきですかね。一秒一秒、いや、一瞬一瞬が可愛すぎて可愛すぎて。もうすぐ四歳になるんですけどまだまだ小さくて、本当に子ウサギみたいで、とにかく見てほしいです! 髪色は俺の黒色が遺伝しちゃいましたが、瞳の色はネージュの遺伝してくれたんですよ! それに顔付きもネージュにそっくりで! めちゃくちゃ可愛いし、大人になったら絶対美人! とにかく可愛い! とにかく美人! こんなに可愛い女の子がいていいのかってくらい可愛くて! それで娘とルナちゃんが並んだら、もうそれはそれは……世界が滅ぶくらい可愛すぎてやばいっすよ!」
これがいわゆる親バカというやつだ。
もちろん母親であるネージュも娘に対してマサキ並みに親バカである。
そして家族全員がマサキの娘に対して超過保護。超をあと十個付けてもいいほどの過保護だ。
それだけマサキとネージュの娘には魅力があるのである。
「……って! 今はそんな話をしてる場合じゃないですよ! 早く帰りましょう。みんな心配してるかもですから! というか娘に会いたい!」
「そうだな。怪鳥に連れ去られたとなると、ただ事ではないだろうからな。キミの娘も心配しているだろう。早くその感情を払拭しなければね。それにキミの娘に会ってみたくなったよ。早速だが、行こうか」
ブランシュはマサキを乱暴に担いだ。五年前と全く同じ担ぎ方だ。
「幻獣様よりも乗り心地は良くないと思うが我慢してくれ」
マサキは抵抗することなくされるがままである。
「乗り心地っていうか、ルナちゃんの場合、俺は宙ぶらりん状態でうぇえええ――」
ブランシュが話の最中に飛んだため、マサキは叫び出した。
舌を噛まなかったのは不幸中の幸いであろう。
「トリさんタマゴありがとうー!!!!! みんなで美味しくいただくよー!」
それでもマサキはしっかりと感謝を告げるのである。
「クワァアアアアアアアー!! クワァアアアアアー!!! クワァアアアアアー!!!!」
怒っているのか、喜んでいるのか、見送っているのか、よくわからない怪鳥の叫び声を聞きながらマサキとブランシュは怪鳥の巣を後にした。
こうしてマサキとブランシュは、ティーパーティーが行われている『無人販売所イースターパーティー』の敷地内――マサキたち家族が所有する敷地内へと向かったのである。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
マサキとブランシュの邂逅シーンです。
まさかの怪鳥の巣での再開となるとは!
ここでブランシュが来なかったらマサキ帰れませんでしたからね。
怪鳥と二人暮らしが始まるところでしたよ。
ブランシュが来てくれてよかったですよ。
予定では次回が最終回になるかもしれません。
頭の中のプロットは次回で最終回です。
あとは文字にしてまとめるだけ。
最後は家族団欒ティーパーティーでお別れしましょう!
次回をお楽しみに!




