それが終わりの手
今日、町は喧騒に満ち溢れていた。
クロンはあまりの人の多さが起こしたがちゃがちゃ音で目を覚ましたくらいだ。
花瓶でも割れたのか、高く軽い音が鳴っていたせいだ。
「なんだよ……眠たいんだよ……」
昨日は双剣ネプティヌスの素材を集めるために35回もレイドボスを倒す羽目になった。
「うん? 祭りか?」
寝惚け眼を擦っていると、どんどんと部屋をノックされた、安い宿屋だ。音が大きい。
「はい……ナギハか」
「いやまあそうだけど……服ちゃんと着てくれん? 目のやり場に困るけぇ」
ナギハは片手で恥ずかし気な表情を隠していた。クロンは自分の格好を見て、はいはい、と上着やショートパンツを履き直した。
「で? なんだ」
「ああ、そうだ。知ってる? 疾風クレナが、正式に巨大ユニット、《テーブルナイツ》のサブリーダーになったって」
「それでこのお祭り騒ぎか?」
「その発表と同時に、《テーブルナイツ》が中小ユニットを一気に吸収して、規模が最大になったんよ。
同時に発表された、第一次【クレアドラ回廊】遠征隊が組まれたんよ。結果、疾風クレナがこのユニットそのものに秩序をもたらした」
「話が見えてこない」
「……厳粛で厳格な規制を設けたの。《テーブルナイツ》は軍隊みたいになった。
もう始まってるよ。低レベルプレイヤーのレベル上げ訓練が」
「あ? なんだそれ。まさか生産職や怖くて町を出ていない連中を無理に育てようって?」
「生産職は生産性が落ちるけえ。じゃけど、低レベルプレイヤーの訓練はしないとって」
「はあ……まあ良いか。クレナが正しいと思ってるならそれで。アーサーも許してるんだろう?」
「クレナっちの事信頼するのは良いけど、あのユニットは攻略にこだわってるんよ」
「悪いか? デスゲームを終わらせたいって気持ちはわからんでもないだろ。俺だってそうだった」
今回のような動きは別におかしなことだと思いはしない。
現に、以前のデスゲームでもクロンは同じような光景を見ていた。ただ今回は、信頼できる仲間がしようとしているのだから心配する素材はない。
それよりも恐ろしいことは別にある。
「もう、一年と半か。なあ、ナギハ。知ってるか? クレナの過去は」
「ナインスロートの話なら」
「ああ、そうだ。ちょっと前の話だよ」
†
1年前・・・
「レベリングは好調。俺もそろそろダンジョンに潜る生活でもしようかな」
森の中で装備を整え、ウィンドウを操作していた。前と仕様が若干違う。
クロンは既にレベル30程で、下手に死のうとしなければ死なないレベルだ。そろそろダンジョンの近くに小屋でも買ってスローライフを、そう思う時期だった。
「あら、クロンさん。久しぶりね」
「……ええと……クレナ?」
「あーあ、もう忘れちゃってるんだ。失礼しちゃうなぁ」
革製の赤い鎧を見に纏ったクレナが、数人の男を連れてやって来た。
「いやいや、君みたいな美人を忘れはしないさ。その様子だと、どこかのグループに入ったようだ」
「君って、本当に世間に疎いね。ユニットよ。《テーブルナイツ》今は狩りをしてるの」
「そりゃ良い。ソロなんてするなよー。この世界を攻略したいなら、な」
「ああちょっと待って。せっかく会ったなら、ちょっと話を聞いて行かない?」
「……九頭竜ならやめときな」
大方、規模が大きくなりかけた今、攻略の足掛かりに新レイドを攻略したいという気持ちはわかる。そろそろそういう時期だろうと、前の経験からも分かる。
「みんな、早く帰りたいの。あなたも賛成してくれないかな。あなたのお陰でここまで来れたっていうのもあるし」
「買いかぶりすぎ――」
「今見えたけど、レベル30、だよね。うちのユニットに入ってくれたら助かるんだけど」
「攻略したくないんだよ。スローライフが送りたいんだ、前世で疲れたからな」
「またそんなこと……じゃあどうして、あの時私を助けてくれたの? 世界を救わなくていいから、私を助けてくれない?」
少し困ったようなクレナの顔。
そう言われると異様に弱いところではあったが、クロンにもクロンなりの意志がある。
ソロをしているのも、理由があるように。
「どうしてこだわるんだ。もう少し待てばレベルの安全マージンも取れるだろ?」
クロンは相変わらず無表情だった。興味がないとか、そんな話じゃない。
「セカンダーたちがクリアした。私たちファースターを置いて」
この世界を現実世界で経験した者たち、セカンダー。
それ以外の何も知らないままこの世界に来たファースター。
両者の間には大きな隔たりがあった。クロンは初めて、困惑した表情を浮かべた。
「俺はセカンダーじゃないぞ」
「だからよ。あの人たちが自分たちのためだけに動いているせいで、私たちの攻略は遅れた。まあ、情報をタダで渡したくないって気持ちはわかるけど……そのせいで、何人も死んだ。
お願い、クロンさん。私と一緒に、来て?」
差し出された手を、クロンは取らないわけにはいかなかった。




