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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第三十二話 トラウマ

「イチヤ!」

「大丈夫だ! 死んじゃいない!」


 だがダメージを受けたことは否定できなかった。それもただ単に斬られたとかの話ではない。むしろそれだったらどれほど良かったことか。


(傷が無いのに攻撃を受け止めた左腕が動かないか。何をされたんだ?)


 斬られた事による傷自体は皆無。あの瞬間でもどうにか腕で防御する事に成功したし、強化された肉体はその剣の一撃を受けてもビクともしなかった。


 だがそれによって斬りつけられた左腕はまるであの靄を移されたかのように真っ黒に染まっていた。そして力が入らないどころか感覚そのものがない。


 そして回復薬を掛けてみてもその状態が改善する様子もなかった。


(あの剣に触れるのは不味いな。それに他にも問題はある)


 それは少し前に粉々になるまで砕いたはずのスカルフェイスが完全に復活してこの場に現れた事だ。しかもその手には武器である剣まで装備して。


 それはつまりこいつには何らかの強力な回復手段があるということである。そしてそれが有る限り俺は恐らくこいつを倒すことは出来ないだろう。


「コワイ。タスケテ」

「怖いのも助けて欲しいのもこっちだっての」

 何故ならスカルフェイスの手には黒い靄が集まったと思ったらもう一本の剣が現れたからだ。こちらも僅かでも触れれば駄目な奴である事は誰でも想像がつく。


(これはヤバいな)


 逃亡は不可能。かと言って敵を倒す手段も分からない。出来る事は片腕を封じられた状態で時間稼ぎだけだ。しかも相手の攻撃には掠ることも許されないという制限付きで。


 このままではジリ貧なのは疑いようもない。何とか状況を変えなければ。


「コワイ! イヤダ! ヤメテ!」


 その状況を打破する考えはないかと思案する暇など与えないように、スカルフェイスは叫びながら斬りかかってくる。通常ならその攻撃は厄介でも脅威とはなり得ない。


 何故なら単純な力や速度では俺が勝っているし、剣もただ我武者羅に振るって来るだけで特に技術が高い訳でもない。


 普通なら先程のように不意でも疲れない限りは俺がその剣の一撃を受けることはないだろう。


 だが今の俺は普通ではなかった。それは片腕が使えないということではない。


(くそ! 俺はこんな時に何を思い出しているんだ!)


 脳裏に現れたそれは少し前までの記憶だった。自分の物であるはずの体の一部が動かなくなる。自由が効かなくなる。それに対する恐怖が俺の心を乱していた。


(落着け。そうしないと他の体まで同じようになるんだぞ)


 だがその俺の思考に反して無意識の内に体が硬直してしまい動きが鈍る。あの時のトラウマがまるで鎖となって体を縛り付けるかのように。


 これまであの事故で理不尽に奪われた事が結果的には功を奏して来た場合が多い。そのおかげで俺は屑相手なら人を殺す事でも躊躇しなくなったし、徹底的なまでに冷徹にもなれた。


 そう、この弱肉強食の世界に適応しやすくしてくれたと言っていいだろう。


 だがそれがここでは悪い方に作用している。否、これまで良い方に作用していたのが幸運だったのだ。


 本来なら何てことない一撃をかなりギリギリのところで躱しながら俺はどうにか距離を取ろうとする。だがそうやって離れすぎるとスカルフェイスは目標を俺から簡単に別の奴に切り替えるのだ。


 即ちそれはこの場に居るもう一人の人物であるオグラーバ、ではなく先に逃げて扉の先に居るはずのロゼ達だ。どうもこいつはあの中の誰か、もしくは何かに狙いを定めているようである。


「行かせるか!」


 それを阻止するようにオグラーバがスカルフェイスの前に立ちはだかった。そして接近されるたら不味いのはオグラーバも分かっているのかその場で地面に手を付くと、


「チェーンバインド!」


 その言葉と同時に床から半透明の鎖が現れてスカルフェイスに巻きついて動きを封じていく。


「多少の行動の制限が可能だが長くはもたないぞ!」


 現に巻き付いた傍からもがくスカルフェイスによって破壊されている。だが、


「今はそれで十分だ!」


 いくら動揺して動きが鈍っていても止まっている相手に対してなら何も問題はない。俺はまたしても巨人の斧を出現させると、今度は横にフルスイングでその鎖ごと奴の体を薙ぎ払う。


 斬るのではなく打つ。今度の攻撃はそういう感じであった。


 まるで野球のボールのように勢いよく飛んで行ったスカルフェイスは何度も地面をバウンドして転がって行く。そして少しして止まると転がったまま動かなくなった。


「あれでやられてくれればいいんだが、そんな訳がないな」

「ああ、どうやってかは分からないが復活してくるだろうよ。それにしても動きを封じる魔法とは随分と良いものを覚えているんだな」

「元々は相手と目を強制的に合わせる為に必死になって覚えた物だよ。もっとも魔法に適性がある天職ではないこともあって効果は微々たるものでしかないがな」


 そして魔力をかなり消費するらしいので使う時は選ばないといけないとのことだ。それでも天職と合わせれば強力なコンボになることだろう。特に尋問の時などは。


 そこで動かなくなったスカルフェイスに変化が起こる。


 いや、正確にはスカルフェイス自体にではなく、その周囲の空間と言うべきか。


 迷宮の床や壁といったところから黒い靄が漏れ出てくると、それがスカルフェイスに吸い込まれていき、それと同時に奴の体が瞬く間に修復していくのだ。


 どうやらああやって先程も復活した後の天井を突き破ったらしい。

 それでも時間が出来たことで俺は深呼吸を繰り返してどうにか心の動揺を抑えていく。


(大丈夫だ。二度と動かなくなったわけじゃないし、あいつを倒せば案外あっさりとそうなるかもしれない。だから今は余計な事は気にせず戦闘に集中するんだ)


 そうして復活したスカルフェイスがまたしてもこちらに突っ込んで来ようとした時、その身体が急に炎に包まれた。


 それをやったのは俺でもなければ、表情を見る限り隣のオグラーバでもない。


(それじゃあ一体誰が?)

「イチヤ様、ご無事ですか!?」


 その答えはこの声の通り、俺の黒く染まった左腕を見てそう言ってきたソラだったようだ。何が起こるか分からないのでその黒い部分に触れようとするのを留めて俺は言う。


「問題ない。それよりも今はあいつをどうにかしないと……って、何だ?」


 炎で焼いてもすぐに復活すると思われたスカルフェイス。だが実際にはもがき苦しんでいた。これまでのどの攻撃を受けた時よりも。


 しかもそれだけではなくその身体が黒い靄となって周囲へと拡散していき実体が薄くなっていき、明らかにその存在が希薄になっていた。もちろん俺の炎の時はこんなことはない。


(ソラの炎だけが効くのか?)


 理由は分からないがそうだとすればやりようはあるかもしれない。


「ソラ、向こうは大丈夫なんだな?」

「はい。まだ脱出は出来ていませんが、任せて来たので大丈夫です」


 誰に任せてきたのかなどの疑問はあったが大丈夫なら一先ず問題ない。


「俺とオグラーバであいつの足を止めるから、その間にソラは全力の炎であいつを焼いてくれ。それでどうにかして焼き殺すしかない」


 まだ人質達が脱出できていない以上は足止めをするしかないのだから。


 そうしてどうにか奴の動きを止めつつソラの炎で燃やし続けた結果、奴の復活の速度も繰り返すごとに遅くなり直らない部分も多くなってきて、後少しで倒せるかということまでは来る。


 だがそれと同時にソラの限界も訪れてしまった。

ちょっと長くなってしまいましたが次でこの戦闘も終わりです。


それと感想の返信などは土日は忙しいので、勝手ながらその後にやらせていただきます。

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