第六十二話 雨男の頼み
アストラティカへ出発する少し前、俺はヒューリックに呼び出された。
「それで話って何だよ?」
わざわざ二人っきり、それもシャーラには知られないようにという注文があったことから大っぴらに出来ない話である事は何となく予想は付く。
問題はそれがどういう種類のものなのかだ。
「今回私は理由があって付いて行けない。だからもしもの時の為に君に頼んでおきたい事が有るんだ」
あまり時間もないとのことでヒューリックはそこから単刀直入にその話題を口にする。
「もし万が一、シャーラが暴走しそうになったらどうにかして止めて欲しい。勿論そんな事が起こるとは決まってないけれど、やはり私は心配なんだ。いざという時に彼女を止める人が傍に居ないということが」
「それはどういう事だ?」
ソラのように厄介な天職を抱えている訳でもないのに暴走するというのはいまいち意味がよく分からない。勝手に突っ走るって事だろうか。
(それを俺に止めろってのか?)
正直に言えば面倒臭い。
でも恩人がこうして頭を下げているのだ。一度くらいは我慢するとしよう。
「まあ俺に出来る範囲でいいなら分かったよ」
「そう言って貰えて有り難いよ。念の為に言っておくけど、何ならいざという時は殴って気絶させて貰っても構わないからね。多少の怪我くらいなら私が責任を持って彼女に怒られるから。そうするように君に指示したのは私だって」
怒られるのは確定だと思っている辺りヒューリックの性格がその言葉ににじみ出ていた。
と言うかいい機会なのでこれまでずっと疑問に思っていた事をここで聞いてみることにした。
「どうしてヒューリックはシャーラに対して良く言えば優しい、悪く言えば甘いんだ? それに能力的にもそっちが下の扱いなのが理解出来ないんだが」
『医者』と『雨男』の天職を比較してどちらが上かと聞かれたら俺個人の意見では断然『雨男』の方だ。こちらの方が明らかに色々と厄介だし。
だからこそヒューリックの態度がいまいち理解できない。
どうしてもっと偉そうにするとまではいかないが、シャーラに反論したりせずに唯々諾々と従っているのかと。
「それは私の性格的なこともあるけど、なにより彼女の本質を知ってしまっているからさ。【医狂い】まで呼ばれる事になった彼女の『医者』としての思いや執念といったもの。そしてこれまでに何をして来たのか、そして何をしているのかを」
だから無茶をしないか心配になるのだとヒューリックは言う。
そこまで言わせるなんて一体シャーラは今まで何をやって来たのやら。
(まあシャーラも変人奇人の一人とされている訳だし、そういうとこが有って当然なのかもな)
その詳しい事を尋ねようとしたところでそこにシャーラ達がやって来てしまい、そこから先の話は残念ながらすることが出来なかった。
ただ最後にヒューリックは隙を見て俺にある言葉を呟いていった。
その言葉とは、
「彼女は我々の中である意味では最も狂気に侵されたメンバーだ。だから気を付けて」
出発するのも頼みとやらを聞くのが非情に嫌になるものだった。とは言えここまで来てしまった以上は今さら拒否する事も出来ない。
(まあいいや。言う事を聞くのは今回だけだし、許容範囲内で収まってる間は大丈夫だろうからな)
その後、俺達は目的である港町までの道をしばらくの間ただ只管駆けていく事になるのだった。




