第三十七話 餞別の一閃
「合格。以上、解散」
翌日、指定された街から離れた平原に来た俺の顔を見たデュークの第一声がこれだった。
「いやいや、まだ何もやってないだろ」
「やらなくても分かってる事だ。単純に考えてもお前は生身の肉体で俺の義手で強化されたのと同じかそれ以上の力を発揮出来るんだぞ。この程度のランクで試験をする必要も意味もない」
だからやった体で十分。それがデュークの主張だった。
「おいおい、それだと俺が怒られるんだが」
そう言うのはデュークと一緒にいた見知らぬ男性だ。
この場に居るという事は昇級試験に関わる人物だと思うのだが、一体何の為のここに居るのだろうか。あまり人に見られないようにという事でデュークの方からこんな街外れの場所を指定したというのに。
そんなこちらの考えを視線だけで悟ったのかその男は目が合うと自己紹介を始める。
「初めまして、俺の名前はアーカード。デュークと同じでギルド職員の一人だ。今回はお前達の試験の様子を記録する為に付いて来させてもらった。よろしく頼む」
そこでアーカードの天職とその効果の説明を受ける。何と言うべきかビデオカメラみたいな能力である。勿論それが便利であることを否定するつもりはない。
「本来なら一介の冒険者の試験の様子なんて記録しないんだが、今回は対象が対象だからな。ギルド側としてもそのオルトロスとスカルフェイスを倒した人物の力量の程を知っておきたいって事で俺が派遣されることになったんだよ」
ちゃっかりオルトロスまでそのセリフの中に入っている辺り、どうやら俺の事は一通り調べられていると思っていいようだ。
もっとも調べたところで出てくるのはそこまでだろうけど。だってこの世界での痕跡は今のところそれしかないし。
「それにしても噂に聞いていた通り随分と綺麗な二人を侍らせているんだな。男として羨ましい限りだぜ」
若干デレデレとしたその視線を向けられたロゼとソラの反応はつれないものだった。ロゼは少し嫌そうに僅かに眉を顰め、ソラに至っては完全に無視を決め込んでいるし。
「アーカード」
「分かってるって。ここからは『記録者』らしく黙って記録するのに徹しますよ」
それを見たデュークに窘められるとアーカードは引き際を見極めたのかそのまま黙り込む。どうやらおちゃらけてはいるが空気は読める奴のようだ。
そこでようやく話せるタイミングが来たので俺は昨日からずっと考えていたことをデュークに対して述べることにした。
「実は俺、この昇級試験が終わったら少しここを離れてみようかと思ってる。要するに旅に出てみようかと考えてるんだ」
「それは……本気か?」
「ああ、ここに居ても得られる物が少なくなってきたからな」
これは前々からずっと考えていた事だ。確かにデュークやその家族がいるこの場所は俺にとって居心地の良いものとなって来たし、このまま適当に稼ぎながら過ごしていく事も十分に可能だろう。そしてそれはきっと悪い事ではない。
でも俺はそれを選ばないことにした。少なくとも今は。
「まだ自分が具体的に何をしたいのかも分かってはいないけど、それを旅の中で探してみたいんだ。この世界を見て回りながら」
折角奇蹟が起きて新しい人生をこうして歩めるのだからここで閉じこもっているのはもったいない。
そう俺は思えたのだ。
「……そうか。お前がそう言うのなら止めはしないさ」
こちらの表情に何を見たのかデュークは何も言わずにそうやって快く送り出してくれるよう……
「ただしそれは一勝負して俺に勝ったらの話だがな」
だと思ったら違ったようだ。
もっともそれはこちらとしても望むところだったが。だからこそ試験官にデュークが選ばれて笑った面もあるのだし。
「考えることは一緒みたいだな」
「のようだな。まあ元だろうが現役だろうが、冒険者なんて基本的にはそんな奴らの集まりなのさ」
これまで剣技だけではなく戦いの知識やそれ以外のこの世界の事についても色々と教えてくれたデュークは俺にとって師匠も当然だ。だからこそ出来れば旅に出る前にそれを超えておきたいと思っていたのである。
そしてどうやらちゃんと一度は決着をつけたいと向こうも思っていたようだ。
「昇級試験と兼ねてお前が旅に出ても大丈夫かどうか見させてもらう。もっとも俺程度に負ける様では合格など出せないがな」
「それじゃあここで師匠でもあるお前に勝って改めて旅に出る事にするさ」
俺はロゼ達に離れているように告げると、その手に一本の剣を出現させる。それはデュークの剣の贋作だ。これで武器に関してはほぼ同じ条件である。
勝負は一撃。それが暗黙の了解のように分かっているのか互いに余計な事はしない。ただ次の全力での一撃の為に力を溜めてその時を待つ。
注意深く相手を観察するとデュークの左腕に魔力が集まって行くのが分かる。恐らくはそれこそがデュークが【重撃】という名で呼ばれるようになった、あの強烈な一撃の秘密なのだろう。
ソラとの魔法訓練で魔力をある程度は感じられるようになった成果か、それが今なら認識できる。これまでは理解どころか感じる事も出来なかったというのに。
そしてその左腕に集まる魔力が最大に達したと思われる瞬間、デュークは動いた。そしてこちらも同じように前へ出る。
交錯するそれぞれの剣の一閃はぶつかり合い、一つの結末を残した。即ち片方の剣が砕かれて折れた先が地面にカランと音を立てて落ちるという結末を。
「俺の勝ちだな」
「ああそうだな。文句なしの合格だ」
俺の手に残る贋作の方は砕かれることなく健在だった。そしてデュークの手の中にある本物は無残にも破壊されてしまっている。
「天職で学習能力が高い事は判っていたが、まさかこの短期間でこれまで習得されるとはな」
魔力が感じられるようになってデュークのその一撃についても理解できるようになったのだ。となればそれを自分で実践出来ても不思議ではない。
「とは言ってもまだまだだけどな。魔力の練り方っていうか集め方が慣れてない所為かそっちと比べても大分甘い気がするし」
「当たり前だ。そもそもこの技術は『魔法剣士』などが使う魔力による身体強化で、俺はこの義手のおかげでやれているが、それでも完全ではないようだしな」
同じ剣について補正がある稀少職でも『剣豪』が剣技と体力のみに特化しているのに対して、『魔法剣士』は些かそれらの補正の度合いが劣るもののそれ以外の魔力や魔法についても補正が有ると言う。
そしてこれはその『魔法剣士』が習得してよく使う戦い方の一つなのだとか。
それを俺は見様見真似でやってみたという訳だが、我ながらつくづく反則じみた天職である。学習能力が高いだけで他の天職の真似事まで出来てしまうのだから。
「これで俺は完全にお前に上を行かれた訳だが最後に一つだけ忠告しておく。外の世界にはこの義手を作った俺の知り合いのようにスカルフェイスでさえも比較にもならないような化物共がいる。だから自分が特別だからって気を抜くなよ」
「ああ、分かった。気をつけるよ」
「まあお前なら滅多な事でもない限り大丈夫だとは思うがな。さてと、ほれ」
そうしてどちらの意味でも合格した俺にデュークは手を差し出してきた。まるで何かを催促するように。
「えっと、その手は何か?」
「何って折れた代わりになる剣をくれ。と言うか同じ物があるだろ?」
後半はアーカードの記録に入らないように気を使ってか小声でそう言ってくる。
「こんな事で剣を新しく買うなんてあいつに言ったらどやされるんだよ。財布の紐は完全に向こうに握られてるし。だから頼む」
「いやまあ、いいけどよ」
贋作でも性能は変わらないし、俺が消さない限りは本物と同じようにして使えるのだから特に問題ない。
ここはデュークが奥さんに叱られないようにしてあげるとしよう。
「ああ、そのついでに旅に出る前に何本か贋作を作っておいてくれないか? これが壊れた時の代わりとして」
「……りょーかい」
これまた小声で告げられたその内容に俺は呆れながらも頷いた。
散々世話になりっぱなしだったしこれぐらいの恩返しくらいはして当たり前の事だと思って。
こうして俺達はDランクの冒険者になると同時に旅に出る事もまた確定するのだった。




