第六十八話 力の信奉者
それから一旦アストラティカの宿に戻った俺達だったけど、その道中は色々と大変だった。その理由はエストが思っていた以上に生きた人間が駄目だったからだ。
出店で賑わっている道を通ろうとすればその場で固まって動かなくなり、他人に接触しそうになると飛び退く。
その先に人が居れば連続で止まる事のない跳躍地獄の始まりだ。
それ以外にも出店の店主などが客寄せの大きな声を上げただけでその場で座り込みかけるなど、今までどうやって生きて来たのかと思う程にエストの対人恐怖症と言うべきそれは深刻だった。
これで俺が異界の人間で大丈夫でなければ、どうしようもなかったに違いない。
後衛職の『死霊魔術師』とは言えレベルⅧも有ればそれなりの身体能力は持っているようで、無理矢理抑えるには中々に厄介だったし。
まあ最終的には体が華奢であることもあり、触れても大丈夫な俺が肩の上に乗せて運ぶ事でどうにかした。
それで目立つと視線が集まってエストが固まるが、まあ髪の毛や頭部のどこかを多少強い力で掴まれる程度なので問題ないと判断した。
きっと毛根も強くなっている事を信じているので。
「お前、今までどうやって生きて来たんだ?」
外見からして年齢は十代半ばぐらいだろうが、それにしたってここまで対人関係が壊滅的だと苦労することだろう。
「街中での仕事とかは全部他の人に回されていたから問題なかった。私に求められたのは死者や亡霊関連の事ばかりだったし、困った時は全て他人に任せていた」
「それ、胸を張って誇らしげに言うことじゃないからな?」
そうして宿の部屋に辿り着いた後、俺は「力の信奉者」についてなど色々と知りたい事についてエストに尋ねる。
エスト曰く、「力の信奉者」はその名の通りこの世界での絶対的な力の象徴とも言える天職だけを重視しているクランで、それ以外のことについては特に制限のない「未知の世界」と並ぶ異端のクランとして知られているのだとか。
「あのクランは力がある者なら誰でも歓迎する。例えそれが極悪人でも聖職者であろうとも関係なく。だから私のような社会に馴染めない不適合者もよくそこを居場所にする」
(自覚はあるんだな)
そのクランの特性状、異端な奴ばかりが集まる傾向がある事から多少変な奴が居ても周りは気にも留めないとのこと。そういう意味ではとても過ごし易かったとエストは言う。
幹部からの指令に従えば、その対価に見合った金や食事などの生きて行くのに必要な物を与えられるのもエストにとっては助かったらしい。
一人では買い物もまともに出来ないから仕事をすることでそういった生きて行くのに不可欠な行為を補っていたらしい。
「だけど私は追い出されてしまった。だからこれから先、どう生きて行けばいいのかも分からない」
三歳というかなり早い時期から『死霊魔術師』として目覚めていたエストはその所為で両親に捨てられてからずっとそこで過ごして来たらしい。
だからこそそこで、そしてそうやって生きて行く以外の術を知らないのだった。
元々ディックの件もあって「力の信奉者」に良い印象を持っていなかった俺だったが、これで更にその印象は悪化した。
別に天職至上主義なのは構わない。感じ方は人それぞれだと思うし、それを無理に強要したりしない限りは問題ないと思う。
勿論感情面では別な面もあるが。
ただ幼い頃に使えそうだからと拾ってそれ以外の生き方を教えることなくここまで育てておいて、それより良い存在が現れたら不用品のように捨てる。
その人を駒としてしか見ていないようなやり方は断じて受け入れられない。
そしてなによりその勝手さと理不尽な行いに憤りすら感じるというものだ。
もっとも捨てられた当の本人は全く気にしていないようだったが。あそこはそういう場所だと平然とした様子で言っているし。
「仕方ない。天職はこの世界でとても重要だから。中にはそれを覆せる存在も僅かにいるけど、それはほんの一握りの存在だけ。その他大勢は良くも悪くも天職に人生を左右される。所詮私もその内の一人に過ぎない」
確かにロゼやソラ、そしてシャーラでさえ天職によってこれまでの人生がある程度決まって来た事は紛れもない事実だった。
だからこそロゼとソラは奴隷だったのだから。
それがこの世界の摂理であり常識。そういうものだと理屈の上では分かっているものの、別世界で、そして別の摂理や常識で育ってきた俺にとってそれは理解出来ても納得出来るものではなかった。
「それで「力の信奉者」というクランの目的は何なんだ? 『行先案内人』とその関係者を探しているし、ただ単に力が欲しいだけではないんだろ?」
「未知の世界」が世界の常識を覆すためにそういった存在を求めているように、向こうにも何か目的があるはずだ。
まさかただ単に強い力を持つ奴を集めるだけの為に『行先案内人』とその関係者を狙っているとは思えないし、それならもっといい方法はあるとシャーラも言っていた。
だから何か『行先案内人』を狙う理由があるのはまず間違いない。
それに対して、
「知らない。だって聞いてないから。興味もなかったし」
エストの答えは実に簡潔過ぎた。思わず呆れてしまう程に。
「知らないってお前なあ……」
本当に長年そのクランに所属して来たのかを思う程の愛想の無さである。少しくらいは愛着とかないものかと思ってしまうくらいだ。
「でも確かに上層部の態度からして何かの目的はあるのだと思う。だけどその詳しい内容は知らない。まあでも、どうせ碌でもない事だと思う。あそこがやる事は大抵そうだし」
これまた自分が少し前まで所属して組織に対しての言葉とは思えない淡々とした発言である。
どうやら本当にエストにとってそのクランは他に居場所が無かったから所属していただけの場所という扱いらしい。
「まあいいや。今は「力の信奉者」の目的を知るよりも優先するべきことがあるしな」
そうして俺は本題に入る。
「お前は最近まではこの辺りでそのクランの一員として動いてたんだよな。それなら他にもそういう奴が居るとか分からないか? 特にこの街で何かを起こしそうな奴とか」
「……確か私とディックの他にもう一組この地方に派遣されたメンバーがいたはず。だけどそれが誰だったかまでは興味なかったから覚えてない。だからこの街で何をするかとかも分からない」
「そうか……」
嘘を吐いている様子はないし、これは本当の事だろう。そもそも俺達を騙すつもりならもっと上手いやり方は腐る程ある。
それなのにわざわざ殺されようとしたり、宿まで素直についてきたりした時点でその可能性はほぼないと言っていい。それさえもこちらを騙す為の演技だったのならその時は完敗だ。完全にしてやられたと諦めるとしよう。
だが結局【死霊姫】という存在は見つけられたものの確信的な情報を得られずに終わった。
そう思ったこちらに対してそれまで聞かれた事を答えるだけだったエストが初めて自らある事を提案してくる。
「……でも調べれば分かるかもしれない。そしてあなたが望むのなら私はそうしてもいいけど、どうする?」
「その提案は正直助かるが、本当に良いのか? 捨てたのはあっちとはとは言え所属していたクランに対して敵対する行為になるかもしれないぞ。最悪裏切り者として追われる可能性はないのか?」
「あるかもしれないけど、その時はその時。それに別に始末されるのならそれはそれで構わない」
ただし協力するのには条件があるとエストは付け加えてきた。
その条件とは、
「私に居場所をちょうだい。たとえそれが死に場所でも構わないから」
なんなら用済みになった後に私を殺してくれても構わない。
だから自分が存在する事に対しての意味が欲しい。エストは真剣な目でこちらを見つめてそう言ってきた。
「私にはやりたい事もないし、そもそも何をしたらいいのかも分からない。だってずっと「力の信奉者」で命令に従う生き方しかして来なかったから。それ以外にどう生きていいのか分からない」
だから俺にその代わりをして欲しい。エストはそう言ってきた。
きっとこの様子だと俺を選んだのも異界の人間で他よりは多少マシだから程度の理由なのだろう。
この少女には生きる意志というものが明らかに欠如していた。恐らくそういう物を考える機会すら与えられてこなかったのだろう。
(胸糞悪くなる話だ)
聞けば『死霊魔術師』は忌み職とまではいかないものの、それに近い扱いをされる天職なのだとか。死者と交信できることで死を呼び寄せる存在というイメージがある所為だと言う。
つまりこのエストという少女もロゼやソラと同じ天職によって理不尽に人生を決められた存在だった。それを知って俺が黙っていられるわけがない。
「分かった。その条件を呑もう」
シャーラが本当に良いのかと目で問うて来ているが、そんなの俺だって分からない。
だけどこのままこの少女を見捨てることは嫌なのだ。
他でもない俺自身が。
(だったら答えなんて決まってる)
俺はこの世界で新たな人生を歩むと決めた。そこには自分の好きなように生きると言う意味も込められている。
だからこそ俺はこの面倒を抱え込むことになるかもしれない選択をすることに迷いはなかった。
エストの発言ではないが、これで面倒事が起こるとしてもその時はその時だし。
「勝手に決めて悪いが、二人もそういう事で良いな?」
「言っても聞かないんでしょ? それに私は反対するつもりなんてないから安心して」
「私もです。それにイチヤ様らしいご決断だと思います」
何故か誇らしげなソラの態度に苦笑しながら俺はこうしてエストを受け入れることを決定した。
「そういう訳でこれからよろしく頼むぞ、エスト」
そう言って俺はエストの頭を撫でた。だがその態度にエストは少しだけむっとした表情をする。子ども扱いされるのは嫌だったのだろうか。
「ありがとう。でも一つだけ言っておきたい」
「なんだ?」
そうして発せられた次のエストの発言が個人的には一番の爆弾発言だった。
「私は二十六歳でもう子供ではない。だからこういう子ども扱いは間違っていると思う」
「「「「…………はあ!?」」」」
その場に居たエスト本人以外が驚愕この声を上げた。
見た目はどうみても十代半ばの少女だと言うのに、その倍近い年齢だと言うのだ。これに驚かない筈がない。
というか俺どころかシャーラよりも年上とか冗談だとしか思えないのだが。
そんな俺達に対してエストは若干得意げになって最後にこう言ってきた。
「ちなみにまだ処女」
「聞いてねえよ!」
「力の信奉者」にいた異界の人間については先で触れますので少々お待ちください。




