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兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが  作者: アイリスラーメン
第1章:異世界生活『兎人ちゃんと一緒に暮らそう編』
16/430

16 我が家

 二人はネージュの家……否、()()()()に到着した。


「なんかこうしてみるといい家だな」


 雲を突き抜けるほど高くそびえ立ち幹が太い大樹の家を見てマサキが呟いた。

 自分のギルドカードの住所の欄にここの住所が書かれている。それだけでマサキは感慨深く感じている。同時に不思議な気分も味わっていたのだ。


「マサキさん。どうしたんですか?」


「なんか不思議な気持ちで胸がそわそわしてたところ。実家に帰ってきた気分? いや、ばあちゃん家に来た気分」


「ふふっ。私のおばあちゃんの家ですからね。でも今は私たち()()()()ですよ」


「そう。それが不思議な気持ちの原因なのかもな。俺の家。ここが俺たちの家か」


 ギルドカードに住所を記入したことによってマサキは今日から正式にこの家の住居者になったのだ。

 居候でも借宿でもない。正式な住居者。それをポケットの中に入っているギルドカードが証明している。そして手を繋いでいる美少女がそれを許可し認めてくれた。


「マサキさん。これからもよろしくお願いしますね」


「おう。こちらこそいろいろ迷惑かけると思うけどよろしく。でも絶対に無人販売所は成功させてみせる。そんでネージュに三食昼寝付きのスローライフを満喫してもらうよ」


「ふふっ。三食昼寝付きのスローライフですか。楽しみにしてますね!」


 マサキが異世界転移して初めて出会ったのが優しく可愛らしい兎人族の美少女ネージュだ。その美少女は恥ずかしがり屋で無職の貧乏兎だった。

 そんなマサキとネージュはなぜか意気投合した。

 人を避けて生きてきた二人が出会って数時間で打ち解けられる。その時点でこの出会いは運命的な出会いだとお互い直感しただろう。それが本人たちが気付いていなくても心のどこかでは気付いているはずだ。

 互いの詳しい素性や生い立ちを知らずにここまで打ち解けられる。今は繋いだ手を離さないほど。否、離せないほどだ。これは運命以外の何者でもない。


 二人の夢は三食昼寝付きのスローライフを送ること。そんな夢のような生活を送るためには働いてお金を稼がなければならない。

 しかし人前に立つと不安と恐怖と緊張で働く事ができない。そんな二人が唯一働けるのが無人販売所だ。

 無人販売所を経営してお金を稼ぎ三食昼寝付きのスローライフを送る。そのためにマサキは次なる目標を立てようとしていた。しかし問題は山積み。金がなければ店舗も借りれないのだ。


「どうしたんですかマサキさん。今度は難しい顔してますよ。困ってるみたいです」


「ああ、お金がなくて困ってる。無人販売所を始めなきゃお金が稼げないしどうしたらいいんだか……」


「とりあえず家の中で計画を立てましょう」


「そうだな。我が家に入ろう……ん? 待てよ……」


 家の扉に触れる直前、マサキは何かを閃いた。光の速さで脳内を駆け巡る閃き。全身の細胞が刺激され毛穴が開くような感覚に襲われるほどその閃きはマサキにとってとてつもないものだった。


「ここだ。ここでやればいいんだよ。無人販売所を!」


「へ? ここって家ですよ。隣に建物を建てるって事ですか? 大樹じゃない建物を建てるってなると莫大なお金が必要になりますよ」


「違う違うそうじゃない。この家を店舗にするんだよ。家を丸ごと店舗にすんのはさすがにやりすぎだし俺たちの住む場所がなくなっちまう。だから店舗にするのは家の一角だけ。こんだけ広い家だしできると思うよ。いや、できるはずだ。それに金がない俺たちはゼロから始める必要はないんだよ。今持ってるものから始めればいいんだよ」


 一文無しのマサキ。貧乏兎のネージュ。二人に必ずまとわりつくのは金銭問題だ。お金がなければ店舗を借りる事ができない。それならば家の一角を店舗にしてしまえばいいのではないかとマサキは考えた。

 家の一角を店舗にすることによって家賃がかからずお金の心配はいらない。そして家から店舗までの移動時間もないのだ。

 さらに家の中には物が少なく広々としたスペースがある。それを大いに活用できるのだ。

 家の一角を店舗にする事でたくさんのメリットが生じる。


「ネージュと一緒ならどんなところでも無人販売所をやっていけると思うんだけど、ここがいいなって思った。やっぱり家は無理っぽい? ダメかな?」


 繋いでいない右手に顎を乗せながら考え込むネージュにマサキは自分の考えを伝えた。

 ネージュが悩むのは当然だろう。家の一角を店舗にするのは容易な話ではない。きちんとした計画すら立ててない状況ですぐに判断できるはずがないのだ。ましてや今この瞬間に閃いたばかりの計画だ。

 しかしネージュは繋いだ手を強く握った。そして顎から手を離してマサキの黒瞳を見て頷いた。


「私も……マサキさんと一緒なら……」


「え? 聞こえなかった。なんて?」


 ネージュの声が小さくてマサキは聞き取れなかった。そんな小さな声を誤魔化すかのように天使のような眩しい笑顔を見せ話を続けた。


「良いですよって言ったんですよ」


「そ、そんな簡単に決めていいのか? 言い出した俺が言うのもなんだけど、おばあちゃんとの思い出とかいろいろあるだろ?」


「はい。もちろんおばあちゃんとの大切な思い出はいっぱい詰まってます。でも今は私たちの家ですよ。それに私はマサキさんを()()()()()()()大丈夫ですよ。きっとおばあちゃんも許してくれます」


 人間不信のマサキにとって言われて一番嬉しい言葉だ。どんな優しい言葉よりも『信じてる』の一言が何よりも嬉しい。そして荒んだ心に強く響く。

 その嬉しい言葉をかけられた瞬間マサキは、とっさに繋いでいる手を強く握った。先ほどネージュが強く握ったように。


(ネージュも嬉しくて力が入ったのかな? でも俺、ネージュが喜ぶような言葉をかけた覚えはないけど……)


 恥ずかしがり屋で友達すらいないネージュ。買い物にも行かないので馴染みの店員などもいない。それどころか他の家が周りにないので近所付き合いもない。

 そんなネージュはマサキに信用されているだけで嬉しい気持ちになるのだ。だからマサキが本音で語る全ての言葉をネージュは嬉しく思っている。


「あとは中に入ってから話そうか。俺たちの未来のために。夢を叶えるためにな」


「なんかそれ夫婦の会話みたいですね。手も繋いでますし」


「ちょ、恥ずかしい事言わないで。手を繋いでるのは仕方ないだろ。それにビジネスパートナーとしての未来の話だから。いや、もうビジネスパートナーって感じじゃないな。どちらかというと家族って感じかな」


「家族ですか。なんかしっくりきますね」


「そ、そうだな」


 素直じゃないマサキは顔を赤らめた。その後、一度開けるのを中断した家の扉のドアノブに手を伸ばし扉を開く。鍵はかかっていない。不動産に行く時の緊張で鍵をかけ忘れたのだ。

 そして家の中へと入り扉をゆっくりと閉めた。扉が完全に閉まるまでは強く繋がれた手を離す事はなかった。


「ただいま我が家!」


 意気揚々と空っぽの部屋にただいまの挨拶をするマサキ。物が無いせいで声が壁に当たり反響する。


「ここまで来たらもう大丈夫だろう。手を離すぞ。もしも離して恐怖心とかが残るようだったら家の中でも手を繋ぎっぱなしだな……」


「すごい不便ですね。いっその事、マサキさんの腕を切り落と……」


「やめて! 変な想像するのやめて! 俺の腕を切り落としてその手を繋いで恥ずかしがり屋を克服しようとしないで!」


 ネージュの変な想像が膨らむ前に言葉を遮り焦り出すマサキ。そんなマサキの焦りっぷりを見て笑みを溢すネージュ。


「ふふっ。そこまで想像してませんよ。それに冗談です。マサキさんがいなきゃこの心の病は克服できないですよ。腕だけじゃダメです」


「ネージュも冗談とか言うようになったんだな。なんか今日だけで心の距離が縮まった気がするよ」


 マサキはほっと息をついた。そして繋いだ手を離そうとする。


「繋ぐ時よりも離す時の方が緊張するっておかしいな」


「ですね……」


 繋いだ手に安心してしまい手を繋いでなければ生活できないほどに心の病が悪化していないか不安になる二人。

 緊張で繋いだ手からは相手の鼓動が感じるほどだ。


「せーので離すぞ」


「はい!」


「「せーのッ!」」


 二人はゆっくりと手を離していく。指が一本ずつ離れて恋人繋ぎが解かれた。

 不安と恐怖と緊張。そのどれもを軽減させてくれたパートナーの手のひら。その手のひらが離れ心の病が悪化してしまうのではないかと恐れていたが不安や恐怖や緊張などの負の感情は襲ってこなかった。


 しかし体の一部が外れたような寂しさが胸を締め付けた。こんなにも近くにいるのに寂しく思ってしまうほど。それほど相手の温もりに安心していたのだろう。

 そんな気持ちを紛らわせるためにマサキは家の中を改めてじっくり観察し始めた。


「それにしてもネージュの家……じゃなくて、俺たちの家は広いよな。これなら少しのスペースを店舗にしても問題なさそうだ」


「そうですね。たくさん物を売っておいてよかったです」


「物を売ったのは金に困ってたからだろ」


「ふふふっ。そうでした」


 居住スペースも店舗スペースも不自由なく確保できるほど広い家。それだけを知れて安心したのか二人は腹の虫が鳴った。それも同時に。腹の虫まで気が合うようだ。

 一日一食。それも夕食のみ。今は夕食前。一日中精神的疲労も感じていたのだ。腹が減って当然だろう。


「まずは夕食からですね……って私たちニンジンさんを収穫するの忘れてませんか?」


「あ、マジだ。あまりの達成感と我が家に早く帰りたいという一心で忘れていた……」


「い、今からでもまだ間に合います早くいきましょう!」


「そ、そうだな。ダッシュで行くぞ!」


 帰ってきたばかりだが二人はニンジンを収穫するために兎人族の森(アントルメティエ)へ向かおうとする。

 そして扉を開ける前、ネージュはマサキに手を差し伸べた。その手は先ほど離したばかりの左手だ。

 その手を見た瞬間、マサキの右手はいつの間にか繋いでいた。何も考えず、自然と吸い込まれるように。


「今日こそニンジン採ってやるぞ! 行ってきます我が家!」


 二人は強く手を繋ぎ、やる気に満ち溢れながら我が家を飛び出したのだった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


これで共同生活をしよう編が終了です。

マサキが異世界に転移してネージュの家の正式な住居人になるまでの物語でした。

ギルドカードに住所を書くことによって実感が湧くかなと思いました。


次回からは無人販売所を作ろう編です。

やっと物語が少しずつ動き出した気がします。

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