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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第五十三話 トラブルメーカー

 予定外だったフロアボスの討伐も無事に終えた俺達はギルドに戻り、そこで本日最後の最後の依頼の報告をすることにした。


 それは【大蛇の迷宮に生息する魔獣及び魔物の生態調査】という何とも小難しそうな体裁は取っているものの、実際にやる事は仕留めた魔獣や魔物の死体をなるべく多く持って帰る事と、それから迷宮内の魔獣や魔物の数を減らす事というまさにほぼ討伐系依頼と同じような内容であった。


 なんでも迷宮以外の生態調査では殲滅なんてされると色々と大変な事になるから禁止されているのだが、迷宮内の魔獣や魔物は勝手に増殖する上に全滅させるのは不可能とのことだから実質的にそうなってしまっているらしい。


 調査の為の死体調達のついでに迷宮内の掃除もやっておいて的な感じで。何と言うか実にいい加減な話である。


 と言うかこれは本当に生態調査と言えるのだろうか。


(まあこの世界ではこういう物なんだって言われたら俺にはどうしようもないしなあ……)


 もっとも討伐系の場合は証明出来れば死体が無くても構わないのに対して生態調査の場合は持って帰る魔獣などをなるべく傷つけないようにという条件もあるにはあるが、逆に言えばそれぐらいしか差が無いとも言える。


 そういう訳で俺は仕留めた魔獣の中から比較的傷の無い綺麗な死体の奴を十数体ほど、それも用意しておいた鞄に入る奴だけ持って帰って来ていた。


 フロアボスに関しては炭化させてしまった上にすぐに消えてしまったので持ち帰れなかったのが残念ではあるが、まあ魔物の死体が必ずなくてはならない訳ではないので今回の依頼の上では何も問題ない。


 ちなみに出発前にアイテムボックス的な道具など大量に収納できる物はどこかで手に入らないのかと受付で尋ねてみたものの、それらの商品は非常に貴重でそう簡単には手に入らないと言われたから仕方なく諦めたという経緯がある。


 そうでなければ俺だってもう少し多く持って帰って来ている。

 もっともちゃんとリスト内には贋作をたっぷりと蓄えていつでも出そうと思えば出せるようにはしてあるのだが。


(まあ依頼達成には最低限の量さえあればいいって話だしな)


 大量の死体を持って帰っても多少報酬は上乗せされるだけでランクが早く上がるとかはないらしいし、それなら目立ってまでやる必要は感じられない。


 それに今の俺の懐は贋作抜きでもその上乗せなど割とどうでもいいくらいに潤ってるし、そういうのは緊急事態とかで金の困った時の為に奥の手として残しておくとしよう。


 だからその依頼を達成した事を報告した時は特に騒ぎになる事も無く、実にあっさりと手続きは終了した。


 問題が起こったのはその次だ。


「ああそう言えばフロアボスを倒した時にこれを手に入れたんだけど、鑑定とかは何処にお願いすればいいんだ?」


 ボスのドロップした物だし何か特別な能力でもあるのではないか。そう思っての質問だった。俺の『贋作者(フェイカー)』でそれらの事も分かればよかったのだが、残念ながらそこまでは無理なようなので。


 だがこの発言はかなりとんでもない事だったのかそれまで完璧な営業スマイルを浮かべていた受付嬢の表情が急に固まる。


(やべっ、ミスったか)


 内心でそう思ったが時すでに遅しである。


「い、今なんて言いました?」


 ここでやっぱり何でもないと言っても意味ないのは判り切っていたので諦めて正直に言うしかないだろう。


「だからフロアボスを倒した時のこれを鑑定出来るのは何処かって聞いたんだけど」


 もはやここは開き直って逆になんてことのないように聞いてみた。


「……し、失礼しました。えっと、前もって許可は取ってありますか?」

「許可? いや言われてなかったから特に取ってないけど」


 なんでもフロアボスに挑戦する時は前もってギルドに申請しておかなければならないらしい。他の冒険者とかち合わないようする為の措置とかで。


 今回は特に問題もなかったし初めてという事もあってお咎めなしで済んだからよかったものの、次からは何らかの罰則が下る事もあり得るとの事なので気を付けるとしよう。


 そんな風に少々話が逸れたが、本題の鑑定の事について受付嬢が話そうとしたところで、


「あ、居た!」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。思わずその方向を見てみるとやはり思っていた通りの人物達がこちらに視線を送って来ている光景が目に入る。


(ポロン達か。思ったより来るのが早かったな)


 一応は知り合いだし相手をしない訳にもいかないだろう。


 今は少し離れた椅子で座って待っているソラ達の方に向かっているからその間に改めて鑑定の事だけ聞こうとして、


「た、大変だ!」


 またしても邪魔が入る。とは言え今度は知り合いがやって来たという訳ではない。


「ベジタリアントの群れが現れたぞ!」


 その言葉の意味は俺に測りかねたが、どうやら周りがざわついているところから察するに何か相当不味い事態が起こっていると思ってよさそうだ。


 そこでポロンがこちらに近寄って来た。


「聞いたか、ベジタリアントだってよ。面倒な奴らが現れたな」

「悪いがそれが何なのか俺にはさっぱりなんだが」


 そこで驚いたポロンに説明して貰うと、この辺りに生息しているフライングアントとよく似ているがあちらと違って草食の魔獣で、時折大量発生しては周囲の村の農作物を食い荒らして大変な被害が出る事もあるのだとか。


 更に数が多くて餓えていると人を襲って食らうこともあるらしい。

 と言うかそれのどこか草食なのだろうか。普通に考えて雑食だろうに。


(てか名前も適当過ぎるだろ)


 ベジタリアンとアントを繋げたと思われるふざけた名前の割にはなんとも傍迷惑な奴である。


 もっとも強さ自体は高くてD-とたいしたことないとのこと。


 だがだからと言って処理が遅れると農作物に被害が出て後々の食糧事情に大きな影響も齎すらしく、むしろそれによる餓死者の方が深刻な場合が多いというのだから敵が強くないからといって呑気に構えていられる余裕はないようだ。


 現にそれまでそれほどでもなかったギルド会館が急に騒々しくなり、鑑定の話を聞く前に俺の前に居た受付嬢もどこかへと走って行ってしまう。


 話してから行けよと思わなくもないが、それだけ緊急事態という事だろう。


 そこでふと俺は隣に居たポロンに目を向けてこう思った。


(そう言えばこいつが来てからすぐに騒ぎが起こったよな)


 流石に偶然だと思うがこれまでのこいつの事件に対する遭遇率を考えると完全に否定できない気もしてしまう。


「な、何だよ、急にジッと見て」

「……なあ、お前の天職って本当に『福男(ラッキーマン)』だよな? トラブルメーカーとかじゃなくて」

「な!? ち、ちげえよ!」

「だよな。すまん、おふざけが過ぎたみたいだ」


 受付嬢は居なくなってしまったので仕方がない。落ち着いた頃を見計らってまた改めて話を聞きに来よう。


 そう思ってソラ達の方へ向かおうとした俺の肩を誰かが急に掴んで止めてきた。


「ちょっと待った。お前さんがフロアボスを倒したって言うヒムロイチヤだな?」

「……そうだけど、あんたは?」


 カウンターの向こうから体を乗り出すようにして俺の肩を掴んでいたが体の良い中年の親父は人のよさそうな笑みを浮かべると答える。


 しかもよく見れば先程まで俺と話していた受付嬢も傍に居る。どうやら彼女がこのオッサンをここまで連れて来たらしい。


「俺はマックス。このギルドで雇われているもんだ」


 どうやらデュークのような人物のようだ。その人物が一体自分に何の用なのか。しかもこのベジタブルアントとやらの騒動で忙しいであろう最中に。


「お前さん、まだまだ余裕があるみたいだし、ちょっくらベジタリアントの掃討を手伝ってくれよ。勿論これはギルドからの依頼となるから報酬も出るぞ。しかも通常の依頼よりもかなり豪華な奴がな」


 その内容を詳しく尋ねると金だけでなく昇級試験を受ける為に達成しなければならない依頼の数をかなり減らして貰えるという事も有ったので俺としても悪くない条件ではあった。


 それにあくまで掃討作戦だから危険は少ないという話でもある。ここまで揃えば本来ならすぐにでも頷いても良い条件だった。


 だけど俺はそれでも答えを出せずに迷ってしまった。

 その理由はソラ達の事である。


 マナの過剰摂取の所為で体調の悪い二人を連れて行く事は出来ないし、例の衝動の事も考えればあまり遠くには行かない方が賢明だろう。


 これまでだって何かあればすぐに駆けつけられるように別行動をしても街中とか同じ場所には居るように心掛けてきたのだし。


「ああそれと受けてくれるなら鑑定はこの場ですぐやってやるぞ。幸い俺の知り合いにそれが出来る奴がいるからな」


 それを聞いてしばらく迷った俺だったが、こちらの悩んでいる理由を聞いたポロンが心配なら自分達がソラ達に付いていると言ってくれたことで決心がつく。


「分かった、受けるよ」


 正直に言うとポロン達が付いていても衝動が起こった時に何か出来るとは思わないのだが、ここでソラ達の事を理由に断ると二人が自分達の所為だと気にしそうだと考えたのだ。


(まあそんなに時間は掛からないって話だし、俺が戻るまで部屋で待たせておけば大丈夫だろ)


 ちなみにポロン達がその依頼を受けないのは流石にここまで旅をして来たばかりで疲労が抜けきっていないからだと言う。


 それを聞いて疲れているところで無理はしないだけ前よりも幾分かマシになったように俺は思った。オグラーバの鉄拳制裁による教育はそれなりの効果があったらしい。


「いやー良かった。何もないと思うが、いざという時にお前さんみたいな保険が居るのと居ないのでは周りの気の持ちようが全然違うからな。ああそれと俺も掃討には参加するからよろしく頼むぞ」


 ちゃっかり人の事を保険扱いしているマックスにしてやられた感を覚えながらも、自分にとっても悪い話ではないので俺は諦めることにした。

 自分で受けると言ってしまったことだし。


 こうして俺は単独でベジタリアント掃討作戦に急遽参加することになるのだった。

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