35 臨時休業になってしまった
無人販売所イースターパーティー。オープン二日目にして臨時休業。
三日分を予定していた商品は全て売れた。そしてそのことに気付いたのは営業時間が終了してからだ。
営業開始するまでに商品を作る時間は十分にある。一日分とまではいかなくても半日分は作れるだろう。そして営業時間中も休まず作れば一日分作ることは可能だ。
しかし商品を作るための食材がない。全ての食材を使って作り上げたのが三日分として用意した商品だったからだ。
二人は泣き疲れていて商品を作る余裕もなかった。商品がないので二日目は臨時休業となる。
二人にとって臨時休業は苦渋の選択なのだ。
臨時休業だと知らずに無人販売所に来る客が後を絶たない。臨時休業の看板を見てガッガリとしながら帰っていく。それほど無人販売所を楽しみにしていたのだろう。
昨日も大行列だったのだ。兎人族の里中の兎人族は皆、無人販売所を楽しみにしている。
そんな楽しみにしていた客が何人も何人も店の前までやってきては意気消沈して帰っていくのである。
想定していた三日分が一日で完売するほどの売れ行き。
オープン初日という効果もあるかもしれないが『無人販売所イースターパーティー』は軽くヒットしているのかもしれない。
そして経営者が噂の若い夫婦だという噂も広まっているので興味本位で見に来る客も増えてきている可能性も浮上している。
どっちにせよ兎人族の里の兎人族たちにとって無人販売所は話題の中心なのだ。
だからこそマサキとネージュは臨時休業を取り、万全の態勢で明日に備えようとしている。
「ラスク用のパンの耳は少ないけど確保した。あとは森に行ってニンジンの収穫だな……これが一番の難敵……」
「そうですよね。私たちが一日で採れたニンジンさんの数は最大で五本ですもんね……五本だけじゃ半日分も持ちませんよ……」
二人は兎人族の森へ向かいながら会話をする。
兎人族の森へ向かう理由は無人販売所で提供するニンジングラッセの材料のニンジンを収穫するためだ。
収穫したニンジンを入れるためのラタン製のバスケットをネージュは右手で持ち、左手はマサキの右手と繋いでいる。
手を繋ぎながら歩く二人はニンジンの収穫ができるかどうか不安で顔色が悪い。今にも嘔吐してしまうのではないかと思うくらい真っ青だ。
その不安を少しでも忘れようするためにマサキは口を開く。
「収穫できなかったらどっかで食材を買おうぜ。どうせ一日分も採れないだろうしな。それに俺たちには昨日の売り上げがある。店のための仕入れならバンバン使おうぜ」
「そうですね。でもやっぱり無料で手に入るニンジンさんの方がお得です……」
「貧乏根性染みついてやがる……そ、そりゃ無料で手に入るんなら俺もそっちの方がいい。でも数が数だ。店で商売するためには無料で手に入るニンジンだけじゃなくてお金を払ってでもニンジンを仕入れるべきだよ」
二人は何気ない会話をしていくうちに不安が少しずつ消えていく。完全には拭えない不安だがそれでもお互いの温もりを感じて心が落ち着いてきているのだ。
繋いだ手は無意識にブンブンと振り子のように揺れていた。傍から見たら楽しそうに散歩をしているカップルにしか見えないだろう。
そんなカップルのような二人は兎人族の森に到着した。
いつもと変わらない森。壁を作るために伐採したはずの竹のような茶色の木は新たに生え変わっている。それはこの森を作った兎人族の神様、アルミラージ・ウェネトの魔法の影響である。
一日でリセットされるこの森。どうせリセットされるのならニンジンを大量に収穫できればいいものの、収穫できるニンジンの数は微々たるもの。
その反面、人体に害がある毒の成分を含むニンジンの偽物『そっくりニンジン』だけは多々ある。
そっくりニンジンはニンジンのオレンジ色の身の部分が付いていない葉だけのことを指す。
明日までには無人販売所を営業したい二人。二日も臨時休業が続いてしまえば店の信頼度はガタ落ちするに違いない。
逆にそれほど忙しいお店なのだと評価する者も現れるかもしれないが、それは稀だ。
ただ二人は少しでも店の評判が落ちるのだけは避けたいのである。だからこそ無理はしない。日が暮れる夕刻もしくは目標の数を収穫できればそれでいい。
「目標は三本だ。日が暮れる前に三本採ろう」
「そうですね。では抜いていきましょう!」
手を繋いでいる二人だが『ニンジン』も偽物の『そっくりニンジン』も片手でスポッと抜けるほどのもの。なので手を繋いでいても問題ない。
枝のように細いネージュの片手でもスポッと抜けるほどに軽いのだ。
「マサキさんマサキさんマサキさんマサキさんマサキさんマサキさん」
繋いだ手をブンブンと振りながらマサキの名前を連呼するネージュ。
「どうしたよ。そんなに慌ててって……こんなに早くニンジン採れてんじゃんか! すげーぞネージュ。今日の俺たち運がいいのかもしれない。この勢いでどんどん収穫しようぜ。負けてらんねー」
「この調子なら三本なんてあっという間かもしれませんよ」
三本なんてあっという間。そのネージュの言葉通り二時間もしないうちにニンジンを三本収穫することができた。
今までにないほど順調なニンジンの収穫。そのおかげで夕刻にはまだ早い。
目標の数を達成したがそれは『無理をしない』『体に負担がかからない』ように設定した目標の数。
これで終わっていいのだろうか……否、こんなに順調なら続行するしかない。それが人の性というものだろう。
「順調だから続行する。そんであとになって『あの時辞めておけばよかった』とか言って痛い目を見る…………でも続行したい。続けたい。これって何かに依存してる人と同じ気持ちなんだろうな。終わるタイミングを逃す的な……」
「こんなに順調なんですよ。きっと大丈夫ですよ。兎人族の森を作った神様が私たちの無人販売所を祝福してくれてるんですよ」
「珍しくめちゃくちゃポジティブだな。じゃああと一時間だけにしよう。疲れて調理できなかったら元も子もないからな」
「そうしましょー」
楽しげなネージュと不安そうなマサキ。二人は一時間という制限時間を設けてニンジンの収穫を続けた。
一時間といっても時間を計る時計などを二人は持っていない。そしてここは森の中だ。時計などどこにもない。なので時間は二人の体内時計で計算する。
二人が一時間だと感じた時点でタイムリミットとなる。逆を言えば集中して時間を忘れていた場合、二時間でも三時間でも作業が続いてしまうのだ。
二人は黙々とニンジンの収穫を続けた。
そして制限時間を設けてちょうど一時間が経過した時、薄桃色に透き通った唇がぷるんと動いた。
「そろそろ一時間ですかね」
先に体内時計で一時間だと感じたのはネージュだった。ネージュの体内時計は正確。狂いがあるとすれば二分三分程度だろう。
「もう一時間か……結局延長した一時間でニンジンは一本も収穫できなかったな……」
「でも集中できて楽しかったですよ。マサキさんと一緒にやるニンジンさんの収穫。私は好きですよ」
「そうだな。楽しかったからいいか。焦っても仕方ないしな」
マサキの不安は的中してしまった。辞め時はやはり一時間前だったのだ。
しかしマサキは時間を無駄にしたとは一切思っていない。ニンジンを収穫できなかったという結果を持ち帰ることができたからだ。
残念な気持ちはあるが、もしニンジンを収穫できていたら今とは違う気持ちがマサキをの心に芽生えていただろう。
「それじゃ三本を……ってあれ? 一、二、三、四、五…………五本あるぞ……な、何でだ?」
「ほ、本当ですね。一、二、三、四、五、五本ありますね。あ、なるほど。さてはマサキさん、こっそり二本採ってたんですね。私を驚かせるために! そうならそうと早く言ってくださいよー。私、集中しすぎて気付きませんでしたよー。マサキさんさすがです。驚きました」
「いやいやいやいや、そんなサプライズじみたことしないよ。数え間違い……いや、間違えるような数じゃないよな……俺じゃないからな……」
収穫したニンジンを確認したマサキだったがニンジンの数が二本多いことに困惑している。
ネージュはマサキがサプライズで用意したのだと思っている。
二人はニンジンを収穫する際、ネージュが持ってきたラタン製のバスケットを決めた場所に置いている。そのラタン製のバスケットの周りに収穫したニンジンを置くようにしているのだ。
収穫したニンジンを持ちながら別のニンジンを収穫しようとするとニンジンを持ちながらの作業になるので体に負担がかかってしまう。だからラタン製のバスケットは持ち歩かないのだ。
そしてマサキとネージュの二人の他に兎人族の森に訪れる兎人族は滅多にいない。
なので収穫したニンジンを盗まれる心配はないのだ。もしも二人以外に兎人族がニンジンを収穫に来たとしても盗もうとする兎人族はいないだろう。
兎人族は善良な種族。争いを好まない種族なのだから。
「マサキさんじゃないんでしたら…………や、やっぱり神様が祝福してくれてるんですかね!」
「今度はポジティブロマンティック! でもそんなことってあり得るのか? 神様って三千年前の髭と髪の毛がモジャモジャのあの神様でしょ?」
「魔法は持続してますしあり得るんじゃないんでしょうか?」
「魔法って言葉出されると俺の思考はついていけなくなるな……まあいいや。確かに俺が想定できないような不可思議なことが起きのが当たり前の世界だからな。ニンジンが一本や二本増えても不思議じゃない。と、解釈しておこう。モジャモジャのウサ爺さんありがとう!」
亡くなった兎人族は月に行くとネージュから聞いていたマサキは空を見上げた。そして三千年前の兎人族の神様に向かって感謝を告げたのだ。
しかしマサキが見上げた空にはどこにも月はなかった。それでも三千年前の神様に感謝を告げたのだった。
そして頭の中では冒険者ギルドの正面にある銅像を思い浮かべていた。三千年前の兎人族の神様が立っているあの銅像だ。
(本当にモジャモジャウサ爺さんのおかげか知らないけど俺たちを見守ってくれてるなら感謝するよ。ありがとう)
天からの返事はない。風もなければ雲一つない晴天。それでもマサキは感謝の気持ちが伝わったと感じたのだった。
「でも様ならもっと大量にニンジンを置いてくれてもよかったと思うんだけどな……」
「マサキさん。そんなこと言ったらバチが当たりますよ」
「あはは……冗談冗談。人間不信で人が信じられない俺だけどさ、占いとかバチが当たるとかは信じちゃうタチなのよね。都市伝説とかも信じちゃう……でも幽霊は信じないぞ。怖いけどな……」
マサキの新たな一面が知れたところで二人はニンジンをラタン製のバスケットにしまい歩き出した。
次の目的地は兎人族の里にある八百屋だ。その八百屋で残りの食材を調達しようと考えている。
時刻は十五時。まだ日は暮れていない。時間には余裕がある。
「マサキさん見てください。スキップです。マサキさんはできますか?」
ネージュは飛び跳ねている。ただただ飛び跳ね始めた。兎人族だからなのか滞空時間は長い。
「え……そ、それがスキップ……なんかぴょんぴょんしてるだけにしか見えないんだけど……」
「そうです。ぴょんぴょんスキップです。手を繋いでるから上手くできないですけど。こんな感じです。あ、そうだ。あとでお家でちゃんとしたぴょんぴょんスキップを見せてあげますね」
「たまにさ……本当に恥ずかしがり屋なのか疑う時があるんだが……まさに今……」
時間に余裕があると心にも余裕ができる。ましてや神からの祝福があったあとだ。
ネージュはいつも以上にウキウキ気分でマサキの横を歩く……否、ぴょんぴょんスキップをするのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
商品がなくなってしまえば臨時休業せざるを得ないですよね。
もししっかり商品の代金が支払われていた場合、250個×500ラビで12万5000ラビ売り上げがありましたよ。
しかも経費はほぼ0円。オープン初日という効果がありますが無人販売所で10万円以上売り上げたら大したものですね。
誰もいない森でニンジンが二本増えていたことについてネージュは神様からの祝福だと言ってました。
魔法のある世界なのでマサキも納得するしかありませんよね。




