第六十九話 戦の前の腹ごしらえ
まさかの自分より年上だったエストの調査のやり方は俺達の誰も真似できないものだった。
それもそのはず。何故ならエストが調査をお願いしたのは生きている相手ではなくこの辺りに漂っているという死者の霊達なのだから。
「それにしても幽霊か。それって俺も死んだら霊になるってことなのかな?」
「分からない。全ての人が幽霊になる訳ではないから。それにたとえそうなっても常に活動している訳ではないし、やりたい放題出来るって訳でもない」
基本的に魔獣化や魔物化していない霊は『死霊魔術師』や『霊媒師』などの干渉してくる存在が居ないとほとんど活動せずに眠っているような状態の場合が多いのだとか。
それに生きていた時の意思や性格が残っているのは死んでから時間の経ってない霊だけで、更に長い時間が経った霊は依代となる何かがなければその存在を保っていられず消えてしまう場合が多いらしい。
それ以外には魔獣化や魔物化して悪霊になるケースなどもあるにはあるが、その場合は大抵元の存在とは既に別物となってしまっているとのこと。
スカルフェイスがその一例と言える。
「だから今、私と共にいて話をしている霊達もいずれは私を置いて居なくなってしまう。それはやっぱり少し淋しい」
だから生きている者が苦手でもクランに所属し続けた面もあるのだとエストは言う。似たような境遇の者も居たし、そこに居れば少なくとも孤独ではなくなるからと。
「だけど今はイチヤが居るから淋しくはない」
「それはよかった。でもあっちだって俺と同じ異界の人間は居たんじゃないのか?」
「確かにミコシバはそうだったけど、あの人はほとんどクランの本部には現れなかったから。それに私も命令を受けて外に出ている事が少なくなかったし……って、見つけたみたい」
調査に出かけたと言う霊達が戻るのを待ちがてらそんな話をしていた俺達に遂にその知らせが来た。
エストは何もない空中を見て何度か頷くと、こちらに向き直ってその内容を告げてくる。
「ここからそう遠くない海沿いの洞窟の中に怪しげな二人を発見したって。私みたいに変な格好の奴だったって話だから、たぶん間違いないと思う」
随分と自虐的で根拠というには些か怪しい発言だったが何故か妙に説得力があった。と言うか自分でも変な格好をしている自覚はあったらしい。
(だったら何で着替えないんだよ……)
そう思ったところで俺はすぐに自分の考えが間違っている事に気付く。
対人関係が壊滅的なエストが買い物をするなんて事はまず不可能なのだ。だから替えの服を買いたくても買えなかったに違いない、と。
一応シャーラの健康状態に問題はないかを診て貰ってはいたが、肝心なところを失念していたらしい。
現にその小さなお腹から随分と小さくと可愛らしい音がたった今この場で鳴ったところだし。
「い、今のは私ではありませんよ!?」
「分かってるから落ち着け、ソラ。と言うかその発言はある意味自爆に等しいぞ」
その音と今回は全く関係ないのに過剰反応したソラは逆にその態度が墓穴を掘っている事に遅れて気付いたのか、そこでしまったという表情をしながら顔をまた赤くしていく。
その隣のロゼが必死に口元を震わせながらも我慢していたが、明らかに隠せていなかった
まあシャーラが隠す気も無く普通に声を上げて笑っている時点で我慢する意味なんてないんだけど。実に情け容赦ない奴である。
そんな状況が掴めていないらしい、鳴ったばかりの自分のお腹を押さえて首を傾げているエストに向けて俺はこう言った。
「とりあえず腹ごしらえにしよう。腹が減っては戦は出来ぬって言うしな」
◇
それから「私はまだこんな報酬を貰える程の働きはしていないはず」とか言って戸惑いながら遠慮したエストだったが、それを無視して俺は食事と替えの衣服を与えた。
それも半ば無理矢理に。
だってソラとロゼの時に学習したのだ。こういう相手には強引なぐらいで丁度いいと。
そんなこんなでちゃんとした衣服や装備を与え、食事も済んで全員が準備万態になったところで俺達はエストの案内の元にその海辺の洞窟とやらに向かっていた。
「やっぱりイチヤは変。普通は報酬の前払いなんてしない」
「まだそんな事を言ってるのかよ」
「だって変だから」
そう言いながらもこちらの用意した綺麗な服に着替えてから若干上機嫌になっているのは気のせいではないだろう。
変と言うその言葉もどこか温かみが感じられるし。
「まあそれは否定できないわよね」
「でもそれがイチヤ様の素晴らしいところでもあります」
「ほら、二人もそう言ってる」
「分かった、分かった。俺はそちらの言う通り変な奴ですよ。というか誰もそれを否定してないっての」
食事を共にしたからか、それとも忌み職という自分に近しい天職を持っている相手だと分かったからか、この通りエストとロゼ達はそれなりに仲良くなっていた。
二人はエストの苦手な生きた人間だというのに。
まああくまで苦手なだけで嫌いではないそうだし、絶対に仲良くなれないという訳ではないようだ。
これから共に行動する事を考えれば仲良くしておいて損はないので俺としてもその事自体に文句はない。
ただこのままだと男一人で色々と数の面で不利になりそうだという心配はなくはなかったが。
(次に仲間を加える時は男だな、うん)
別にハーレムを作りたい訳でもないし、そうすることにしよう。
そんなこれから戦いに向かうとは思えない程のんびりとしていた俺達だったが、流石にその洞窟近くまで来た時には真剣な態度へと気持ちを切り替えていた。
「……うん、まだ中に居るって」
人数は二人で男女が一人ずつだそうだ。
「外見から誰か特定はできたりしないの?」
「直接見てないから何とも言えないけど、聞いた限りでは私はほとんど関わったことない人だと思うから分からない。まあそもそも私が覚えてる人なんてたかが知れてるんだけど」
クランに対しての興味の無さがここでも発揮された訳だ。自分と同じクランに所属しているメンバーすらほとんど覚えてないとかどれだけである。
シャーラの方もその特徴などを聞いても誰か分からなかったので、やはりぶっつけ本番で挑むしかないみたいだ。
(これで相手が誰か分かれば対策とかも立てられたんだがなあ)
残念ながらそこまでの幸運には恵まれないらしい。と言ってもエストに出会えただけで十分運が良い方だろうが。
そうでなければこんなに早く洞窟に隠れている「力の信奉者」のメンバーと思われる二人を見つけられなかった事だろうし。
あるいはこれさえも例の『予言者』の導きなのだろうか。
「……まあなんにせよ、警戒は怠らずに行こう」
たとえそうであったとしても俺達がやる事に変わりはない。
そうして俺達はその洞窟の中へと足を踏み入れて行った。




