町の崩壊
「ナギハちゃん、大丈夫?」
ミュウルの腕の中で、ナギハが震えていた。回復は全て終えているが、精神的なものまではどうにもならない。
壁の頂上。簡易的ではあるが十分すぎる壁。安心をもたらす壁。
しかし、ミュウルもナギハも、壁に敵を触れさせないよう戦う使命を持っていた。
だからこそ、指揮系統が消えた今は混乱の渦中に放り投げられた気分だった。
ミュウルは辺りを見渡すが、見える顔はミュウルと同じような表情をしている。
アーサーの姿が見えない。クラッススでさえ。
「人が人を殺す……なんで? 何でこんな世界になっても!」
「ナギハちゃん……」
ナギハの顔は青ざめていた。アーサーとクラッススの悪だくみのせいでオメガに襲われた時の後遺症とでもいうか、ショックが大きすぎるようだった。
「僕は……知ってるんよ。この世界が始まって一週間もせずに、最初の殺人が行われた。理由は、今なら僕がタダで創ってあげられる様な装備を巡ってだった。
生きるために仕方なかった。そんな理由聞きたくないけど、理解はできる。
でもあの人は……自分のために人を殺して……」
ナギハを、ミュウルは優しく抱いた。
「たとえどんなに悲運があなたを襲っても、幸運は常にあなたを抱いています」
「……聖書の引用か何か?」
「いいえ。私の言葉です。もしまた、ナギハちゃんを襲う何かが現れたら、私がナギハちゃんを守ります。ナギハちゃんは妹に似ていますから」
にっこりとほほ笑むミュウル。
話を聞いているわけでもない周りも思わず頬をほころばせるほどの、壁よりもある安心感。
柔らかい表情に、ナギハは心の中で何かが解けていくのを感じた。
「……僕が敏捷極振りにした理由のいっこ。殺されそうになって、もう二度と捕まらないようにしたからなんよ。
でも……ミュウルと一緒にいたら、それもしなくてよかったかな」
「いいえ。あなたの決断は多くの人を助けていますよ。クロンさんや、クレナさん。もちろん私も」
「……うん。僕もミュウルみたいなお姉ちゃんがほしかったんだ」
「ふふ。では、姉妹ですね」
「うん……ふう、元気出た。ありがとう。じゃあ、戦おっか」
既に敵は目前まで迫っていた。
黒い影、The dis アストンノート――
最初見た時の最早何倍か分からない。瓦礫と言う鎧を守った影はどこをどう攻撃しても無駄な気がする――
「ちょ!」
ナギハが目を見張った。
アストンノートが岩を投擲してきた。ダンジョンの瓦礫を原始的にも投げてきた。
壁に瓦礫がぶち当たり、パラパラと破片が飛び散った。一応壁の防御力が強固であることが証明されたが、壁を乗り越える攻撃は厄介でしかない。
「早く倒さないと……町が壊れる……」
「でも、リーダーがいません。魔法使い部隊がいても攻撃できないのでは……」
「僕も戦闘系じゃない。しかも今の攻撃で壁の舌で構えていた部隊がやられたと思う……」
絶望的でしかなかった。勝ち負けじゃない。圧倒される。
恐怖が再び壁を包み込みかけた時――
炎、氷、雷系の攻撃がアストンノートを襲った。衝撃でアストンノートは怯み、またその衝撃で地面が揺れた。
何事かと、上空を見上げ、ナギハは納得した。
「テイマー――」
「お待たせ。んじゃあ始めよっか。あんたら邪魔だからさっさと消えなさい。てか、町の中にひっこめ。ここからは私の戦いよ」
赤、青、黄色。それぞれの竜鱗を持った翼竜。ドラゴンたちを従えた職業テイマーの少女。
最早職業を使わずして最強の一角と名高い褐色の彼女の名は、ライム。
「魔法使い部隊は彼女と彼女が従えるモンスターにバフを!」
ミュウルが弾かれたように動く。ナギハも同じく、状況確認のために走った。
それと、巻き込まれないように味方を後ろに戻すために。




