間違われた風呂
安易に、クレナから差し出された手を取るんじゃなかったと、クロンは後に後悔することになる。
万全の体勢。
当時別任務に就いていたアーサーを除いた12人によるナインスロート討伐戦。そこで起きたのは……些細なことだった。
最初に1人死んだ。ただ、一撃を受け切れずに死んだのだ。
クレナは虚空で散る仲間を抱きかかえようとして、出来なくて、膝をついた。
仲間が死んだ衝撃。自分が率いていたチームに犠牲者を出してしまったこと。
些細なことだ。クレナは指示を出せなくなった。結果的に、クレナ、そしてクロンを残して全滅した。
珍しい話じゃなかった。ナインスロート戦において、全滅したパーティーは4つもあったのだから。
「退くぞクレナ! もう無理だ!」
「嫌! いやいやいやいやいや!」
このまま引き下がれないと叫ぶクレナの腕を引っ張って、クロンは自身のHPを顧みず何とか町へ戻った。
クエストはもちろん失敗。
公式の作戦であったがために、クレナはユニット内でお咎めなし。しかし数週間の謹慎処分となった。
クエスト終わりでユニットに出頭し、帰路についたクレナをさすがに一人にはできず、クロンは一緒にクレナの部屋に向かった。
「……なあ、出て行った方が良いなら出ていくぞ?」
心休まるハーブを使ってお茶を淹れていたクロン。まったくクレナの顔が見れない。
「……今は、いてくれた方が良い」
「そっか。なんか雑誌とかあるか? この際武器のカタログでも良いぞ?」
「……そっち。女の子向けの装備雑誌がある」
低い声な上に、未だにクロンを女の子とだと思っているため勧める雑誌も誤っている。
首を振りながら、お茶をテーブルにおいて雑誌を見やった。最近は防御力と露出度を両立させた最新防具が流行っているらしい。
この世界は別にゲームではないせいで、男女比率は6対4だが、前線に出ていく数は男が圧倒的に多い。そのせいで、比率は縮まる一方だ。
「……私、馬鹿みたいだよね。皆のためを思って戦って、結局これってさ」
「仕方ないさ。君以外がまだそのレベルじゃなかった」
その時、クレナは勢いよく顔を上げて、クロンを睨み付けた。
「私が動揺しなければ――」
「してしょうがない。だが、それは全員同じだ。君の動揺に引きずられて動揺するような弱さだったから。一人で考え、行動できないようじゃ、デスゲームで生き残れない」
「ゲーム……これがゲーム!? 人がこんなにいっぱい死んで、それがゲームだって言うの!?」
「落ち着け。デスゲームは始まってるし、もうどうにもならない。前に経験しているからわかるんだ」
「経験って……あなた、セカンダーじゃないって」
「そうだ。込み入った事情がある。この世界に来る前から戦っていて……君みたいな人を見てきたからわかる」
「だったら……だったら教えてよ! なんで私は剣を振るってるの! なんで私は生きてるのよ!」
「みんな一緒に帰りたいからだろ。気持ちはわかるがゆっくり――」
「あなたに何がわかるの! この世界をゲームだと勘違いして、攻略もしないで、誰かを助けるわけでもなくて!」
それは本当に心に響く言葉だった。
ただ、クロンは本当に気持ちがよく分かっていた。
まさにクロンがそうだった。皆のために戦って……そして死んだ。
「そうだな。君の気持が全部わかるって言ったらうそになる。でも、自分だけ責めたって始まらないよ。んじゃ、邪魔なら帰る」
「待って……ごめんなさい。その、私……もう分からなくて」
「その気持ちはわかる。はあ……風呂、入るわ。借りていいか?」
「ん。そっち」
思い出したくもない事を思い出したのはクレナだけじゃない。
何か困れば風呂に入る。日本人らしい発想だ。
脱衣所で衣服装備を全て取っ払った。鏡に映る自分を見ると、男だと再確認できて助かる。
この世界は、ゲームじゃない。水がかかれば濡れるし、風呂は気持ちいい。
サクッとシャワーを浴びて、浴槽に浸かろう。
トプン、と子気味良い音が聞こえて顎までお湯に浸かった。
クレナの気持ちはよく分かる。だからと言って、このままではみんな死ぬだろう。
「て言っても……俺には関係ないのかな」
その時、トントンと、ノックのような音が聞こえて……入ってきた。
一応バスタオルで胸を隠しているクレナが少し恥ずかし気な笑みで入ってきた。
一瞬なにかしら間違えかけたが、よく考えたらクレナは自分のことを女だと思っている。
「いきなりごめんね。でも、なんだろ……ちゃんと話しておきたくって」
「あ、上がってから、で良いんじゃないかな?」
「ふふ、そうね。まあでも、せっかくだし」
「いやほんと、ちょっと待って見える!」
「ま、女の子同士だし」
「見えて……いや、待って分かったごめんなさい! 俺、男なんだ!」
†
現在・・・
「へえ、その見た目をいいことに、一緒にお風呂入ったんだ」
「あれだけ話して食いつくとこそこかよ、ナギハ」
ジト目のナギハにクロンは溜息を吐いた。そりゃ、そうだっていう話なのだろう。




