第六十六話 死霊魔術師
その後の食べ物や周囲の水辺の環境などに対する調査からは手掛かりを得られなかった俺達だったが、別のルートで気になる情報を手に入れることが出来ていた。
「ヒューリックがくれた情報だと、ディックの件から「力の信奉者」の動向を探って見たところ、気になる動きが幾つか見られる。そしてこの辺りではディックの他にもそのパートナーである【死霊姫】ことエスト・ルールミルの姿も確認されているらしいわね」
【死霊姫】と呼ばれるだけあってか彼女の天職は稀少職の『死霊魔術師』だ。
その能力は文字通り死霊を呼び寄せたりする魔法を使えるとのこと。それでゾンビなどを生み出して戦わせることも出来るのだとか。
「やっぱりそいつが問題とやらを起こす奴なのか?」
「確定しているとは言えないけど、その可能性は決して低くないわ。ディックの件から考えるに、そいつも騒ぎを起こしてあなたという存在を炙り出そうとしてもおかしくないもの」
更に病気の件はともかくとして、俺が遭遇したオルトロスやスカルフェイスについてもその【死霊姫】が関わっているのなら説明がつくとシャーラは言う。
「『死霊魔術師』はその特性上、死者や亡者といった存在との交信が可能になるわ。だけどそれは同時に死者の怨念を呼び起こしてしまうことにもなりかねない。そしてその交信によって目覚めた亡霊たちが負の想念を周囲へと発し続けた場合、その一帯は強力な魔獣や魔物が現れやすい傾向があるそうよ」
一説には死霊や亡霊が活性化することによってその周囲の魔力やマナが変質する事が原因ではないかとされているらしい。
それによって突然変異的な普通ならあり得ない魔獣や魔物が生まれ出るという風に。
そしてその代表例とされるのが、人々の嘆きや苦しみが集合体となって形を成すとされるスカルフェイスという魔物なのだとか。
確かにここまで揃うとそれが偶然で済ませるには少々状況が整い過ぎている。
「でもこの街の中にそれらしき存在が居る様子はなかったわ。もし潜んでいるのならその周りは水質が悪くなっているだろうし、死霊たちが引き起こす怪奇現象で騒ぎになっているはずだもの」
「つまり今現在のこの街にその【死霊姫】は居ない。だけど数日後に何かを仕掛けてくる可能性があるってことだよな」
改めて情報を整理してみるが、やはり出る答えはこれだった。
そこで二人だけで情報収集に出ていたロゼとソラが戻ってきた。
奴隷という立場を活かして、この街に居る同じ境遇の人達から情報を得てくると言って少し前に出て行ったのである。
なお、奴隷ではない俺やシャーラは一緒に居るとあちらが気を許してくれなくなるかもしれないからという理由でこうして留守番する事になったという訳だ。
「イチヤ様、少し気になる情報を聞けました」
「わざわざ奴隷と見られるように小汚い格好までした甲斐があってね」
俺は二人に綺麗な服に着替えるように指示を出しながらも、その気になる情報とやらを聞く。
「何でもこの街から北に少し行った岬では、亡くなった人達の骨や遺品を焼いて出来た灰を海へと流す事が供養として行われているらしいんです」
海へと還す葬儀という訳か。海の男が集まる港町らしい風習と言えるのかもしれない。
「実は二週間程前にも海での事故で無くなった人達の葬儀がそこで行われたらしいんだけど、そこで妙な声が聞こえてきたって人が何人か居たらしいわ。しかもそれが死んだ人の声によく似てたって話よ」
もっともほんの僅かな間の事で風の音が偶然そう聞こえたという風になっているらしい。
それに昔からそこではそういう事がちょくちょくあるとの事で、初めの頃は噂になってもその内いつもの事として意外と簡単に忘れさられてしまうのだとか。
(まあ墓地での怪談話なんて実際に経験しない限りはそこまで本気で信じないのと同じようなもんか?)
その後にその噂を聞きつけた真夜中にその場所に行くという度胸試しをした奴らがいたこともごく小規模の噂程度で収まってしまった要因の一つだろう。
結局、その時は何も起こらなかったと言うことだし、迷信で片づけられてしまったようだ。
そして年に一度の大食い大会というイベントの盛り上がりで更にそんな些細な事は忘れ去られていったのかもしれない。
「それでシャーラはそこに何かあると思うか?」
「正直分からないわよ。私は『予言者』じゃないんだから。でも今のところ手掛かりはそれだけなんだし、明日はそこに行くしかないでしょ」
「まあそうだな。それしかないか」
何かが起こるのは分かっているのに、その何かが分からないというのはこうも面倒な事なのか。
まあ全てが分からないよりはいいのだろうが、この中途半端でモヤモヤする感じはストレスが溜まって仕方がない。
(本当にこの調子で間に合うのか?)
あるいはこれさもその『予言者』の掌の上なのだろうか。
そんないくら考えてもはっきりしない答えに悶々としながらも、そうする以外にない俺達は翌日の朝からその岬へと向かう。
そしてその行動は結果からすればそれは正解だった。
何故ならどちらにとっても予想外の事だったろうが、そこでなんと【死霊姫】とばったり遭遇することになったからだ。




