九頭竜の首
「スイッチ!」
「待ってくれクレナ、一度俺たち銃士で敵のヘイトを稼ぐ。お前たちは下がれ。本隊が合流する!」
「だったら、あなたとあなた、下がって。こいつは、私がやる!」
「おい待――ええい、下がれ、下がれ! クレナは一旦無視しろ!」
銃士部隊はマガジンにが空なるまで弾丸をばらまいて剣士たちが一度退いて回復する手助けをする。
ヒーラーがいない分、回復は自身が持つポーションだけに限定される。
つまり、前線でスイッチを繰り返していればいずれ回復する時間は間違いなく必要になる。
だが、クレナはそこまで洗練された戦術を全て無視して攻撃を続けた。
ただの暴走じゃない。自分でわかった上で、攻撃を続けている。
(このモンスターを倒さないと、私は私を許せない)
首による直接攻撃とレーザー攻撃。2種類の攻撃の組み合わせは嵐と変わらない。
ヒュンヒュンと風を切る音が鳴る度に、昔を思い出した。
攻撃を受けていないにもかかわらず、チクチクと痛みを覚えるようだった。
(戦っているのかな……わからない。ただ私は今、剣を振っている。命を削っている。生きている)
盾を持たないクレナは剣で受け、無理なら篭手や鎧を使って受け止める。
HPはどんどん削られているが、それでも半分少々残している辺り、驚異的だ。
「私は、あなたを倒して過去の鎖を断ち切りたい」
「その役に、私もぜひ混ぜてもらえないだろうか」
白銀の鎧が輝き、剣が竜に突き刺さる。
「このソードダンスは近距離じゃないと使えない。《ブレイズファイア》」
アーサーの剣から炎が迸り、斬撃のエフェクトが円状に広がっていった。
わずかに竜が怯み、ディレイの中アーサーは薄らと笑みを浮かべた。
「知っていた。君がどれ程の傷を負ったか。どれ程の悲しみを背負って、今やトップと呼ばれているか。そのはずだった」
何も言えないまま、クレナはジッと、戦場で、それも、竜の上でアーサーの話を聞いた。
アーサーはディレイのエフェクトが解除されると同時に……クレナの頬を打った。
乾いた音が戦場で響く。銃声よりも、痛々しく、明瞭に。
「君の勝手な行動で多くの仲間が危険に晒された。君の傷を私がすべて理解しているとは言わない。
だが、私は少なからず全員の傷を知っている。
私には、彼らも、彼らの守る者をも守る義務がある。全員、このゲームをクリアするための駒じゃない。生きているんだ」
クレナは頬を抑えながら、瞳に涙をためた。
この世界では不要な生理現象は排斥され、必要な感情表現が大きく演出される。
悲しいから、痛いから泣いたわけじゃない。よくわかっているから、泣いた。
「……申し訳ありません、リーダー……でも、私はこいつを倒さないと……」
「ああ、分かっている。倒すなとは言っていないさ」
アーサーはクレナの頭に手をそっと置き、剣を構え直した。
「皆で倒すんだ」
アーサーの剣が白い光に包まれる。アーサーは切っ先を上に掲げ、光はもっと激しく輝きを増した。
「エクス……カリバー!」
アーサーが振り下ろした光の剣が、とうとうナインスロートの体を一気に揺すった。
とんでもない一撃が竜を押し倒した。
これが、アーサーだ。
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名前:アーサー
職業:正騎士【S】
ランク:S
レベル:50
HP:2200
MP:2200
筋力:3000
敏捷:2000
スキル《英雄奮迅》《急所集中》《スライドガード》
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《英雄》アーサー。彼の持つ唯一のソードダンス、《エクスカリバー》
MPの半分を使う強力な一撃を叩きこむ技。消費MPの量に比例して攻撃力が上がる。
強烈な一撃が皆の目を覚まさせる。
「竜も転ぶ。奴も私たちと同じだ、倒しきれば、死ぬ! タンク部隊整列!
銃士はウィークポイントをそろそろ見極めたな。精密射撃に固定だ。
敵のヘイトは私と……行けるか、クレナ君」
「……はい!」
「よし、敵のヘイトは私とクレナ君に任せろ。剣に誓え、全て守る!」
『全て守る!』
攻勢に打って出た。これで一気に形成が傾くものと信じていた。
幸いにも、この少ないパーティーでなんとか戦うことが出来るシステムが構築されている。敵が他にいないのだ。
なぜ、今までただの一度しかこのクエストがクリアできていないのか。
理由はメンツが少ない上にあらゆるところから敵が沸き起こってきていたからだ。
ナインスロートをまともに相手することが出来ないまま、雑魚に倒された。
しかし今は少なくともそんな脅威に晒されてはいない。
チャンスだった。
そう、だったのだ。
「ヒュゴオオオオオ!」
9つの首が騒ぎ、足が一瞬で地面を蹴る。
首が地面を向いたまま、レーザーが地面に放たれながら回転。一気に爆発が起きた。
驚異的な爆風が巻き上がり、赤いエフェクトが飛び散った。
「つ、一度距離を――」
アーサーが言葉を切った。
「そんな、嫌だ、止めて……」
クレナが目を見開いて、倒れた仲間に駆け寄ろうとする。
だが……彼らは光の粒子となって消えた。モンスターと同じように消えた。
何も抱きかかえることが出来なかったクレナは掌をただじっと見つめていた。鎧に包まれた。
1年前よりも強いはずの装備は、あの時と変わらず震えていた。
「いや、なんで、また、私は……守れなかった……」
「良いか落ち着け、クレナ。ここにはまだ、8人いる。それを守れるのは誰だ。君か、私か?」
アーサーはクレナの背中を叩き、2度しか放てないソードダンス《エクスカリバー》を放った。これでMPは0だ。
実質、敵のヘイトを稼ぐのはもう、クレナしかいない。
ようやく理解した瞬間、クレナは剣をくるくると回し、構え直した。
「私が約束する。もう、命が無駄に消える瞬間を見せないって」
地面を蹴り上げ、両手剣で一気に攻めたてる。
頭の一つを、まるで隕石のような疾風が……叩き潰した。
部位破壊――
2度のエクスカリバーにこの猛攻。間違いなく、ダメージは入っている。
まだまだここからだ。
「回復を済ませる。他のメンバーは体勢を立て直せ。行くぞ」
アーサーが使えるまで、あと少しだ。




