第七十八話 為すべき使命とは
お待たせしてすみません。
酒場の店主に急に出ていった事を謝罪すると意外にあっさりと許してくれた。恐らく代金を桜が払ってくれていた事が大きかったのだと思う。
そんなこんなで改めて元の席についた俺は桜にこの世界に来てからの事についての大まかな経緯について話した。
「なるほどねー。何となくだけど事情が分かって来たかもしれないわ」
それを聞いた桜はしばらく考え込んだ後にやがて答えが出たのかこちらの目を見て口を開く。
「既に分かっているでしょうけど私も竜也もあなたと同じように『行先案内人』によってこの世界に連れて来られた一人よ。ちなみにその枠は全部で七つあって、死んだりして欠員が出る度に逐次補充されるみたい」
竜也さんは大よそ七年前、桜は四年前にこの世界にやって来たらしい。
それも俺と同じく事故などでその後の日常生活に支障が出るくらいの大怪我を負った時に『行先案内人』という存在の導きによって。
これが偶然だとは思えないし、どうやらそれが選ばれる要因の一つのようだ。
「それで『行先案内人』の目的だけど、言うなればそれは人類種の発展ってところかしらね」
「人類種の発展?」
人類種とは人族や獣人族、エルフやドワーフ等といった魔獣や魔物ではないとされる存在の総称の事である。要するにこの世界での人間という枠組みに入る者達の事だ。
ただその発展と言われてもいまいち理解出来なかった。漠然とし過ぎているからだ。
それを分かっているのか桜はすぐに続きの言葉を口にする。
「まずはこれを見て」
そこで桜は懐から地図を取り出すとテーブルの上で広げる。どうやらそれは世界地図のようだった。
「そう言えば世界地図は初めて見るな」
この地方などの限定的なの物なら貰ったこともあるから見たことがあるが、世界全体の物は探しても見つからなかったのだ。ギルドではランク不足で閲覧できなかったし。
こうして初めて見るこの世界全体が描かれたそれには幾つかの大陸や海があり、その中の一定の範囲が赤く色付けされていた。
陸と海を合わせても全体の三割に届かないくらいだろうか。それ以外には色が付けられていない。
「この赤く色づけられた範囲が今のところの人類種の活動が可能とされる範囲。つまり人が生きて行けるとされている範囲よ」
それは逆に言えば色が付けられていない半分以上では生きて行けないということである。その中には丸々一つ色が無い大陸さえ存在していた。
つまりそこでは人は生きてはいけないということになる。
「さっき人類種の発展って言ったわよね。その具体的な内容だけど、私達はこの赤い範囲を広げるってこと。その為に私達はこの世界に召喚されたのよ」
「つまり人類が活動できる範囲を広げる為に俺達は『行先案内人』とやらに呼び出されているって事か?」
この言葉に桜は概ねその通りと頷く。
「もっとも基本的にはこの世界に居る間『行先案内人』は私達に干渉できないから自然と各々の判断に任せる形にならざるを得ないらしいわ。まあ何かをしようとしなくても勝手に人類種の発展に関わるようになっているんだけどね」
『行先案内人』によってこの世界に召喚された者達は一人の例外も無く貴重で強力な天職をその身に有する事となる。
その時点で何事にも関わらずに平穏に過ごすのはまず不可能なのだと桜は断言していた。
「この世界には『予言者』みたいなこっちが何をしていなくても正体を察してくる存在がいるのよ。力がある以上はいずれ見つかって騒動に巻き込まれるか、騒動を引き起こす事になるわ。現にあなたもそうだったでしょう?」
そう言われると確かに心当たりが有り過ぎて否定できない。現につい最近も騒動に巻き込まれたのだから。
そう考えると覚えのある『行先案内人』に提示された天職がどれも強力そうだったのは必然だったのだろう。そうやって隠し切れない力を与えることで逃げ場を無くしていたのだ。
まあこの世界で生き抜くには力はあって困る物ではないので別に構わないが。むしろ与えられない方が困る場合の方が多いだろうし。
「他にもあるのかもしれないけど、私が『行先案内人』について知っている事はこれぐらいね」
「そうか……ってちょっと待った。『行先案内人』の件はともかくとして竜也さんについては明らかにおかしい所があるぞ」
仮に竜也さんが説明通りに七年も前にこの世界に来ていたのなら俺と出会ってはいなかったはずだ。だけど実際に竜也さんは大学生活を送っていた。
それは疑いようのない事実である。
もしかして意外と簡単に元の世界に戻れるのかと問うと基本的には不可能だと首を横に振る。
「ただしこの世界で唯一人、竜也を除いてって条件が付くけどね」
「竜也さんだけ?」
その理由は実に簡潔なものだった。
「竜也の天職は固有職の『旅行者』で、その気になれば世界と世界を渡ることも出来るそうよ。だからあいつは元の世界とこの世界を行ったり来たりして生活してるってわけ」
そしてそれ故に竜也さんはこの世界で恐らく唯一『行先案内人』と何度も会うことのできる存在なのだとか。この世界に居る内は無理でも、その世界という枠組みから出ればその限りではないという風に。
「あるいはあの様子だとあなたがこの世界に来たのにも竜也が関わっているのかもしれないわね。『行先案内人』と会う事ができるって事は交渉する事も不可能ではないでしょうし」
「教えて貰っている俺が言うのもなんだけど、そんな事をペラペラと他人に言っていいのか?」
「ふん! 楽しみにしてたこの飲み会をバックれたあいつが悪い。つまり自業自得よ」
竜也さんや桜は定期的に同じ異世界人と連絡を取ってお互いの情報交換を行おうとしているのだとか。今回この酒場に来たのもその一環だったらしい。そして桜にとってこの飲み会は数少ない気の休まる機会なのだとか。
「もっとも連絡が付かない人も居れば、付いても来ない人がほとんどなんだけどね。実際少し前までは今日も私と竜也の二人だけになると思ってたし」
そう言いながら桜は俺の肩に手を回すと逃がさないと言わんばかりに力を込める。
「と言う訳で代理として今日はあなたにとことん付き合って貰うわよ。私もあっちに戻るつもりはないとは言え、どんな風になったのかくらいは聞きたいし。なにより同郷の者でなきゃ分かり合えない話もあることだしね」
酒のつまみに俺が知り得るあちらの世界の事を話せと桜は案に告げていた。
恐らくは戻る気はないけれど、望郷の念が完全に無い訳ではないのだろう。
現に携帯電話の機能が昔よりずっと充実しているとか、持ってこられた化粧水などを見せるなど俺からすればなんて事のない、実にくだらない話でも楽しそうに、そして嬉しそうに聞いていたのだから。
俺としても最初の内は渋々と言った感じだったのだが、気付けば夢中になって話をしていた。あるいは自分ではそんなものは既に捨てたと思っていたのだが、俺の中にも故郷への思いという奴が残っていたのかもしれない。
そうして俺達は互いに色々と語り合った。
気付けば大量の酒瓶を開け、朝日が差してくるその時まで。




