英雄とセカンダーと
「快進撃、快進撃、快進撃。ちょっとナギハ、あんたたまには別のセリフ吐けないわけ?」
人の部屋のテーブルの上に足を置き、ライムはつまらなそうに新聞を放った。
無論、ナギハがせっかく毎度毎度情報屋として擦った新聞だ。
「ちょっとライムっちなにそれひどいな~。いいじゃんそれで。あー、のどか湧いた」
クロンは溜息を吐きながら、レモネードを淹れてふたりに振る舞った。
「俺の部屋に、いりびたるな。スローライフを、させてくれ」
「なにあんた。隠居する気? 初めてファースターがナインスロートを倒したから?」
「ふっふ~。もう俺は必要ないって~? ファースターだけでも十分渡り合えるほどに成長したから、町は成長したって~?」
間の抜けたナギハのセリフは図星だった。
確かに、攻略するつもりはなかったが、何もしない気にもなれなかった。
出会ってしまった人に対しての責任は感じていた。しかしここ数日は自分の必要性はないと思う日が多い。
良いことだ。ここ数か月で、クレナ率いる《テーブルナイツ》とクラッスス軍は回廊を、ダンジョンを第17層までクリアしていた。
「【クレアドラ回廊】は何層まであるんだ?」
「僕も知りたい。見た目では分からないから、最後まで行かないと分からんのよ」
「でもまあ、死者無しで攻略が進んでるのは良いことじゃね?」
「あんた本気?」
「ライムこそ、行かなくていいのか? あのダンジョンは狩場だ」
「はっ、どこぞの女が支配する場所に行きたきゃねええっての」
「君の友だちだろう? いいや、俺たちの」
「ああそうだ。私らの友達だった。アレは変わった。私と、あんたが変えた。その責任をどうする?」
ライムは笑っていたが、目は無表情だった。状況を知っているのだろう。
だが、ライムたちがここに来る前からクロンはデスゲームプレイヤーだ。
「どうすれば良い。俺は、もう攻略なんて……」
「それは関係ない。別にあんたが湖の傍に小屋を建ててそこに住もうが関係ない。ただ、友達救う気があんなら遅すぎる」
「それと、今、アーサーさんが大変だよ~。良くも悪くも、快進撃の渦中にいるのは、アーサーの腹心、疾風クレナ。そして、町一番の金持ち、クラッススの息子、ゼス」
「あんたがクラッススの悪いうわさを流せば?」
「メディアは常に中立じゃけぇね。この町はアーサーの物か、クラッススの物か。
ねえ、クロンっち、新居探しも良いけど、たまには町を見て見な?」
「んじゃあ行こうか、クロン。まあでも決めときな。町は真っ二つだ。アーサーにつくのか、クラッススにつくのか。それとも?」
「んじゃあ行くぞ。丁度、飯の材料を買わないと」
町へ出ると、確かにクロンが知っていた街でもなくなっていた。至る所で声が上がっている。
セカンダーかファースターか。おおよそそういうところだ。
どちらにせよ、町で引きこもる人間がいなくなったのは良いことだ。恐怖に駆られて耳を閉じて、外の世界を閉じるより、何かしている方がずっといい。
初心者向け装備。初心者養成所。アーサーとクラッススは互いに少なくなりつつあるソースを奪い合っているようだった。
「各機に満ち溢れてんなぁ。で? ライムにナギハ。君たちみたいなソースは奪い合われないのか?」
「わたしゃちゃんとユニットに属してんのよ。あんたと違って。ま、このご時世よ、正体を隠していてよかったわね」
「ああそうだな……アーサーだ」
クロンの視線の先には、最近久しく見ていなかった金髪の騎士が立っていた。ご丁寧に、お立ち台付きだ。
「皆、聞いてほしい。私はこの町が始まって以来、剣を率いてこの町を守ってきた。
私の剣は今も、諸君らを守るために遠征に向かっている。では、私はどこにいる?
ここだ。この町に私は存在している。私の剣が例えこの世界全ての大地に突き刺さろうとも、私はここにいる!
諸君らを守る最後の剣となるために。この世界を攻略し、諸君らをあるべき場所に帰すために!
帰還のため、私をこの町の、いいや、私にこの町を、救わせてほしい!」
まるで優等生のスピーチに、聴衆は沸いた。分かりやすいカリスマに人々は傾倒しやすい。
その上で、ここにいるのは最近外へ出た初心者たち。
最早アーサーは英雄の枠にとどまらない。
まさに神だろう。
拍手喝さいを浴びても尚、アーサーは笑みひとつ浮かべずに声を聞いていた。
彼の脇にいる兵士は、銀の鎧のアーサーと対比して、灰色の鎧を纏っている。アーサーの軍隊は完成していた。
「まあまあ、待ってくれないか、諸君。彼にこの町の統治者として一票を与えるのは、待った方が良い」
群集の中から、それはやってきた。
黒のスーツにワインレッドのシャツ。趣味の良いネクタイ。
町一番の金持ち……クラッスス。




