ナインスロート討伐 動き出すユニット
「帰還を祝して、と言いたいところだが、我々は多くの優秀な人材を失った。今回の戦いで失われた命は4名分。
しかし、彼らのお陰で血路は開かれた。我々はついに、セカンダーではなく、我々ファスターのみで、かの九頭竜ナインスロートを討伐した!
ここに、私アーサーは宣言する! これより《テーブルナイツ》はダンジョン、【クレアドラ回廊】クリアに乗り出る! だがその前に、死者への黙祷だ」
アーサーの号令に従って、酒場の全員が黙祷と杯を捧げた。
クロンも例に漏れない。一応は戦列に参加していた。誰の記憶にも止まらないが。
(合点いった。アーサーはこれがしたかったのか)
セカンダー、つまり、GMが最初に言っていた、このゲームを知っている人間たち。
彼らを抜きであの九頭竜ナインスロートを倒したとなれば一躍トップに躍り出る。
危険を冒す価値は十分ある訳だが、何が正解各論には分からないからアルコールを口にした。
「おっす、クロン。うわ、辛気臭いわね」
気の置けない存在であるライムがオブラートに何も包まず言い放った。
ドカッと座った彼女は、装備をラフなものに変更した。肩が出たプリントTシャツにキャミ。ホットパンツに二―ソックス。下手をすれば下手をしかねない。
「口を開けば……なんだ?」
ライムはじーっとクロンの顔を見ていた。まじまじと。
「あんたって美人よね」
「はあ!?」
「今回の作戦でアーサーはあんたが参加したことに感づいていない。ただ、アーサーの精鋭は10人。参加者は12人になってる。いずれは――」
「だーいじょうぶ。そん時は僕が参加したことにすればいいけぇ」
「ナギハ」
フードかポンチョか、とにかくナギハは被り物を脱いだ。
ぴょこんと、狐の耳が飛び出てきた。
この世界ではたまにライムやナギハのように獣耳が出てくる。その出現条件は未だにわかっていないが、とにかくレアだ。
「クロンっちもライムっちもお疲れ。いやいや~、町中に新聞回して噂まわしまくりにしといたよ」
「止めてくれ」
「もちろん、クロンっちのことは秘密。ライムっちが代わりに超有名人。一人軍隊ってさ」
「ライムが本気を出せば実際に一人軍隊さ」
空になったコップを軽く振って卓の上に置き直すと、横から新しい物を注がれた。
「ミュウル……」
「ありがとうございました、クロンさん。あなたのお陰で、正式に《テーブルナイツ》の入団が決まりました。レベルも今は17です」
「おめでとう。でも俺は何もしてないよ。この二人のお陰だ。あと、クレナ」
「ふふ。でも、あなたのお陰で道が開けましたもの。ところで、また今度お話ししましょうね。女の子同士、色々と」
女神のようなニッコリ笑顔を浮かべ、大きな胸を揺らしながらミュウルは去って行った。
しばらく呆けていたクロンは、違和感に気づいて思わずライムとナギハを振り返った。
「待って、え、女の子……同士!?」
「くっくっく……いや、ほら、あんた、美人だしくくく……」
「ふふふふはははは……ヤバい、これはツボる」
何を考えているのか明白。2人は笑いを堪えられないらしく、最早吹き出していた。
「なんで……だよほんと」
「顔じゃない? んで? アーサーは次に何をしようって腹かな?」
「未踏のダンジョン、【クレアドラ回廊】のクリアっしょ。いやいやよくやるよね。今までセカンダーしか倒した事のないモンスターを倒す。そりゃあ、良い宣伝になるよ」
「だからって、無理してでもやるべき事? 何人死んでると思ってんのよ」
「4人だよ」
「あんたが戦えば、もっと早く終わってた。死人も、いなかったかもね」
「……俺を買いかぶり過ぎだ」
「ふーふ、そーそろそろ、教えてくれてもいいんじゃないっすか? クロンっち。なーんで強いのにそれを隠して、裏から助けるような真似をするん?」
「あんた、帰ってきたら話すって言ってたわよね。ま、ここに美味い飯はないけど」
「つまらん話だ。過去に俺は、約束した。お前がこの世界を終わらせろと。だが、俺は約束を守れなかった」
「あんたって、一体どこから来たわけ?」
「デスゲームは2度目とだけいっておくよ」
椅子にぐっと背中を押し付けた。2度目のデスゲーム。約束は果たせなかった。
「もう2度と、あんな思いはしたくない。分かるか? 約束を目前に、俺は死んだ」
「あんた、セカンダーじゃないって言ってなかったっけ?」
「セカンダーじゃない。ただ、デスゲームは2度目なんだよ。説明が難しいけど、な」
「……今度また聞かせなさい。わたしゃ疲れたから帰るわ。あと、あー……クレナに会ったら労ってやんなさい。一番頑張ったの、あいつだから」
気恥ずかしそうに後頭部を掻いて、ライムは店を後にした。
後を追うように、結局一言も発さなかったナギハもポンチョを被って出て行った。
後味の悪い酒だった。
†
「ここに揃っているのは、幹部と、あの地獄を生き延びた者たちだ」
アーサーは自らの執務室で、執務机の中で、言葉をゆっくりと落とした。
目の前には、クレナを含めた幹部たち。その顔は緊張と重々しさと、疲労で満ちていた。
1年間、安全マージンを十分とっていたために、《テーブルナイツ》内でのダンジョン攻略もしくはモンスター討伐で戦死者はなかった。
それがただの一度出ただけで4人死んだ。あってはならないことだ。
いいや、アーサーならば有り得ないことだ。
「まずは諸君に……謝罪する。諸君らの友を、私の独断で殺してしまった。
私に力がなかったがために、殺した。その罪は一生背負うつもりだ。
だが、4人の尊い犠牲があったからこそ、私は始められる。
これより、未踏のダンジョン【クレアドラの回廊】をクリアし、戦力を大幅に増強。【4竜の塔】攻略に乗り出す」
誰も異見しなかった。出来るはずもなかった。
《テーブルナイツ》は誰も無しえなかった物語をついに始めようとしていた。誰もが諦めかけていた攻略。その準備には人でも、そして金も足りなかった。
「リーダー。あなたのせいじゃ、ありません。私の……」
「クレナ君」
アーサーが諭すように声をかけるも、クレナは外へ飛び出した。
追いかけようとする者も、その背中を責める者もいない。もちろんだ。
「では始めよう。遠征の準備だ」




