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39 料金箱の改善

 家に到着した二人は真っ先に無人販売所の準備に取り掛かった。

 まず始めたのは店内の見直しだ。

 平和すぎる世界から平和ボケが激しい兎人族(とじんぞく)は無人販売所を()()販売所と勘違いしてしまっていた。

 そこで無料じゃないことを強く伝えるべく新たな貼り紙を作成する作業に取り掛かる。さらに料金箱を目立つようにペンキで色を塗ろうと計画しているのである。


 外出の際、手を繋がなければ平常心を保てないマサキとネージュだが、家の中では手を繋がなくても自由に行動できる。

 しかし無人販売所が営業中ならたとえ家の中にある店舗スペースだとしても手を繋いでいたかもしれない……否、手を繋いでいた。

 けれど今は臨時休業中だ。客が来ることはまずないだろう。間違って来てしまったとしても臨時休業の看板を見て引き返すに違いない。

 なので何も気にすることなく手を離し作業をすることができるのだ。そんな二人は作業を分担した。


 異世界文字が書けないマサキは料金箱を目立つように改良する作業に取り掛かる。

 無人販売所に設置されている料金箱はただの木箱だ。木箱にはお金を入れる投入口があるシンプルなもの。

 その木箱は兎人族の森(アントルメティエ)で伐採した竹のような茶色の木で作られた壁と色が似ているので同化してしまっている。

 なので料金箱を見落としてしまい無料販売所だと兎人族たちは勘違いしてしまったのだ。


「なんでかわからんがこの家には調味料系と文房具系が山ほどあるからな……その中にペンキと筆もあった。派手に色を塗って目立つようにしちゃえば全て解決だろうな。あとはネージュの貼り紙次第だ……」


 マサキが心配しているのはネージュの貼り紙だ。

 オープン初日の店内の貼り紙は無人販売所の購入の流れを説明するものだけだった。

 入店する前から無料だと思っていたのなら貼り紙などをわざわざ読まないだろう。読む必要はないと思ってしまう。


 半数以上の人間がゲームや電化製品を購入して取扱説明書を読まずに始めてしまうことがある。なぜなら使用方法をある程度を把握しているからだ。そして読むのが面倒だからだろう。

 無人販売所を無料販売所だと勘違いして入店したのなら長ったらしく書かれた説明文を読むのは面倒なのだ。

 そうならないためにも無料販売所だと勘違いして入店した客が店内で無料じゃないと気付けるための特別な注意書きのような貼り紙が必要なのである。


 ネージュは大樹に住む妖精が作った木製のペンを使い注意書きをあっという間に書き終えた。


「大きな文字で『料金箱』って書いてみましたよ。どうでしょうかマサキさん」


 ネージュは壁に設置されている料金箱の上に大きく『料金箱』と書かれた貼り紙を貼り付けた。料金箱の文字の下には丁寧に矢印まで書いてある。


「これで料金箱って読むのか。めちゃくちゃいいぞ。説明文よりも大きくて目立ってるよ。ていうか商品よりも真っ先に目に入る……逆にいい感じだぞ!」


「そうでもしないとまた勘違いしちゃいますからね。大きな紙があればもっと大きいのを書きたかったです」


「大胆! 恥ずかしがり屋からは想像できないくらい大胆!」


 褒めているのか褒めていないのかよくわからない言葉を発するマサキ。ネージュは褒められているのだと思い腰に手を当てながら堂々とドヤ顔を決めている。

 その後、マサキは座りながら料金箱をオレンジ色のペンキで丁寧に塗り始めた。


「あとは俺が料金箱を塗ればもっと目立つようになる。完成が楽しみだ」


 マサキは明るい色が一番目立つと思っている。明るい色は暗い色の黒と対になっているからだ。

 そして家にあったペンキの中で一番明るい色はオレンジ色だった。なので料金箱に塗る色はオレンジに決めたのである。


 ネージュは料金箱を塗るマサキの後ろ姿を見ていた。そのまま視線は上へといき、先ほど自分が書いた貼り紙に視線が合った。


「う〜ん。もう少し文字を太くしたほうが良さそうですね……」


 ネージュは、一生懸命に塗装するマサキの邪魔にならないようにマサキの後ろから貼り紙に向かって手を伸ばす。そのまま文字を太く修正する作業が始まった。

 一文字ずつ料金箱と書かれた文字が太くなっていく。バランスがおかしくならないように丁寧に修正されていくのである。


 料金箱を塗るマサキ。その上で貼り紙の文字を修正するネージュ。二人の集中力は凄まじい。

 一度集中してしまうと周りが気にならなくなるほどの集中力。周りを気にならなすぎて事故が起きてしまうことも……


「……よいっしょっと…………ん?」


 料金箱の上部を塗るためにしゃがんでいたマサキが立ち上がったのだ。そしてマサキの頭に()()()()()()が当たった。


(頭が突然柔らかいなにかに当たったんだが…………膝立ちで壁に手を当ててる中途半端な大勢でこの柔らかいものが何なのか確認できん。もしかしたらネージュが気を利かしてくれて枕を持ってきてくれたのか? 首を痛めないようにと。恥ずかしがり屋だから何も言わずにやってくれたんだな。めちゃくちゃ優しい。い、いや、でも、それなら首に置くはずだ。はっ、もしかして頭皮マッサージか何かか? なんて優しいんだ。あー柔らかくて気持ちいい……)


 マサキはネージュの優しさを全力で受け止めるために頭に置かれた柔らかいものに向かって激しく頭を揺らした。


「おほ、すごいすごい。いいマッサージ! 頭が気持ちいい。柔らけー。ありがとうネージュ。最高だよ!」


 マサキはさらに激しく頭をグリグリと動かす。


「すごいぞネージュ。頭がなくなるんじゃないかってくらい気持ちいいぞ。これって一体何なんだ?」


 見上げることができないマサキは頭の上の柔らかいものを確認することができない。しかしマサキの聴覚は嫌な予感を掻き立てる音を捉えた。

 その音は木の枝のようなものがバキッっと折れる音。この場に木の枝のようなものは一つしかない。ネージュが貼り紙を書く際に使用していたペンだ。大樹の木に住む妖精が作った大樹のペンだ。

 この音をきっかけにマサキは全てを理解した。


「も、もしかして……ネージュの……ネージュさんのマフマッブハウェァッツ!!」


 マフマフと言葉が発せられる前にネージュの手のひらがマサキの頬にクリティカルヒット。そのままマサキは床に転がった。


「こ、この変態さん! 頭で触るのもダメですよ!」


 マサキの予想通りネージュの右手には木製のペンが真っ二つに折られている。そしてネージュは顔を赤らめながら豊満な胸を隠していた。


「い、いや、だって頭の上に胸が……マフマフがあるとは普通思わないだろ。ネージュがマッサージしてくれたんだとばかりに……い、今のは俺は悪くないぞ!」


「でも普通すぐに気付くじゃないですか! 最初は間違ってぶつかったと思いましたよ。邪魔しないために声をかけずにマサキさんの後ろに立った私が悪いと思いました……でも……でも、グリグリグリグリと……私の……私のマフマフを!」


「ごごごごごごめんなさーい」


 ボロ雑巾のように床に転がっていたマサキはネージュの怒りの表情を見て瞬時に土下座をした。ここで謝らなければ折れたペンのようなになってしまうとマサキは思ったのだ。


「もういいです。今回は私の不注意もありますからね……私も気を付けるようにしますからマサキさんも次は気を付けてくださいね」


「はい。気を付けます。絶対に……絶対にマフマフを触りません」


「絶対ですよ」


「は、はい!」


 何とか許しを得たマサキ。なんだかんだ言っていつもすぐに許るのがネージュだ。

 このままマサキはラッキースケベが起こらないように最新の注意を払いながら作業を続けた。

 そしてマサキは料金箱を塗り終えた。


「あっ、私の好きたちの大好きなニンジンですね!」


「確かに角切りされたニンジンだな……目立つ色がオレンジしかなかったから仕方なく使ったけど失敗だったかも……壁が茶色いから色がそんなに変わってないし……少しだけ明るくなっただけだ……そんなに目立ってねーぞ……」


「オレンジ色と茶色は似たような色ですからね……」


「だ、だよな。失敗した……」


 落ち込むマサキ。そんなマサキにネージュは優しく声をかけた。


「大丈夫ですよ。私が書いた張り紙はバッチリ目立ってますので! そ、そうだ。もっと目立つように私が書いた矢印に色を塗ってくださいよ!」


「矢印に色か……」


 マサキは落ち込んだまま矢印に塗る色を選ぼうとした。その時、開けた覚えがない緑色のペンキのフタが開いていることに気が付いた。


(あれ? 緑色なんて使う予定なかったから開けた覚えないけど……もしかしたらネージュが開けたとか? いや、ペンキ使わないよな。俺が間違えて開けたのか? いや間違えて開けるはずない。きっとネージュが俺に気を遣って開けてくれたんだろうな。なんて優しいんだ。よしっ。緑色を使うか……)


 マサキはネージュが書いた貼り紙の矢印部分を緑色で塗り潰し始めた。

 綺麗なオレンジ色の料金箱。その上に『料金箱』と書かれた大きな貼り紙。さらに目立つように塗られた緑色の矢印。

 無人販売所に入店したら商品よりも真っ先に目が止まるほど目立っていた。


「よ、よし。塗り終わった。これで完成だ。ネージュの貼り紙のおかげでかなり目立ってるぞ。これでお金を払わないってことはないだろう。オープン日に無料で取ってた兎人たちはオープン日だけ無料だったと思ってくれればそれでいい。ネージュはどうだ? なんか気になる所とかあるか?」


「ニンジンさん」


「え?」


「料金箱がオレンジで矢印が緑色なのでニンジンさんに見えます!」


 料金箱は作業前と比べるとかなり派手になっていた。しかし目立つものの結果的にニンジンのような見た目になってしまった。

 ニンジンのような見た目に仕上がった料金箱を成功と思うか失敗と思うかは二人の気持ち次第。


「ニンジンぽくなったけど目立つから成功でいいよな……」


「そうですね。ニンジンさんの料金箱すごくいいと思いますよ」


「なんかずっと見てたら愛着が湧いてきたよ……」


「わ、私もです。な、何だかニンジンが食べたくなってきました!」


 失敗したかと思われた料金箱だったがニンジンのような可愛らしい仕上がりになったおかげで二人は満足した。

 そして毎日食べているニンジンが食べたくなってきたのだった。


 その後、ネージュは念には念をと、空いている壁のスペースに『有料』の二文字が書かれた貼り紙をしつこくない程度に貼り付けた。

 これで無料だと勘違いする客はいなくなるだろう。

 無人販売所イースターパーティーの店内は明日の営業に備えてしっかりと改善されたのだった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


メスウサギは肉垂が大きくなります。

ウサギでメスかオスかを見極めるポイントの一つです。

その肉垂をマフマフと言うので本作でも胸をマフマフと言ってます。

兎人族だけの独特な呼び方です。


そして前回のニンジンの収穫の際にニンジンが二本増えていたり今回の緑色のペンキのフタが開いていたり無人販売所を経営してから不思議なことが二人の周りに起きてます。

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