第五十八話 一先ずの休息
そこから結構大変だったらしいが俺は詳しくは知らない。
何故なら魔力による身体強化を無理して継続し続けた結果、ディックを倒したところで意識を失ってしまったからである。
相当無理してかなりの距離を全力で逃げた所為もあるだろうが、恐らくは緊張の糸が切れたことも大きいだろう。逃げている最中は常に死ぬかもしれないと内心のどこかでビビッていたし。
そして次の目が覚めた時には俺はどこかのベッドの上で寝ていた。周囲を確認すると、どうやらここはフーデリオのギルド会館、それもそこの医務室だという事が分かる。
そして眠っている俺の左右にはロゼとソラが居た。ただし二人もベッドに突っ伏すようにして眠っていたが。そして二人は俺の手をそれぞれギュッと握っている。
(心配を掛けたみたいだな)
幸い寝た事で疲労も回復したようだし特に違和感などもない。無茶したから体に何か起こるかもしれないと半ば覚悟していたが、どうやらそうなるのは避けられたようだ。
そこで上半身を起こしてみると、その動きに気付いたのかソラの方がゆっくりと目を覚ます。
そして、
「……イチヤ、様?」
「おはよう、ソラ。それであれからどうなったんだ?」
「……イチヤ様!」
予想していたがこちらの質問に答えることなくソラは俺の名を呼びながら抱き付いて来る。
思っていた以上の勢いで支えきれずに押し倒されてしまった。その衝撃で若干息が止まりかける。
「な、何!? ってイチヤ!?」
そこでロゼも目覚めて俺とソラの状態を見る。混乱しているようだが俺が起きた事は理解しているようだ。
「あー色々と言いたい事が有るのは分かるが、とりあえずソラを引き剥がすのを手伝って貰えないか? これは流石に少し痛い」
俺が指で指し示す通り、ソラが混乱の余りか俺の首辺りに噛り付いているのを見たロゼは慌てた様子で止めに掛かってくれた。まあ実際には例の衝動が起きた時よりは噛みつく力が弱いから肌も傷つかないんだけど。
「ちょ、ソラ! 喜ぶ気持ちは分かるけど、イチヤは起きたばっかりなんだし少し落ち着きなさい! それと噛むのは駄目よ!」
「うぅー」
泣いているのか唸っているのか分からない感じでソラは返事をする。俺の首に噛みついたままだが。
「騒がしいと思ったらようやく起きたようね。まったく、人を巻き込んでおいてこんなに待たせるってどういう事なのかしら?」
「まあまあ、彼だって気絶したくてしてた訳じゃないだろうし……」
「ヒューリックは黙ってて」
「あ、はい」
そんな雰囲気を変えるようにシャーラとヒューリックもそこに姿を現す。
何と言うかヒューリックはディックの前であれだけ凄い感じだったのと同じ人物だと思えないくらい小さくなっていた。
「ああ、ベジタリアントの掃討作戦は多少の犠牲は出たけど成功したみたいだし、あのマックスって人も無事よ。あなたと違って無茶してなかったみたいだから今は事後処理の為に走り回ってるらしいわ」
「そうか、それならよかった」
俺の視線だけでこちらが何を聞きたいかを悟ったのかシャーラはそれを教えてくれる。どうやら本来の依頼の方も問題なく終わったらしいので一先ず安心である。
「それでまずは善くも私達を騙してくれたわね」
「騙す? 何が?」
巻き込んだことは認めるが別に騙してはいないと思うのだが。
「何ってあなたが異界から来た『行先案内人』の関係者であることよ。例のスカルフェイスの事件が起こった街で調べた時は驚いたなんてもんじゃないわよ。まさかあなたがそうだったなんてね」
「……まあ言わなかったのは事実だが別に騙してはいないさ。俺は本当に『行先案内人』なんて単語をあの時まで聞いたこともなかったんだからな」
正直に言うとスカルフェイスを倒した事までは調べられると思っていたが、まさか異界の人間である事まで知られているとは思わなかった。
あそこでそれを知っているのはデュークくらいのものだし、あいつがそれをそう簡単に話す訳がないと思っていたからだ。
まあ仮にデュークが黙っていても心を読む天職とかが有れば意味ないし、いずれは知られる時が来るとは思ってはいたのだが、ここまで早いとは流石に予想外ではあった。
まあ知られてしまった以上は仕方がない。それに俺も勝手に巻き込んだ手前、相手の事を責められる立場ではないだろう。あれは一つ間違えれば二人を巻き添えにしていたのだし。
「それでそっちは何が聞きたいんだ? 言っておくが俺が話せることなんて本当に高が知れてるぞ。まあ命の恩人だから出来る限りの事はするつもりではあるがな」
あの老人が何者なのかも分からないし、ほとんどの話も聞き流していたのだから。
気付いたら異世界に居た、このセリフだけであの時起こったことについての大体の説明になってしまうくらいだ。
「まあそれについての詳しい話は聞き出すのは後にしてあげるわ。病み上がりだし、なによりその二人がずっと心配していたからね」
まずは未だに首に噛みついているソラなどをどうにかする方を優先させてくれるようだ。
まあこの状態で真面目な話をしてもおかしな雰囲気になるのは目に見えてるし、それも当然かもしれないが。
「って、そうだ。これだけは聞いておきたいんだが、どうしてあの時のディックは弱くなったんだ? どうもあの様子だとヒューリックが関係しているみたいだったが」
その質問にシャーラは顎でヒューリックに答えを言うように指示を出し、彼はそれに素直に従った。
「私の天職が『雨男』であることは前にも言ったと思うけど、実はこの天職は雨を降らすだけが能力ではないんだ。レベルⅧを超えると僕の能力によって降った雨に当たった相手をその濡れた量に比例して一時的に弱体化させることが出来る。それによって彼はあそこまで弱ったという訳さ」
「おいおい、それってとんでもない能力じゃねえか?」
迷宮などの屋内では使えないなどの幾つかの制限はあるものの、逆に言えばそれらの事さえクリアしてしまえばどんな相手でも弱体化できるということである。
しかも任意という事は敵だけを選ぶことも可能だろう。
(こりゃ【雨神】なんて仰々しい名前でも分かるな)
だが当のヒューリックはそれを誇るでもなく苦笑いを浮かべていた。
「確かに使い所によっては強力かもしれないけど、対策をされればそれまでの能力だよ。私自身の力は本当にたいしたことないしね」
何でもヒューリックの能力によって降った雨は微量の魔力を含んでおり、それが相手の体に侵食する形で敵の力を弱めていくのだとか。
だからその魔力に侵食されないようにあらかじめ身体強化などによって魔力で体を強化したり覆ったりしておけば、いくら雨に濡れても弱体化はしないとのこと。
「だからディックが十分に雨に濡れる前に僕達の存在に気付いたり、そうでなくとも油断せずに身体強化を怠らなかったりしたら僕達は逆にやられていただろうね」
「それを含めてあいつの性格に助けられたって事か……って、ソラ。いい加減に離れてくれないか? それと流石に噛まれたままグリグリされると痛いんだが」
「ううー!」
何と言ったのか分からないが、離れてくれないところから察するに拒否されたのだろう。
どうやらシャーラの言う通りこちらをどうにかしない事には先に進めないようだ。
(と言っても俺にやれることなんて謝り倒すくらいなんだろうが)
どうしてあんな事になったのかなどについて説明をしながら俺は二人に何度も謝る。
別に俺だってやりたくてあんな無茶をやった訳ではないのだが、心配を掛けたのは間違いないのだし、ここは下手な言い訳はせず潔く諦めるとしよう。
(まあ生き残れたんだしそれぐらいは我慢するか)
相変わらず降り続いている窓の外の雨を見ながら俺はそんな事を思うのだった。




