29・次への構想
塩江から帰ってくると、石油発動機の量産化についてまず第一歩となる量産計画がもたらされた。
「なるほど、まずは行政機関で使う運搬車ですか。確かにこれならば専任の工員を配置して整備も可能でしょう」
いくつか石油発動機の利用先を提示していたのだが、ポンプ用の動力をはじめとした定置式については、水車であったり蒸気機関であったりと現状で急ぐことは無いと判断したらしい。俺が一番欲しい耕運機については、現状では量産後の整備に問題が出るという事で時期尚早だという。
そこで、本来ならば小型のガソリンエンジンを使用するはずの四輪型運搬車を石油発動機に合わせて設計し、そこでの使用を考えたらしい。
「はい、運搬車であれば、現在、人員輸送に使用している蒸気自動車に追加して、荷物を運ぶ貨物車の導入という事で各省配下や権令配下への配備が可能です。当然ながら、車両を有する機関においては整備人員も居り新たに部署を設け、人を育てるよりも早く動けるのも利点です」
確かにそうだ。
「そして、ある程度整備性が確保できたならば、農務省へ配置した運搬車とその整備人員を基礎として、農業の機械化を行って行けば良いのではないかと」
何だかんだ検討してきた結果、それが最善だろうという。確かにそう思う。
この世界はどこか歪なように思えた。
しかし、考えて見ればそんな事も無い。19世紀前半の欧州でもこんな感じだったはずだ。内燃機関は後半まで実用化や普及はしていない。
さて、運搬車の実用化という目標が出来たが、俺が作りたいのはその次、耕運機だ。
耕運機と言えばロータリーを備えているのは常識だが、ロータリーが実用化したのは20世紀になってから。19世紀に特許は出願されているが、実用化は1920年頃らしい。日本でも1931年には国産の耕運機が登場しているのだが、本格的に普及したのは戦後の事だった。
ロータリーは耕起の際に、掘削と攪拌を同時に行う。それまでは犂による反転と馬鍬による土塊の破砕、均平が必要だったが、ロータリーは同じ効果を一度の作業で行うことが出来る画期的なモノだった。
日本においては大半がロータリーによる作業に置き換わり、犂と馬鍬による作業は北海道の大規模農場における欧米様の大型機械による作業程度ではないだろうか。
ただ、ロータリーの耕作深さはそれほど深くはないので、最近では深耕を行うチゼルプラウによって、心土破砕を行い、水捌けを改善することがよく指導されている。
さて、そのロータリーの制作をしようと思ったのだが、色々問題があった。一番大きいのはシール材のゴムがない事。天然ゴムではなく合成ゴムが必要なのだが、当然、存在していなかった。駆動にチェーンやギヤを必要とするのだが、この部分は既に蒸気船や工業製品の応用なので問題なかった。
もちろん、シール材に関しては水田の代搔きをしないのであれば多少は目をつぶれる。オイルが漏れさえしなければ良いのだから。
そもそも、耕運機を作るのであれば、車軸のシール材が必要になるので、早めに開発してもらった方が良い。
あと問題となるのはタイヤかな。この世界にも車輪の被覆としてゴムが使われている。何処で取れるのかと思えば、南方に位置する男木、女木で栽培されているという。
初代は農業には関心がなかったか、工業の発展を優先して自然発生的な発展を考えていたのかもしれない。
よく考えて見れば、小説などでは犂は出るがそれ以外の農具というのはあまり見かける事は無い。まるで犂が鍬のように土を耕し細かくしてくれるものだと言わんばかりに登場していたりもする。えてして一般知識とはそういうモノだ。
たしか、小学校で一応農業について習った記憶もあるが、自身もロータリー耕を前提にした稲作カレンダー程度しか習った覚えはない。あとは、古農具についてサラッと流した程度だろう。
仮に、北海道の畑作地帯であれば、複数回に分けて数種類の機械を使った土壌づくりを間近に見るのだろうが、生憎と大半の地域では一度か二度のロータリー耕で全てが終わってしまう。それを見て育った者にとっては旧来の農作業についもロータリー耕を前提にした思考になるのも仕方がない事だろう。
近年言われ出したロータリーの弊害もあるが、それは適度に犂耕を行う事で何とかなる。そう考えると、ロータリーの普及が如何に農業の作業時間を短縮しているかよく分かる事だろう。
「油圧シリンダーですか?・・・なるほど、水圧ポンプと蒸気シリンダーの応用で作れそうですね」
まず作るなら耕運機ではあろうが、運搬車が作れるなら、その発展型として石油発動機のトラクターも考えれば良い訳だ。蒸気自動車がギアやクラッチを曲がりなりにも実用化してくれているので縦型発動機さえ実用化できれば、後は簡単にいくかもしれない。




