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雌雄を決す

「……何をしてるんだろ、私」

 真夜中の闇を眺めながら、クレナは髪をサラッと風になびかせた。

 町にある教会と思しき建物のバルコニーで夜風に当たる。久しく来ていなかった場所だ。

 風が心地いい。この世界が本当でも嘘でも、この風や心地良さは本物だと、クレナは確信に近いものがあった。

 だからこそ、先のナインスロート戦であったこと。

 過去のナインスロート戦であったこと。

 全て、本物だ。

「なによ、あんた。こんなところで。クズ竜倒したヒーローらしくないわね」

「……私はヒーローなんかじゃないよ、ライムちゃん」

 クレナは突然現れたライムに視線を送ることなく言った。どこか哀愁が漂っている。

 クレナのそんな様子を見たライムははっきりと視線を逸らし、イラついた表情を見せた。

「私は、言葉で話すのが苦手なのよ」

 ウィンドウを開き、いくつか操作をしたところで、クレナに通知が入った。

 アイテムを他者へ贈るプレゼント機能。そのアイテム受信通知だった。

 アイテム名《双剣ネプティヌス》

 まず首を傾げた。この世界に双剣は存在しない。剣士が持つ最高の持ち味は片手剣と盾。レイピアなどの速度重視片手剣。攻撃力特化の大剣などの両手剣――ライムは膂力極振りなので例外的に片手で扱える――が存在し、双剣と言うカテゴリの武器はない。

「なに、これ……オリジナルの武器? 製作者はナギハちゃんって」

「あいつに頼んで作らせたわ。それで私とデュエルしなさい」

 ライムは真剣な表情のままデュエル用のウィンドウを開いた。

「なんで私がデュエルなんか?」

「言った。私は言葉が苦手だ」

 理解は出来なかった。だが、今ここでライムから逃げることはできないのだと理解できた。

 双剣ネプティヌスを装備し、デュエルを承認した。聴衆はいない。真夜中の決闘。

(この剣、中々いい重さじゃない。さすが、ナギハちゃん)

 ナインスロート戦があってから、クレナはいつも愛用していた双剣を手入れしていなかった。とてもじゃないがそんな気分にはなれなかったのだ。

「良い剣」

「そりゃそうでしょ。あたしらが苦労して作った。んじゃあ、まともに戦ってもらわないとね!」

 場所を選ばないデュエル。今回は教会のバルコニー。

 大剣を振り回して戦うスタイルのライムでは圧倒的に不利である。

 しかし、ライムは鬼気迫る表情で突進して来た。

 悠々とかわす俊敏性極振りのクレナは逆にこういった狭所での戦闘に秀でている。

 ライムのソードダンス発動。たったの二連撃だが強攻撃が放てる大剣版ライズラッシュ

 剣先が顎元を掠め、クレナは一歩退く。間髪入れず、ライムが追撃を敢行。

 押しに押し、圧殺する戦闘スタイルはバーサーカーそのものだった。

 剣士でないライムが剣を使うとたちが悪いことこの上ない。

 一気に姿勢を低くして斬撃を躱したクレナは両方から挟み込むように剣を振るった。

 ライムは大剣を捨て、両の手で剣を受けた。苦痛に表情を歪めながらも、その口元は笑っていた。

 信じられない戦い方にクレナが度肝を抜かれていると、腹に激痛。

 この状況でライムはクレナの腹に蹴りを命中させたのだ。

 あるかどうかも分からない内臓がぐるぐると嫌な音を立てた気がした。

 ふと気づくと、既に剣を握っていたクレナが斬りかかっていた。

 素早く、すかさず、両の剣をクロスさせて受ける。


 ガギャン――


「ああ、手ぬるい、手ぬるいわね、クレナ!」

 更に押し込まれ、異様な重さの前にクレナは膝を屈した。

「つ……」

 剣が悪いんじゃない。剣のSPECを生かしきれていない自分が悪い。

 そう、いつだってそうだ。ナインスロートの時も、自分は勝手に戦って、勝手に味方を殺した。

 全てあとから来た、ライムにかっさらわれていった。

「あんたが弱かったからなわけ?」

「なにが……」

「あんたが弱いから死んだわけ?」

「つ……そうよ、私のせいで……」

 自分のせいで死んだ人がいる。昔も今も。

「違う。あんたが弱いからじゃない。死んだやつが弱かった」

「違う……違う違う違う!」

 力いっぱいに大剣を弾こうとするが、出来ない。重い斬撃を受け止めることしか、出来ない。

「そういうことよ。私はあんたのスピードには敵わないけど、あんたは私の力には絶対叶わない。それがステータス振りの理不尽なところなのよ」

「なにが……」

「あんたが何を抱えてんのか私は知らない。でもね、いつまでもうじうじと過去のことで先に進めないんじゃ、死んだそいつらは浮かばれないわ。

いつまでも、自分たちが弱かったせいで死んであんたを悲しませてごめんなさいって」

「あなたに何がわかるの! 私が助けてあげられたのに、弱かったせいで――」

「自分で何もかも守れると思うな! そんなに弱いと思うならいっそ死ね!」

 ライムはクレナの剣を舌から足で蹴飛ばし、がら空きの所に一撃加える。

 刹那――

 たった一瞬重さから解放されたクレナは横に跳び、ライムの腹に《ライズラッシュ》二連撃。

「つ……敏捷アップか」

「はあ!」

 赤と青のエフェクトがクレナの剣、双剣ネプティヌスにかかる。

 ライムは一方を大剣で弾き、もう一方を喰らった。

 が、水属性効果をふんだんに使った一撃は重く、思った以上にHPにダメージが入った。

(速い!)

(速い!)

 奇しくもふたりは圧倒的速さに振り回されていた。

 だが最後には……速さに慣れていたクレナが勝る。

 一撃加えた途端に五連撃。ライムは最初の三発を受け切ろうとした時には五発目が当たるチート級の速度。

 ある意味、ガード不可能。不可視の斬撃は一気にライムのHPを消し飛ばした。

「……これで弱い? 何言ってんのよ」

「ライムちゃん……」

 デュエルが終わり、ライムは装備を解いて男味溢れる笑みを浮かべた。

「あんたが苦しむ理由はたったひとつ。自分のためにしてれば都合が良いし楽だからって理由で、死んだ人間を見ずに来た。

 でももうそれは止めな。あんたは強い。きっとそこから立ち直るって……ああー、信じてる」

 後頭部を掻いて、ライムはクレナに背を向けた。

「……ありがとう。ライムちゃん」

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