第七十九話 酒場での会話
二人きり飲み会では人類種の発展とは具体的に何を指すのかなどの真面目な話も無くはなかったが、酒も入っていた事もあって大抵の話が与太話の類のものだった。
ただその中でも幾つか印象的な内容もあった。
「人類種の発展が私たちの使命だけど、必ずしも人類の味方にならなければならないわけじゃないみたい。現に人類種の敵となってその牙を剥けた異世界人も中には居たみたいだし。でもそういう存在でさえ人類種にとっての乗り越えるべき困難として『行先案内人』は容認しているって話よ」
「その感じだと本当に何でもありなんだな」
つまりそれは善悪に関わらず人類種の発展のためになるのなら何をして問題なく、多少の犠牲を出すくらいは構わないということなのだから。
「だから特に意識して何かをする必要性を私は感じてないわ。勿論これは私個人の意見でそうじゃない人も中に入るみたいだけどね。例えば「力の信奉者」に居る御子柴はその使命を果たすことを生きる目的としているみたいだし」
なんでも御子柴という人物は死に掛けて絶望していた所を救われたことで『行先案内人』を神のような存在として捉えているのだとか。
そして自分をその使いのような存在だと考えているらしい。
「ちなみにあれが「力の信奉者」に所属しているのもそこが一番使命を果たすことが出来る場所だと考えているかららしいわ」
これまで幾度となく大きな問題を引き起こしてきた、あるいは引き起こしかけてきた「力の信奉者」という名のクラン。
だがそれなのに未だに解体などの重い処罰が下る様子が無いのは、そのクランが外を攻略する上で大きな役割を果たしているからだと桜は述べた。そして御子柴もその有用性の方を重視しているからこそそこに所属しているらしい。
「人類の活動範囲外、外縁と呼ばれているところはあなたが思っているよりもずっと危険でふざけたところよ。それこそ探索に出て無事に戻ってこられる存在はなんてほんの一握りの規格外だけ。そして「力の信奉者」は数少ないそれを為し得るクランの一つなのよ」
外縁もしくは外縁部分と呼ばれる地域ではそれこそ迷宮のボスのような強力な魔物などが腐る程おり、一度足を踏み入れればそれらが容赦なく襲い掛かって来るとのこと。
そして活動可能な範囲内と違って街なども無いから休める場所もほとんどない。
それは空や海も例外ではなく、竜などの強力な存在の縄張りになっていることも少なくないそうだ。
つまり外縁は地球で言うのなら危険な猛獣だらけのジャングルのようなところと言えばいいのだろうか。もっとも魔獣や魔物が蔓延っているこの世界ではその危険度は比較にもならないのだろう。
俺と同じくチートを与えられた桜でさえ命が惜しいから外縁には出たくないと言う程だし。
「一応忠告しておくけど、あなたも外縁に出ようなんて考えるのは止めておきなさいよ。チートを与えられたことで調子に乗って外縁に行って帰って来なかった他の同郷の奴らと同じような最期を迎えたくないのならね」
それだけ外は危険だと暗に桜は告げていた。
「だからこそ「力の信奉者」にはある種の優遇が成されているって訳か」
なお「未知の世界」もその数少ない優遇されるクランとのことだ。
「それと下手に潰そうとして抵抗されたら厄介極まりないのもあるでしょうね。それによって生まれる被害も洒落にならないでしょうし」
仮に無理矢理にでも戦力をかき集めて「力の信奉者」というクランを壊滅させたとしてもデメリットの方が大きい。それほどまでに外縁の探索とは人類にとって大きな意味を持っているらしい。
(まあ土地の開墾をするにしても既存の範囲では限界がある。だけど奴らがその活動範囲自体を広げてくれるなら話は変わって来るからな)
それ以外にも外縁でしか手に入らない稀少な物もかなりあるようで、それを「力の信奉者」奴らは各国の貴族などに割安で供給してくれるのだとか。
それで貴族などに強いパイプを持っており、周りはそう簡単に手が出せないようになってしまっている。
(まあそういうやり方もあるわな)
これらは一見するとあくどい事をやっているように聞こえるが必ずしもそうとは言い切れないのである。何故なら実際に「力の信奉者」は人類種の活動範囲を広げるのに役立っているからだ。
それ以外でも時折やってくる外縁からの襲撃者、つまり強力な魔物などを退けるのに一役買っているというのだから彼らもそれなりにやることはやっているようだ。
それを考えれば人類種の発展に貢献していると言えなくもない。
もっともそのやり方を好きになれるかどうかで言えば話は別だが。少なくとも何度も迷惑を掛けられている俺からすると、そのやり方に理解は出来ても同意までは出来ないといった感じである。
これが迷惑を掛けられていなければ話は変わって来たのかもしれないがそれは今更である。
「まあ俺もまた死ぬような目に遭うのは御免だし、しばらく近付く気はないさ。今は共に行動する仲間も居るからな」
「それが賢明よ。って仲間で思い出したけど、三人も可愛い女の子を侍らせてるってあなたこっちの生活を本当に満喫してるみたいね。私なんてこっちに来てから恋人出来たことないのに羨ましい限りよー」
その後はそろそろいい齢だから結婚したいなどの愚痴が続いたので俺は苦笑するしかなかった。
それ以外にもくだらない話や天職についての話などをしながら気付けば二人で只管飲み続け、翌日の朝になって桜と再会を約束して別れると宿に戻る道を歩いていた。先程まで話していた内容を色々と思い出しながら。
(人類種の発展か……俺を救ってくれた『行先案内人』には悪いが、やっぱり積極的にそれをやる気にはなれないな)
御子柴という人物が使命を果たす為に尽力しているのに対して俺はその逆だ。つまり使命など気にせず新しい人生を謳歌する気なのに変わりはなかった。
ちなみに桜や竜也さんもどちらかと言えば俺と同じ側らしい。
だがそれと同時に竜也さんに付いて気になるのもまた事実だ。あの人が俺がこの異世界に来ることに関係しているのならそれを知りたいとも思う。
「……だったら探し出すしかないか」
その時は竜也さんが世界を行き来する時に持って来た物だと確認の取れたこの煙草を返してやる事にしよう。
あなたは俺に何をしたのか、という質問と共に。
そう思いながら俺は新しい方の煙草の贋作に火と点けるとそれをゆっくりと灰の中へと取り入れる。
「ふう……」
使命とやらが明らかになったと今でも俺は生き方を変えるつもりはない。
色々と話を聞いて戸惑う事はあったが、少なくともそれだけは俺の中で確固たるものとして決まっていた。
吐き出された紫煙が空へと舞い、やがては消えていく。
それを眺めながら俺はロゼ達が待つ宿へと戻って行った。




