第六十話 大食い大会
今回はギャグ強めです。
金儲けをするとは聞いた。だがまさかこんな事をすることになるとは誰が思っただろうか。いや誰も思わなかったに違いない。
「おーい、そっちの準備は出来たか?」
「あ、はい。もう少しで焼き上がります」
そう答える俺は絶賛取れたてで新鮮な海産物を網で焼いている最中だ。
前に海の家でバイトしたこともあるのでそこまで戸惑う事が無かったのは幸いだっただろう。
もっとも焼いている魚とか貝は俺の常識から考えると色々とおかしかったが。例を挙げるなら色がピンクの貝とか頭が二つある魚まであるし。
(まあこの世界ではこれが普通なんだよな)
俺がこうしてその珍妙な魚介類を焼いている理由については目の前の状況が答えである。
そう、このアストラティカで年に一度だけ開かれる取れたての新鮮な海産物の大食い大会。
その優勝者に与えられる賞金を獲得する為に俺はこんなアルバイト紛いなことをやっているのだ。
ちなみにその大会にエントリーしているのはシャーラとソラの二人である。
少食なロゼはともかく本当は男の俺もその大会に参加させられるはずだったのだが、ある理由がありこうして準備するスタッフの中に紛れ込んだのだった。
なお全く関係ない話だが、ここで臨時スタッフとして働いて支払われる額は僅か銅貨五枚だけである。
(こんな事の為に俺を連れて来たのかよ)
一応は命の恩人だからある程度の義理は果たしたいと考えているが、あまりそれで調子に乗られるのは少々癇に障る。俺を顎で使えると思われるのも癪だ。
(これが終わったら少しシャーラには言い含めておくか)
それでも態度が変わらなければどうするかはその時に考えることしよう。場合によっては少々手荒な事も視野に入れて。
とは言え今だけは俺は素直にこのアルバイトに精を出すことにした。何故ならこの大会にエントリーしたソラが今か今かとその食材を食す時を会場の席に座って待ち侘びているからである。
その姿はまるで食事前に待てと指示された犬のようですらあった。
ここで騒ぎや問題を起こして大会が中止になるとソラがこの新鮮な海産物を食べられなくなってしまいかねないし、大人しく仕事に励むことにした。
正直あのソラなら負けるとは思えないが、万が一苦戦を強いられた時の為の準備をすると共に。
「準備は万端のようね」
「まあな。だからそっちもいざという時は手筈通り頼むぞ」
出来上がった料理を選手に運んでいく給仕の役割を任されたロゼと小声でそんな会話をしながら網で焼く事少々、遂にその時が来た。
「それでは年に一度の「アストラティカ 超新鮮な海産物大食い大会」スタート!」
制限時間は一時間。その間に一番多くの皿を空けた選手の勝利だ。
なお、海産物は魚や貝など十数種類用意されており、そのどれを食べても一皿としてカウントされる。中には明らかに他の二皿分以上はありそうなデカい魚の料理とかもあるというのに。
まあこれはあくまでお祭り騒ぎでそういう細かい事は誰も気にしてないし、野暮な事は言いっこなしが暗黙の了解らしいので俺もそれに習うことにした。
と言うか給仕であるロゼがソラと友人という設定で応援の為に専属で料理を運ぶ事を許可出すぐらい、ある意味ではいい加減な運営なので気にしたら負けなのだろう。
ちなみにお祭り騒ぎがしたい奴は適当に料理を選び、本気で勝ちを狙う奴は自然と量が少ない奴を選ぶようになるから問題ないという面もあるらしい。
確かに明らかに勝利ではなく騒ぎたいだけなのか、そのデカい魚の料理を初っ端から頼んで周りにアピールしている奴もいる。
(何と言うか本当にお祭り騒ぎなんだな)
司会らしき人物が各選手の状況を実況して周りはそれを聞いてさらに盛り上がったり、野次や檄を飛ばしたりして盛り立てている。
その中にはロゼに応援されているソラの事について触れているものも有った。
まあ美女二人だけでも絵になるからそれも当然だ。
元々大食い大会だけあって女性の参加者が少ない事もあるだろうが、ああして給仕をしながら応援しているロゼや一心不乱に、けれど女心からかがっつかずに幸せそうに料理を口に運び続けるソラは何もしてなくても注目を集める華がある。
だからその檄や野次の中に冗談半分でこの後のデートを誘う奴がいても心を広く持って気にしないでおこう。
もっともそれで済ませなかったらただじゃおかないが。
そんな風に大食い大会は盛り上がりを見せながら着実にその時を刻んで行く。そして残り半分となったところで大よその優勝候補は絞られてきていた。
まずはトップの八十二皿を食している前回チャンピオンのオーグという男だ。ちなみにこいつは天職が『大食漢』というまさにこの大食いに特化した天職であり、各地の大会で優勝を掻っ攫う最強の男なのだとか。
次が八十一皿でそのすぐ後につけるシャーラだ。あの細い身体のどこにそれだけの量が入るとかというと『医者』の天職と回復魔法の応用で消化する力を極限まで高めているらしい。
何と言うか折角の天職をそんな事に使うなよと言いたくなってしまう。
なお、このシャーラとオーグという男は各地の大食い大会で熾烈な争いを繰り広げるライバルなのだとか。まあ正直どうでもいいし、だからどうしたという話であるが。
そして三番手に七十九皿でソラが上位二人を追いかけている。
と言ってもソラは皿の枚数では確かに二人に負けているが、今のところ全ての種類の食べ物を万遍なく食べていることもあり、恐らくは食った量ならこの中でも一番だ。
そして何よりも恐ろしいのが、上位二人がかなり真剣な様子で黙々と食っているのに対して、ソラはおいしい物を食べるとニコニコと笑顔になって時折司会に味の感想を聞かれると律儀に答えるという余裕っぷりを見せつけている事だ。
(本気になったら一体どうなるんだか)
天職という絶対的な有利な立場を駆使している上位二名に対して、素の能力だけでそれに迫るソラ。誰が一番末恐ろしいかは言うまでもないだろう。
(他は枚数的に離されてるし追いつける状況じゃないな。この分だと奥の手は出す必要もないかな)
だがそんな予想とは裏腹に残り十五分になっても差は一向に縮まっていなかった。更にそこで勝負を掛けたのか、オーグが一気に食べるペースを上げる。
恐らくシャーラが唯一オーグに劣っているのが一度に口に入れられる量だ。だからこそ速度自体は大して変わらないのに徐々に、だが確実に差が出来ているのだろう。
残り十分になってトップと二皿以上離されてしまい、もはや勝負は決まったかと誰もが思っていた時だった。そこでロゼがソラの耳に口を寄せてこっそりと何かを言ったのは。
そしてその瞬間、ソラの耳と尻尾がピンッと直立する。そしてゆっくりと海鮮をこれまでただ只管焼いていた俺の方を見て何かを伝えるように頷いてきた。
てっきり奥の手を使うという合図かと思ってと俺も了解の意を込めて頷いて応えてみる。
そしてその手段を講じようとした瞬間にロゼが俺の元まで食事を取りに来て、
「ああ、何もしなくても大丈夫みたいよ。今からソラも本気を出すみたいだし」
その言葉通りソラは変貌を遂げていた。そう、これまでのように味わっていたのを止めて、その焼いたばかりの魚を鷲掴みにすると骨とか完全に無視してそのまま頭から噛り付く。
そしてその後に残ったのは尻尾から胴体の半ばほどまでであり、それも次の一口でソラの胃袋の中へと消えていった。この間、十秒も経っていない。
「なあ、あの魚の骨って結構固かったよな」
「ええ。少なくとも普通の人があんなことやったら歯や口内がボロボロになるわね」
そんな物をものともせずに、たった一分の間に十皿近く数を伸ばしたソラに周りの観客はどよめきと歓声を上げる。
上位二名も必死に速度を上げているが、明らかに間に合っていない。
「……こりゃ勝負あったな」
そこから先は俺や大衆の予想通りに進んで行き、こうして三百皿越えという偉業を打ち立てた新たな大食いチャンピオンが生まれるのだった。




