40 クダモノハサミ
マサキとネージュは、無人販売所を無料販売所だと勘違いされないため、料金箱を目立つように色を塗り、特別な貼り紙を貼った。それによって店内は改善されたはずだ。
次に二人がやることは開店時間までに空っぽの商品棚に商品を入れることである。
兎人族の森で収穫したニンジンと八百屋で購入した食材を使い調理が始まった。
ネージュは前回同様に『ニンジングラッセ』を調理する。
「ふっふふふ〜んふんふ〜ん〜」
鼻歌まじりで楽しそうに調理に取り掛かるネージュ。ニンジン柄のピンク色のエプロンが揺れ踊る。
ニンジンの本数は兎人族の森で収穫した五本と八百屋で買い占めた十七本の合計二十二本。
二本で三個分のニンジングラッセを調理することが可能なので三十三個のニンジングラッセが完成する計算だ。
オープン初日の百五十個と比べると格段に数は減少しているがニンジンが少ないのだから仕方がない。
マサキは前回調理したラスクを調理する。ラスクはパン屋が無料で提供していた食パンの耳を使用。
ラスクの他にもクダモノハサミと呼ばれるフルーツサンドの調理もする。
「食パンの耳は一日分しか取ってこれなかったからな……でもフルーツサンド用に買った食パン……こいつの耳、ラスクに使えるよな」
八百屋で購入した食パンを見ながら独り言を話すマサキ。その独り言は鼻歌を歌うネージュに向かって飛ばされ会話へと変化する。
「なぁネージュ。フルーツサンドってパンの耳付いてた方がいいか? 俺の記憶だと付いてなかったと思うんだ。でも付いてる方が好きって人もいるからさ。ネージュの意見を聞きたい」
「ん〜、そうですね。パンの耳が付いてない方が柔らかくて食べやすいと思いますよ。それに小さい頃一度だけ食べたことあるクダモノハサミにはパンの耳が付いてなかったような気がします!」
「あ、そういやクダモノハサミって名前だったわな。すっかり忘れてた…………んじゃパンの耳切り取るわ。フルーツサンドのな」
こっちの世界のフルーツサンドの名称に慣れないマサキ。慣れるつもりもないのだろう。フルーツサンドのところだけを強調しながら言ったのだ。
そのままフルーツサンド用に買った食パンの耳をカットする。
フルーツサンドとラスクは相性が良く、フルーツサンドのためにカットした食パンの耳をそのままラスクの材料として使用することができる。
食パンの耳すら無駄にしないエコ調理だ。
食パンの耳をカットしたマサキはその食パンの耳をパン屋で無料提供していた食パンの耳と合わせて使用した。
大型のアルミ鍋にバターを薄く引いて食パンの耳がカリッと仕上がるまで焼く。焼き上がるまでの間はフルーツサンドを調理する準備をすれば効率が良い。
フルーツサンド用に購入した果物は『イチゴ』『バナナ』『オレンジ』の三種類だ。
イチゴは洗浄しヘタを取る。バナナも洗浄し皮をむく。オレンジも洗浄し皮をむく。その作業が終わるのと同時に食パンの耳がカリッと仕上がる。ベストタイミングだ。
「あとは俺の『塩砂糖スキル』を使って砂糖を間違わずに手に取る。そんでまぶすだけだ……うん。スキルを使わなくてもできる。やっぱりこのスキル必要なくねーか?」
マサキは塩や砂糖を使う際に自分の『塩砂糖スキル』に文句を言いながら毎回調理している。文句を言いながらカリッと仕上がった食パンの耳を半分に分けて半分に砂糖、半分に塩をまんべんなくまぶして絡める。
砂糖をまぶした方はこれでシュガーラスクの完成だ。
塩をまぶした方は、さらに大量のスパイスで作ったカレー粉のような粉をまぶす。これでカレーラスクもどきの完成だ。
「今回はフルーツサンドを作らなきゃいけないしパンの耳も少ないから二種類だけだ」
前回は五種類のラスクを調理したが今回はシュガーラスクとカレーラスクもどきの二種類のみ。
カレーラスクもどきのスパイスの香りを嗅ぎつけたネージュが完成したばかりのラスクの前に立った。そしてラスクと同じ視線の高さになりじーっとラスクを見つめている。
その姿を見たマサキが「食べたいのか?」と声をかけるとネージュは首を大きく縦に振った。
「数が少ないから今回は二本ずつまでにしてくれよな……」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「って、もう食べてた……」
すでに食べていたネージュを見て呆れながら歩くマサキ。そのままネージュが調理している『ニンジングラッセ』の前に立ち完成したニンジングラッセを一つ口の中に放り込んだ。
「俺もっ……ってうまっ……いつ食べても美味いな。もう一個だけ食べよっ」
互いが互いの料理の味を確認するかのように試食を始めた。試食は貧乏な二人にとっての食事でもある。
二人は満足気な表情だ。美味しそうに食べている姿を見ると自信にも繋がる。そして味に問題がないことが証明される。
言われた通りラスクを四本だけ食べたネージュは調理を再開するために焜炉の前に戻った。
それに合わせてマサキも元の位置に戻りフルーツサンドの調理を始めようとする。
「マサキさん。マサキさん」
「ん?」
「次はクダモノハサミですよね」
ネージュは青く澄んだ瞳をキラッキラッに輝かせながら頬が落ちそうな表情をしている。その表情からフルーツサンドを待ち遠しく思っているのが一眼で分かる。
「ハッハッハ。楽しみに待つがよいぞネージュ。最高のフルーツサンドを作ってあげよう。ハッハッハ」
自信満々に答えるマサキだが……
(フルーツサンドって簡単に作れるよな……つい自信満々に言っちゃったけど……大丈夫だよな……俺、フルーツサンド作れるよな……)
マサキはフルーツサンドを調理したことがなかった。本人もどこから自信が湧いてくるのかわかっていない。
フルーツサンドは食パンに生クリームと果物を挟んだ喫茶店などでの定番メニューだ。
ある人はデザートと言い、ある人は主食だと言う。そしてある人は惣菜パンと言い、ある人は菓子パンと言う。それほどポピュラーな料理なのである。
初めてのフルーツサンドの調理に不安もあるマサキだが、実際はフルーツサンドの作り方は簡単だ。
耳をカットした一枚の食パンに生クリームを塗る。その上にカットした果物を乗せる。カットせずに丸ごと乗せるのもありだ。
「俺よ……難しいことはしなくていい……切った後の断面がどうなるかを考えて乗せていけばいい……それでいいはず」
この時、断面を想像しながら果物を並べると良い。
上達すれば断面を花柄や動物の顔の形にすることも可能だ。花柄にする際、オレンジやキウイなど丸い果物を花に見立てることが多い。イチゴの頭をギザギザにカットして花に見立てたりもする方法もある。
果物を乗せた後は、隙間を作らぬように生クリームをたっぷりと塗る。そして生クリームを塗ったもう一枚の食パンで挟む。
そして想像した断面になるように綺麗にカットすればフルーツサンドの完成だ。
切る際、三角形になるように切ってもよし。長方形になるように切ってもよし。一口サイズになるように切ってもよし。想像した断面によって切り方も形も変わってくるのである。
「とりあえず定番の三角形に切るよな……そのつもりで果物乗せたからな……」
マサキは頭の中にある正しいかどうかもわからないレシピに頼りながら失敗しないように丁寧にそして慎重にフルーツサンドの調理を進めた。
マサキは初めて作ったフルーツサンドの断面を見た。
「うぉおおおお、こ、これがフルーツサンドの断面! 想像してた以上にいい感じだぞ!」
切った断面を見て感動するマサキ。マサキにはフルーツサンドの断面が光輝いて見えている。
「ネージュ、ネージュ。できたぞ! クダモノハサミ……あっ、つ、つい言ってしまった……もうこっちの世界に合わせるしかないってこか。いや俺は諦めない……」
「もうできたんですか!? クダモノハサミ!」
「あっ、う、うん。そうそうできたよ。クダモノハサミ……あっ、つられて言ってしまった……こ、これ全部食べていいから味見してみてよ」
マサキは半分に切ったフルーツサンドをネージュに渡した。もう半分は自分で食べる用だ。
ネージュはすぐにぴょんぴょんと駆けつけて来た。そのネージュにつられてマサキはクダモノハサミと言ってまう。
ネージュは頬を抑えながらクダモノハサミの断面を見ている。そしてヨダレが垂れそうな表情をしていた。
そのまま薄桃色の唇をぺろっとひと舐めしてから皿の上に置かれたクダモノハサミを手に取る。そのクダモノハサミはネージュの口の中へと吸い込まれていった。
「あーむっんっ…………んん!!!!」
一口目で動きが止まってしまったネージュ。不安になるマサキはネージュの顔を覗き込んだ。
「ど、どうした? 美味しくなかったか? 味は八百屋で買った生クリームがベースなんだが……も、もしかして腐ってたとかか?」
八百屋の店主を思い浮かべたマサキ。寝ているおばあちゃん店主のことだ。もしかしたら賞味期限が切れた腐ったものを売っていたのではないかと思ったのだ。
「……」
ネージュの反応はない。
「お、おいネージュ……だ、大丈夫か? 先に俺が味見した方がよかったな……マジで大丈夫かよ」
ネージュよりも先に自分が食べるべきだったと反省するマサキ。そのまま皿に残っているフルーツサンドを手に取り味見をしようとした瞬間、ネージュが動き出した。
目にも止まらぬ速さで手に持っているフルーツサンドを口に頬張った。そしてマサキが味見をしようとしたフルーツサンドを奪い取った。
「あっ、俺のクダモノハサミが!」
驚いたマサキが咄嗟に出た言葉はフルーツサンドではなくクダモノハサミだった。
ネージュは頬張ったクダモノハサミをもぐもぐと咀嚼してごくりと飲み込んだ。
(こ、この味……な、懐かしい味です。おばあちゃんが作ってくれたあの時のクダモノハサミを思い出します。でもなんででしょうか。あの時、食べた初めてのクダモノハサミと同じくらい美味しいのに……涙が、涙が出てきます。こ、これって……思い出の味? そうか……マサキさんが作ってくれたクダモノハサミの美味しさと思い出の中のクダモノハサミの美味しさが私の脳内で出会って……相乗効果したのかもしれません。私の味覚を現在と過去のクダモノハサミが犯した……ということですね……)
ネージュの青く澄んだ瞳は星のように強くそして明るく輝きだした。そして流れ星のごとく頬を伝り落ちていった。
「……マ、マサキさん」
口いっぱいにクリームをつけた兎人族の美少女は静かにクダモノハサミを作った青年の名を呼ぶ。
「は、はい……クダモノハサミの、お、お味は……?」
名を呼ばれた青年は困惑した様子でクダモノハサミの感想を求めた。
「うわぁああああああああああああああんっ」
ネージュは突然泣き叫んだ。
「ネ、ネージュ……ど、どうしたんだ?」
「デリィイィィシャスッですっ!!!」
ネージュの内に秘めていた感情が一気に外側へと放出された瞬間だ。
ネージュは泣き叫びながら味の感想を伝えそのまま気を失いマサキの方へと倒れてしまった。
気絶するほどクダモノハサミが美味かったのだ。
倒れるネージュをマサキは受け止める。ネージュの細い体は軽い。ひょろひょろなマサキの体でも受け止めるのは容易いのだ。
「えぇええ!? 気絶するほどの美味さだったってこと!?」
「デ、デリシャスです……」
気絶しながらも味の感想を言い続けるネージュ。
「ネージュがこんな感じになるなんて意外だな。なんかいい発見したかも……というか今度から味見の時は少しずつ食べさせないとな……じゃないとまた気絶しかねない……」
ネージュにとって十数年前に食べた思い出のクダモノハサミ。
思い出の味とこの瞬間に食べた味の相乗効果でネージュの美味しさを測定する心の中の測定器が破壊。そして感情がコントロールできずに爆発。心身ともに耐えられず気絶してしまったのだ。
「デ、デリシャス……デリシャスです……」
ネージュの新たな一面が見れたマサキだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回はフルーツサンドがメインの話でしたが今後、呼び名はクダモノハサミになっていくかもしれません。
兎人族のネーミングセンスのダサさが際立つと思います。
そしてネージュが気絶する際に言った『デリシャス』はフランス語で『とても美味しい』という意味です。
他にも『エクセレント』なども『とても美味しい』と言う時に使えるそうですよ。様々な表現があるみたいです。




