クロンの過去
「クロン君!」
クレナの怒りが響き渡った。会議室はただでさえ狭い。辞めて欲しいものだとクロンは顔を顰めた。
指で耳を塞いで、クロンは長い髪を払いながら向き直った。
「なんだ」
「なんだ!? なんだ!? 人を気絶させておいて、気付いたら19層目クリア!?」
「なあ、彼女を擁護するわけじゃないが――」
「ゼス君は黙ってて! 私はこのアホ銀髪野郎に言ってるの!」
とうとうアホ銀髪野郎呼ばわりされたクロンをゼスは憐れみを籠めた視線で見ていた。
しかし、両者の間に横たわる色々な過去でも死んだ瞳で見たのか、最後には黙った。
両手を上げて、数歩退いた。
彼の他にはナギハとミュウル、それにクラッスス軍の傭兵隊長もいた。
いたが、クレナの剣幕に気圧されて誰も何も言えなかった。
「悪いね、ぽっと出の俺が何様だよって話しだろうけど、少しふたりにしてほしい」
反対する人間はいなかった。
クロンが誰にせよ、大金星を挙げたゼスと共にスケジュールを大幅に縮めた功労者だ。
少しの間でクロンとクレナはふたりきりになった。
「少しは休めたか?」
「はあ……ったく、君って、昔からそうよね。なんでもかんでも……分かったようなことを」
「そうだな。2度目だから」
「だから、何が――」
「デスゲームが、だ。君は……どうしようもなく彼女に似ている。
だから今こそ教えようか。俺の過去を。俺は、前の世界で一度デスゲームに参加した。
この世界と全く同じような、デスゲームにいきなりだ」
突拍子もない話に、クレナは茫然としていた。
このデスゲームに参加している事すら信じられない話だというのに、2度目。
それも、戻るべきはずの現実世界でデスゲームをしていたと聞かされても現実味がない。
「拡張現実。神経細胞に直接ナノマシンを癒着させる手術を受ければ誰でも仮想世界に行くことが出来る。
空を飛べる。深海を泳げる。歩けない人が歩ける。
多くの喜びがあって、また、多くのゲームもあった。その中の一つ、丁度、この世界と同じようなゲームで俺は、巻き込まれたんだ」
「巻き込まれたって……デスゲームって……どうやってじゃあ、ここに来たの?」
「死んだ」
隠して来た真実を知って、クレナはもう何も言わなくなっていた。
あれほど、人を死なせないように頑張ってきた少女にとって、死者の言葉は幻聴だ。
「死んだ……」
「ああ。その時約束したんだ。死んでいった仲間たち。最後の最後まで剣を持って戦ったやつらの言葉を……。なんていったと思う?
お前がこの世界を終わらせろ。
笑うよな。俺はクリアできる気でいた。俺なら出来ると、皆が付いていると。
結果、俺は死に、その直後に世界は攻略された。知らないやつにな。
俺や俺のチームは有名だった。俺は取り立てて才能はなかったが、他のやつらは天才だった。こいつらとなら攻略できるって信じてた。
だがその傲慢のせいで、虎視眈々と刃を磨いていたやつにラストアタックを取られたんだよ……!」
クロンは知らない内に拳を握り込んでいた。
ずっと見ないでいた。ずっと信じないでいた。あの時は仕方がないと。
だが、見ないでいた悔しさが、信じないでいた絶望が、目の間に溢れ出た。
「だから俺はもう……攻略なんてな……」
クロンは笑いながら涙を流していた。この世界で感情は意味をなさない。
クロンは目をごしごしと拭って、クレナに背を向けた。
「その時の仲間に似ている。君はね。だから放っておけなかった。休め。それで良い」
会議室を後にして、クロンは入り口付近でしっかりと止まった。
「ナギハ」
「……書かんよ。ごめん」
「……良いんだ」
ナギハの元を後にしたクロンは、街中でバレットM2を装備。ここは、始まるの町じゃない。
たとえ人が住んでいる町であれ、武器は持てる。
「悪いが今の俺は気が立ってるんだ」
スコープを覗いて、その赤いフードを撃ち抜いた。
が……フードは短剣を抜くと弾丸を弾いて見せた。
さすがに、クロンは肩をすかせて見せる。
スコープの中からフードが消え、次の瞬間――
「あはは、うーわ容赦なーい。良かったねぇ、ここにいるのがアルファじゃなくて私で。仕事に忠実だから。でもさ――」
オメガはほとんどモーションなしで短剣を取り出し、クロンの首を狙った。
しかし、オートガードがすかさず反応して、クロンはダメージを喰らいながらも素手で短刀を掴み取った。
「毒か。ふん、くだらない」
すぐに腕を取って捻りあげると、オメガの体がふわっと浮いた。
次の瞬間には地面にオメガの体が地面に叩きつけられる。
「一生に、2度も、訓練を積んでいるんだよ俺は。そうだな、あんたがアルファじゃなくてよかった。次は潰すと言っておけ」
「……あんた、何者? 私以外の殺人者気質に出会うとは」
「……そうだな。大勢殺した。君のお陰で思い出したよ。俺はもう、こんなところにいるべきじゃないってな」
スローライフを送れればそれで良い。




