第四十三話 フーデリオの街
それからの俺達はその村で三日ほどの休息の後、旅を再開した。
ちなみにその休息の間に俺はソラの増えたそのフワフワの尻尾などを十分に堪能させて貰ったとだけ言っておこうと思う。
本人も最初は恥ずかしがっていたが、最終的には頭などと同じように撫でられて嬉しそうだったので何も問題はないはずだし。
そうして多少遅れはしたものの俺達は再度順調に旅を続け、そして遂に目的地であるフーデリオに到着するのだった。
「ここがフーデリオか。前のとことは比べ物にならない大きさだな」
街を囲う城壁に出入り口となる巨大な門。
それだけでも前のところとは全然印象が違った。なんと言うかここの方が堅牢な分、物騒な感じが強いといった感じだろうか。
現に門のところで見張りをしていると思われる兵士らしき人物達の視線もかなり厳しいものだったし。割と緩かった前のところとは違って、もはや睨みつけているのではないかと思うほどだ。
「そこのお前、ちょっと止まれ」
そして明らかに目立つソラを連れている所為か案の定、俺はその門を潜る手前で呼び止められる。
そして身分を証明できるものがあるかと聞かれたので、俺は素直にギルドで用意してもらったDランクの冒険者であることを証明するギルドボードという名の金属の板みたいなものを差し出した。
「Dランクの冒険者か。ちなみにこの街には何をしに来た?」
「ここなら自分のランクに見合った依頼を受けられるし、これより上の昇級試験も出来るから」
「それなら後ろの二人は?」
「それに書かれている通り俺の奴隷。迷宮を挑むのに単身は危険だからな」
これまたデュークに何か聞かれたこう答えろと言われていた通りに言葉を発すると兵士はそれに納得したのか、
「手間を取らせて悪かったな。行っていいぞ」
と軽く詫びの言葉をこちらに告げて離れていった。
その態度からすると見た目などはおっかないが中身の方はそこまででもないのかもしれない。現に今のやり取りでも横柄な態度を取られることはなかったし。
そんなことを考えていた俺だったが、街の中へ一歩足を踏み入れた時点でそんなことはどうでもよくなってしまった。何故なら目の前に広がる光景に心を奪われたからだ。
(なんかまさにファンタジー世界の街って感じだな)
活気に満ち溢れた人々の笑い声が至る所から響いてくる。そして出店のような商店が街に入ってから少し先に進んだあたりで軒を連ねていた。
それらの店で売られているのはどれも元の世界では見たこともない物ばかりである。
そこで後ろの二人の様子を伺うとロゼやソラもこれだけ大きな街にくるのは初めてだったこともあってかキョロキョロと周りを興味深げに見渡していた。
このまま気の向くままに買い物と行きたいところではあるが、荷物を持ったままでは邪魔になるし、何より盗まれる心配がある。
だから俺達はデュークに言われていた通りまずギルドに行って安全な宿を紹介して貰うことにした。
そして辿り着いたギルドだがこれまた前ところとはその規模が違っていた。それこそ桁違いと言わざるを得ないほどに。
前のがそれなりの大きさの一軒家だとしたら、ここはどこぞのホテル並みの規模である。それも階数が一桁では済まないような。
まあ要するに縦にも横にもデカいし、建物も豪華というか綺麗なのだ。少なくとも前のところのように汚い酒場が入っていることはないだろうと思うほどには。
(本当にここがギルドなのか?)
若干心配になって入ってみると、中もやはり綺麗だった。それこそ位の高いホテルのように床などツルツルである。大理石でも使っているのだろうかと思うほどに。
だがそれに感動することはできなかった。何故ならそんなものなど台無しにするような怒声というか罵声がそこでは響き渡っていたからだ。
「いいから言う通りにしろ! 俺を誰だと思ってやがる!」
その声のした方を見ると受付らしきカウンターのところで汚い身なりの男が受付の女性に食って掛かっているようだった。
もっとも受付の女性は怖がる様子も見せずに平然とその男の要請を却下しているようだった。
「だから何度も言わせないでください。あなたは依頼の達成数が足りないですし、なにより依頼失敗の数が多過ぎです。だから昇級試験を受けることはできません。受けたいのならばあと最低でも五つは依頼を失敗せず達成してからにしてください。それとあなたが借金の返済で今すぐ大金が必要だなんてことはギルドには関係のないことです。ですから諦めて地道に依頼をこなしていくことをお勧めします」
「う、うるせえ! ごちゃごちゃ理屈を並べてんじゃねえよ!」
男の方が声はデカいが明らかに競り負けているのは見ての通りだった。
というか受付の彼女が容赦ない。まるで刃物のように冷たい言葉で相手の男を切りつけている感じといえばいいのだろうか、そんな感じである。
その会話から察するにあの男には結構な額の借金があり、今すぐに金が必要だから高ランクの依頼を受けたい。だけどそれをこれまでの実績で却下されているというところだろうか。
(まあ俺には関係ないことだな)
面倒なことに自分から関わる気はないので俺はそいつに目を付けられないように離れたカウンターのところに行って受付の人に声を掛ける。
「すみません、とりあえず宿の紹介をお願いしたいんですけど」
「畏まりました。ですがその前にギルドボードをお持ちならそれを見せてもらえますか?」
言われるがままにここでもギルドボードを提示する。
そこから必要な情報を引き出し終えたのか、渡したボードを見ながら手元の同じような金属の板らしきものを操作し終えた受付嬢はこちらにボードを返してくる。
「Dランク冒険者のヒムロイチヤ様ですね。宿のご案内ですとこのギルド会館の上の階に泊まられるのはいかがでしょうか? 他の宿よりは多少割高になりますが、その分快適さと安全さは保障できますよ」
どうもここがホテルのようだと思ったのはあながち間違いではなかったようだ。まさかこの上の階で宿泊できるとは思わなかったが。
金額を尋ねると三人一部屋で一泊銀貨三枚と確かに多少値は張るが、荷物などの預かりもやってくれる上にそれで安全が買えるのならば十分と判断した俺はそれで了承する。
今のところは魔物討伐の報酬とかで金には困ってないし。
とりあえず十日分の宿泊費を支払った俺は荷物を置く為にも一度部屋に案内してもらう。そしてそこが前に使っていた部屋とは比べ物にならない高級な部屋であることを確認した後、身軽になって改めて受付に戻った。
そこでこのフーデリオで過ごす上での注意事項などを聞く為である。ちなみにその時でもまだ例の男はギャーギャー騒いでいた。
「基本的に依頼や昇級試験は他のギルドと同じですのでそれについては大丈夫だと思います。ただ地方から出てきた方には注意してもらいたいことが幾つかあります」
まず初めに迷宮についてだが、このフーデリオの近くにはなんと三つもの迷宮があるとのこと。
それぞれの名前が「大蛇の迷宮」「静寂の迷宮」「悪鬼の迷宮」で後者になればなるほど難易度や危険度が上がるらしい。
ちなみに「悪鬼の迷宮」にはスカルフェイス級の奴がウジャウジャいるのだとか。何とも恐ろしい限りである。
「ですので最初の内はどれだけ腕に覚えがあっても「大蛇の迷宮」の方から始めるようにしてください。それを無視された方は大抵生きて戻ってくることはありませんので」
死にたくないので俺は勿論この言葉を胸に止めておいた。この分だと前の初心者の迷宮と同じようなものと考えると痛い目に合いそうだと。
「それと地方から出てきた冒険者の方は詐欺に遭われる方も多いのでご注意ください。現にあちらの方もその被害にあったようですし」
地方から出てきたお上りさんをカモにしている奴らがいるという訳だ。あの騒々しい男もそれに引っ掛かって借金を作ってしまったようである。
俺も同じ目にならないとは限らないのだし、こちらも注意するとしよう。
そんなことを話している内にその男は遂に実力行使に出ようとしたのか受付の女性の胸倉を掴んで拳を振りかぶったその瞬間、ボキリという骨の折れる独特の嫌な音が辺りに響き渡る。
そして胸倉を掴んでいた男は痛みに悶絶しながら地面に倒れていた。
「ああそれと、ギルドの受付の者はそれなりに腕の覚えのある人が多いので、ああなりたくなかったら下手に手を出さない方がいいですよ」
「……りょ、了解です」
さらっと笑顔で恐ろしいことを告げる受付嬢を見て俺は頷く以外にできることがある訳がない。
元々そんなことをするつもりはなかったが、改めてそう思わされるというものだし。
その後に冒険者がよく利用する武器屋や料理屋などの周辺の店情報などを教えて貰った後、俺達は散策と買い物をする為に三人で街へと繰り出すことにした。
だがギルドを出発してすぐに問題が発生する。
何故なら何者かが俺たちの後をつけているようだったからだ。




