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42 開業祝いのマグカップ

 二人が覗き穴から店内を監視していると二人のが知っている人物が来店した。その人物は、ため息を吐きながら怠そうにしている。


「はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜」


 呼吸をするかのように三連続でため息を吐いた兎人族の女性。低身長で褐色肌。茶髪で小さなウサ耳がある。目の下には大きなクマができている。

 そう。彼女は冒険者ギルドで激務をこなすギルドスタッフのキュイエーラ・ミエルだ。

 休憩時間なのだろうか。フォーマルスーツの姿まま来店したのだ。


「ミエルさんだ。なんか知ってる人が来ると嬉しいな」


「はい。嬉しいです。ドキドキしますね。何を買うんでしょうか?」


 二人はミエルの行動をいくつかある覗き穴からじーっと観察する。


「はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜」


 商品を見ながらため息を吐くミエル。

 それは商品に対してのため息なのか、いつものクセで出てしまっているものかわからない。どちらにせよ経営者としては商品の前でため息するのはやめてほしいところだ。

 そのままイチゴとバナナとミカンの三種類がミックスされたクダモノハサミを一個手に取った。そして料金箱を見て「はぁ〜」と今までで一番大きなため息を吐いた。


「何今のクソデカため息は!? 俺が塗った料金箱を見てクソデカため息を吐いたよな?」


「そうですね。ミエルさんニンジンが嫌いなんじゃないでしょうか? その証拠に手に取った商品はクダモノハサミだけですし」


「そんな理由でクソデカため息を吐かないでくれっ!」


 ミエルが料金箱の前でため息を吐いた理由は本人にしかわからない。そして本人に聞くことができない二人はため息を吐いた理由を想像するしかなかった。


 チャリンと一枚の銀貨が料金箱の中に入る。ワンコインでお支払いが済むのは楽で客にとってはありがたいものだろう。そして売り上げの計算も楽なので経営者にとってもありがたい。


「はぁ〜」


 商品の支払いを済ませたミエルは退店する際も大きなため息を吐いていた。

 ミエルが退店してしばらくすると再び別の顔見知りがご機嫌に来店してきた。


「るんるんるん〜」


 鼻歌を歌いながら来店したのは兎人族の少女。白い肌に緋色の瞳。小さなウサ耳がちょこんと立っていて、妖艶な赤い口紅が特徴的な兎人族。

 そう。彼女は道具屋の店主ルージュ・レーヴィルだ。


「今度はレーヴィルさんが来てくれた嬉しいな」


「鼻歌まで歌ってすごいご機嫌ですね」


「そうだな。道具屋の作業着とは違って結構オシャレな服着てるんだな。私服かな? ってことは道具屋は休みか……って商品棚じゃなくて通路の方に入ってたぞ。ということは部屋に入ってくるんじゃないか?」


 真っ先に部屋へと繋がる通路に入ったレーヴィル。カーテンがかかっており入れないようにしてある通路だ。念には念をと『立ち入り禁止』の貼り紙も貼ってある。

 しかしレーヴィルは貼り紙を気にすることなく鼻歌を歌いながら入って来たのである。


「どどどどどどうしましょう……な、なんでこっちに!?」


「わ、わからねーよ。とりあえず身構えるぞ。ネージュこっちこい」


「は、はい。ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 ネージュは怯えてしまい小刻みに震えだしてしまった。

 二人はレーヴィルが部屋に入ってくるのを部屋の隅で身構えながら待っている。


 そしてレーヴィルは「お邪魔しますー!」と大声を上げながら部屋に入って来た。

 その声に驚いた二人はさらに震えだしてしまう。


「ガガガッガガガガッガガガッガガガガッガガガッガガガガッガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 レーヴィルは小刻みに震える二人と目が合った。


「って怯えすぎですよー。道具屋のレーヴィルですよー」


「ガガガッガガガガッガガガッガガガガッガガガッガガガガッガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 二人の震えは止まらない。


「そ、そうでした……この二人はこういう二人でした……私ですよーレーヴィルですー」


「ガガガッガガガガッガガガッガガガガッガガガッガガガガッガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 部屋の隅で抱き合いながら震える二人。

 一向に震えが治らない二人の様子を見たレーヴィルは口を開き用件を伝え始めた。


「昨日も来たんですけどねー。臨時休業だったのでまた来たんですよー。同じ経営者としてお祝いしようかと思いましてねー」


 そのままレーヴィルは震える二人に近付いていく。そして腕にかけていた手提げバックの中から何かを取り出した。

 その何かを小刻みに震える二人の目の前に置いた。


「これは私が作った『ハート柄のペアマグカップ』ですー。開業祝いのプレゼントですー」


 レーヴィルは開業祝いで二人のためにマグカップを作っていたのだった。レーヴィルの耳にも二人がカップルだという噂が届いていたのだろう。マグカップには、わざわざハート柄まで彫られてあったのだ。

 噂がなくても抱き合う二人を見ていればカップルや夫婦に見えるだろう。少なくともレーヴィルの緋色の瞳にはカップルのように映っている。


「ア、アリガト……ウ、レ、レーヴィル……サン……」


 開業祝いのマグカップを見て落ち着きを取り戻したマサキはぎこちない喋りで感謝の言葉を告げた。

 その横でネージュは首を縦に激しく振って感謝の気持ちを伝えていた。


「経営者同士これから仲良くやっていきましょうねー」


 感謝の気持ちを受け取ったレーヴィルはいつもの元気の良い返事した。その後ニヤニヤと部屋を見渡し始める。


「なるほどー。ここがお二人の愛の巣ですかー。お布団も一つで……ふっふっふっふ。なかなかいいものが見れましたー」


 なんともデリカシーのない少女だが年齢も若いのでこういうことに対しては敏感なのかもしれない。

 これでまた変な噂が広まってしまうのも二人にとっては災難なのだがその災難に抗う術を二人は持っていない。


「それじゃ私はクダモノハサミをこのサービス券を使って持って帰りますねー。お邪魔しましたー」


 レーヴィルは無人販売所イースターパーティーのサービス券を持っていた。

 このサービス券はマサキとネージュがお世話になった人物のために作ったものだ。サービス券の内容は『二個無料』だ。


 レーヴィルはサービス券をゆらゆらと揺らしながら部屋を出ていった。

 そこでようやくネージュの体の震えが止まる。そしてマサキに抱き付きながらもレーヴィルが置いていった『ハート柄のペアマグカップ』を見て口を開く。


「わ、私たちは、カ、カ、カ、カップルじゃないから、つ、つ、使うのは恥ずかしいですけど……か、可愛いマグカップですね。今度レーヴィルさんにちゃんとお礼をしないと……」


「俺もこれを使うのは、なんか恥ずかしいわ。だから使わずに大事に飾っておこうぜ。殺風景な部屋が少し明るくなるかもしれないしな」


「はい。そうですね。それがいいと思います」


「それじゃ店の監視の続きを始めるか……ってどうした?」


 マサキが立ち上がろうとしてもネージュは抱き付いたまま離れない。


「マサキさん……私、どうやら腰が抜けてしまったみたいです……なので立てなくて……わ、私のことはほっといてそのまま覗き穴に……」


「いや、だったら離れてくれよ」


「恥ずかしいことに腰が抜けただけじゃなくて……腕の筋肉も固まってしまったみたいなのです。なので今、離れることは不可能かと……なので私を引きずってでも覗き穴へ向かってください!」


「えぇ、どういう体の反応なの!?」


 仕方なくネージュを引きずりながらも元の覗き穴の位置に戻るマサキ。抱き付かれながらも監視を続けた。

 ネージュの腕の筋肉が(ほぐ)れ、マサキから離れられたのは、それからおよそ二時間後のことだった。


「るんるんるん〜」


 ネージュはレーヴィルが来店したときの鼻歌と同じリズムの鼻歌を歌いながらお祝い品の『ハート柄のペアマグカップ』の飾る場所を楽しそうに探していた。

 小さなウサ尻尾が犬の尻尾のように動いているように見えるほど楽しそうだ。


「ここがいいですね」


 飾る場所を見つけたネージュは覗き穴の前に戻った。それから二人で店内の監視を続けた。

 ある時を境に客の様子がおかしくなっているのが覗き穴から店内を監視している二人の瞳に映った。


「マサキさんもしかして……」


「ああ、多分そうだな」


 二人はノールックで手を繋いだ。そして客がいないことを確認してから店内へ移動する。

 マサキとネージュは商品棚の前に立った瞬間、同時に声が出た。


「やっぱり」


 二人は商品が一つも無い完売状態の商品棚を見ている。客の行動がおかしくなったのは商品が一つもないのが原因だった。


 閉店時間のおよそ二時間前。商品が完売したことを理由に店を早めに閉めることになった。

 二人はこの時のことを想定して作っておいたものがある。それは『完売御礼』の貼り紙だ。


「ちょっと早いけど店を閉めるしかないな」


 二人は手を繋ぎながら完売御礼の貼り紙を出入り口の扉に貼った。そのまま営業を知らせる看板をオープンからクローズに替えて店を閉店させたのだった。


「なんか無人販売所なのに営業時間中ずっと店番をしてた気分……」


「そうですよね。でもお疲れ様です。皆さんちゃんと払ってましたね。これで無料だと勘違いするお客さんはもういなくなりましたよ」


「だよなだよな。よかったよ。これで普通に営業ができる。無人販売所イースターパーティーこれでようやく開業だ! でも一応売り上げの計算をしようか」


「はい。そうですね。計算しましょう!」


 二人は部屋に戻り料金箱のフタを開けて売り上げの確認を始めた。

 販売した商品は六十七個。一つ五百ラビなので料金箱に入っているお金が三万三千五百ラビなら問題はない。レーヴィルに渡した二個無料のサービス券が入っているので合計三万二千五百ラビになるはず。

 三万二千五百ラビがちょうど入っているのなら問題はないのだが、計算を終えた二人は渋い表情をしていた。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


覗き穴で無人販売所の様子を見ていた二人はようやく開業した実感が湧きました。

これでようやく無人販売所イースターパーティーの開業です。

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