第百一話 教会と派閥
お待たせしてすみません。
とりあえずこれだけ更新させていただきます。
それと新しい活動報告と作品があるのでもしよければ目を通してくれると嬉しいです。
生き残った冒険者達とトールの尋問によって「力の信奉者」の一員だと確定した『処刑人』の男は後からやってきたギルド職員に任せることとなった。
なにせ『処刑人』の男は確かに今回の襲撃者ではあったのだが、その理由は組織の命令とかではなく実に私的なことだったと判明したからだ。
天職『処刑人』、そのレベルアップ条件の一つに他人を処刑する、つまりは殺すというものがあり、それを満たすために動いたというのが今回の襲撃の件の真相のようだ。
『処刑人』はただ単に人を殺すよりも処刑――ここでの処刑の定義は天職保有者がそうだと認識しているという実に主観的で危険極まりないものだった――した時により多くの経験値が天職に入りレベルが上がり易くなる。
そしてエストはいくら捨てられたとは言え、「力の信奉者」と敵対している「未知の世界」と協力関係にあると言っても間違いではない俺の仲間となった。
新入りで事情と詳しく知らない奴にとっては裏切り者、そうでなくともクランの情報を流す可能性がある危険人物と見えても仕方がないと言えるかもしれない。
それで自らの天職の強化と裏切り者を始末するという成果を出して組織の上に行こうとした『処刑人』がこうして襲撃してきたというのが少なくとも「力の信奉者」関連の顛末だ。
もっともトール曰く「力の信奉者」が今回の襲撃を知らなかったとは考え難いとのこと。
「末端やら下っ端ならともかく、あっちの幹部には俺でさえ敵わない強者や【腹黒女】と頭脳戦をこなす知恵者だっているんだ。そいつらがこんな小物の動向くらい見抜けない訳がない。ってことは利用できるから泳がせたか、あるいは本気でどうでもよかったから放置したかってとこだろうよ」
既に放逐したエストをどうしようがどうでもいいし勝手にすればいい。襲撃に連動した動きが見られないところから察するに十中八九そういった放置だと思われる。それがマリアなどと連絡を取った上でトールがだした結論だった。そしてそれに俺も異存はない。
ただ問題なのはここらかである。
「それでエストを誘拐お前は一体何者なんだ?」
「……」
襲撃してきた「力の信奉者」と敵対していた男。あれから話を聞いた限りだと、こいつは『処刑人』に襲撃され森の奥まで逃げたものの、限界が来て今にも殺されそうだった冒険者達の前に突如として現れた。
そればかりか彼らを守ってくれていたらしい。
それだけ聞けば善意の第三者かと思えるが、こいつの他にもう一人いて、そいつが有無を言わさずエストを連れ去っていったとのことなので無条件で信用もできない。
もっともトールは大体の見当はついているようで、後は本人から話を聞いて確証を得るだけとのことだし、実は俺もここまでの話を聞いた時点である予想を立てていたが。
「質問を変えようか。お前はアルトメシア教会の関係者だな?」
「力の信奉者」以外で俺達に何かしてきそうな兆候を見せているのはそれ以外に知らないから可能性としては高いと思う。だが拘束された状態の男は質問に一切答えようとせず黙秘を続けているので正解か分からない。
もっとも正解は別のところからやってきたので黙秘する意味は余りなかったのだが。
「戦ってみた感触から察するにそいつは『僧兵』だろうし、教会所属の戦闘要員ってとこだろうよ。それなりに鍛えられているようだし聖人派ってところか。あそこは教会の中でも武闘派が多い派閥だしな」
「なるほど。それでお前たち教会はどうしてエストを攫った? 言っておくが、ここから先は黙ったままが通用すると思うなよ」
こいつらが何者なのかは極端な話どうでもいい。最優先の問題はエストの安否の確認だ。
「どうしてエストを攫った? 何が目的だ?」
そいつは質問に答えずしばらく黙ったままだったが、やがてトールを見て諦めたように溜息を吐くと口を開く。
「……私の名前はロット。ご推察の通りアルトメシア教会聖人派に属する『僧兵』です」
聖人派。確か過去の英雄などを聖人として崇める派閥だ。
「ちょっかいを掛けてきたのが正統派じゃないだけまだましだな。あの派閥はアルトメシア教会に所属する構成員の半数近くを確保しているだけあって影響力も他の派閥とは比較にならない。もっとも聖人派も残った中ではトップ3に入る大きな派閥だし、気が抜ける訳ではないがな」
トールが小声で説明してくれる。
「その聖人派がエストに何の用だ? そもそもエストはどこにいる? 無事なんだろうな」
「……」
また黙秘。思わず舌打ちしてしまう。
「落着け、一夜。気持ちは分かるが焦っても仕方がないぞ」
無事では無かったらただでは済まさない、という俺の考えを読まれたらしくトールにソラ達の方を指差されながらそう言われてしまう。見ればソラ達は俺の事を不安そうに見ていた。
いや、これは心配されているのか。自分でも気付かぬ内に焦っている俺が。
「ロットと言ったか。とりあえずお前の正体については分かった。聖人派には過去の英雄達を手本として心身を鍛えている戦闘部隊があると聞く。お前はそこに一員で間違いないな?」
「……はい」
俺に代わってトールが尋問を続けてくれた。無意識の内に焦っている俺よりも適任だろうからそのまま任せる。
「だがそれだと別の疑問が浮かび上がる。聖人派の『僧兵』となれば戦闘部隊だとしてもそれなりの地位にあるはずだ。少なくとも人攫いなんて裏の仕事を負う立場にあるとは思えない。そしてまた、お前がわざわざ出張るほどエストが重要だとは思えない。確かに『死霊魔術師』はそこそこ珍しい。だが教団の情報網があれば大抵の稀少職なら見つけることもそう難しい事ではないだろう。つまり『死霊魔術師』という天職は今回の件では関係がないと推測できる」
ならばなぜエストを狙ったのか。
「天職が関係ないとすると「力の信奉者」関連か?」
あるいはエストを狙ったのはあくまでおまけで本命は別にあるのか。そう、例えば俺という『行先案内人』の手掛かりになる存在をおびき寄せるためとか。
「いや、それよりも何故こいつが人攫いのようなことをしているかの方が俺には気に掛かっていた」
「と言うと?」
「教会だって派閥がある事から分かる通り一枚岩ではない。表向きは寛容であるからこそ裏での足の引っ張り合いがよく行われる訳だ。だからこそ各派閥は他の派閥に責められるような失態を非常に嫌う」
失敗が表沙汰になると他の派閥に責められて色々と不利になってしまうという訳か。
「だからこそこういう人攫いみたいな犯罪行為は自分達では行わない。裏稼業のプロを雇うなり、そういう裏の仕事を行う部隊に命ずるはずだ。少なくともこんな俺にでもすぐに分かってしまうような人物を実行犯にするのは明らかにおかしい。最低でも隠そうとはするはずだ」
だが実際にはまるで発覚する事を恐れていないかのように思える。それは教会という組織の上で普通ならあり得ないはず。
トールはその矛盾にこそ今回の襲撃に繋がる何かがあると考えていると述べた。
この冷静な分析力。先程見せられた圧倒的な威圧がなければ天職が『戦闘狂』なんて信じられない。
そしてそんなトールを見てこれ以上隠し通すのは無理と判断したのかロットは自ら口を開いた。
「……本来なら私はこのような任務を受けることはありません。ですが今回、我が派閥の『聖女』様から命じられた以上は断れません」
「あの『聖女』が人を攫うように命令した? そんなバカな」
「信じられないでしょうが紛れもない事実です」
聞けばその聖女とやらは幼い頃から教会で育てられた世間知らずで純粋培養のお嬢様なのだとか。他人を信じてばかりで何度騙されても周囲が幾ら現実的になるように諭しても人の善性を信じる頑固な一面を持つような。
そんな聖女が少し前から明らかに変わったとこいつは語る。
「あの方の狙いはエストという『死霊魔術師』そのものではありません」
「じゃあなんであいつを攫った?」
そのトールの言葉にロットは俺を見た。
「これは私の推測に過ぎませんが、聖女様の狙いはあなたのようです。あなたを誘き寄せるために、あるいは人質とするために『死霊魔術師』を狙ったように思えます」
どうやらやはりと言うべきか、俺は騒動とは無縁の人生を歩むことは難しいようだ。
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しばらくはそちらを更新することになると思うので、もしよければ評価してくれると嬉しいです。




