第百話 戦闘狂は戦闘しか好まない
長らくお待たせしてしまって申し訳ないです。とりあえず久々に一話だけ更新します。
リアルで色々あって継続的な更新はまだ無理ですが、出来る限り早く更新再開したいと考えています。
なので見捨てないでくれると有り難いです……汗
トールは一切迷わなかった。一直線に俺達を置いて相対している敵達に接近すると、
「ふん!」
躊躇うことなく拳を地面へと叩き付ける。
それで引き起こされたのは地震と称してもいいようなかなり大きな震動だ。
(どんな力だよ!?)
身体能力が強化され平衡感覚にも優れた状態の俺でさえ咄嗟には動けないような、明らかに不自然なその震動によってその場に居た全員が動きを止めざるを得なくなる。
そしてその一瞬だけでトールには十分だった。
「大地掌握」
手を大地から引き抜くのとほぼ同時に敵対者と思われた二人の周囲の地面が隆起し、それぞれを包み込む立方体の檻へと変化していく。
「ほう、一人はうまく回避したか。どうやら少しはやるようだな」
傷だらけだった男の方はその大地の檻とも言うべき土の中に呑まれてしまったが、もう一人の方はどうにか捕まる前にその場からの退避に成功する。
「ならこれはどうだ?」
だがそんなことは想定内とばかりにトールは仁王立ちしたまま次々と土の檻で相手を追い詰めていく。最初の檻を作った時点で周囲を円形状に取り囲むように巨大な土の壁まで作成していたようで既に逃げ場はない。
あくまで壁なので身体強化でもして飛び越えてしまえばいいと思うかもしれないが、この壁や檻は大きさや形などをトールによって自由自在に変化させられるようだ。つまり行く手を塞ぐように壁の形を長くさせることも、行かせないように壁から棘の如き突起物などを生やして妨害するのも簡単である。
もっとも相手も簡単にやられる訳も無く、掌から生じた光などで土の檻や棘を迎撃してみせる。壁の外には逃げられてはいないものの、どうにか回避してみせている。
「僧侶服の癖にその身のこなし。それに光魔法はそこまででもないってなると……」
もっともトールにはそんな事は些事でしかないのか敵の正体について考える余裕すらあるようだが。
最初はどうなるかと思ったが時間が経てば経つほどに逃げ場がなくなっていく。このままなら遠からず二人目も捕獲出来ると俺が考えた瞬間、
「トール!」
一人目を捕えていた土の檻に亀裂が入り、俺が警告した時には既にその中から血だらけの人物が飛び出してきている。だがトールは気付いていないのか反応し切れていないのか、未だに敵が迫る背後を見ようともしていない。
「ひゃはっ!」
そして血だらけの男は勝利を確信したのか嗤いながらその手に持っていた剣というよりは包丁に近いその武器で、一切の容赦なくトールの首を狩るように獲物を振り降ろす。
その斬撃の鋭さはかなりのものであり隙を突かれればソラ達どころか、身体強化を施していなければという仮定が付くが、今の俺でも躱すことも防ぐことも難しいレベルだった。
相当な腕の持ち主。【殺戮の剣王】には及ばないだろうが、デュークの重撃に匹敵、あるいはそれよりも強力な一閃。
だからその斬撃を受けても無事どころか、逆に攻撃を仕掛けた刃の方があっけなく砕け散った時には流石に呆然としてしまった。俺でさえそうなのだから攻撃を仕掛けた張本人はその比ではなかったらしく、
「な!? あ、ありえねえ! この俺の、『処刑人』の天職の補正が働いている全力での首狩り、しかも背後からの一撃だぞ!?」
咄嗟に自らの天職を口にしてしまうという失態を犯してしまう。もっともその程度の失態は実はほとんど意味を持たなかったのだが。
なにせトールにとって『処刑人』である男は既に敵ではなかったのだから。
そこでようやく『処刑人』の男の方へと視線をトールの目は敵を見るものではなく、まるで邪魔な羽虫でも見るかのような、不快と退屈を感じさせるそれだった。
「『処刑人』……確か最近「力の信奉者」の末端構成員にそんな奴が入ったって聞いたっけか。って事はお前がそれってことか? それにしてもなんだ。名前からして俺と同じ狂化系の天職でもおかしくないだろうにこの程度とは。これじゃあ遊びにもならんな」
最後の溜息を吐くように呟かれた声色にゾッとする。失望を色濃く映した瞳もそれを助長した。
これがこいつの本質なのだろうか。今まだの気さくな態度が霞んで消えてしまうかのようだ。
実際にその眼を向けられたのは自分ではないのに鳥肌が治まらない。傍らにいたソラ達もそれは同じようでロゼはゴクッと喉を鳴らして唾を飲み込み、ソラは全身の毛を逆立てながら低い唸り声を漏らしている。
そして実際にその言葉と目を一身に受けた男はそれでも恐怖を乗り越えて、
「ふ、ふざ」
けるな、と続ける前に姿が掻き消えた、と思ったら土の壁に何かが衝突する音と衝撃が周囲に響き渡る。
「正面からの、しかもこの程度の小突きにさえ反応できない時点でお前は遊びにもならんよ。そこで黙って寝てろ。俺が好きなのはあくまで戦闘なんだよ」
言外に戦いにすらなっていないと告げるトールだが、その見方によっては傲慢とも取れる態度は決して自惚れなどではない。
天職によって強化されているはずの俺の目にも映らなかったその小突きとやらによって『処刑人』の男は完全に意識を奪われている。ご丁寧な事に土の壁はその衝撃を受け止める為か分厚さを増して見事に突破される事を防いでいる。
(マジもんの化物かよ、こいつ)
何より恐ろしいのがこれらの事をもう一人の敵を土の檻で捕えるべく様々な攻撃するという行動を同時に行っている事だろう。
いや、この態度からして見るとどちらも片手間程の苦労でしかないかもしれない。
「ほら、お前もいい加減迷ってないでそろそろ本気を出せ。でないとこっちがそうすることになるぞ?」
「っ!?」
トールは土の操作を止めたのか今まで逃げ続けていた相手がようやくその場に立ち止まる。だがその様子はこれまで以上に緊張しているのが見て取れた。
明らかに手を抜いており、棒立ちと言っていい状態のままでも回避し続けなければ即座に終わる攻撃を仕掛けてきた相手が遂に本気を出す。それは絶望的と言っても過言ではない。
「……」
「まだ迷ってるのか。だったら言ってやる。多少の事情は察したから俺を満足させれば話ぐらいは聞いてやる」
「それは……」
「逆に言えばここで俺を満足させられないと弁明の機会もなくなるぞ。ほら、これでもまだ決断できないのか?」
「……わかりました」
その会話にどんな意味があったのか、それはその時の俺には分からなかった。だけどそれが切っ掛けとなり僧侶らしき男が動き出す。
大きく息を吸い込んで魔力を練り上げる。その魔力は右の拳に集中し、赤い光を放つまでになっていた。魔刃ならぬ魔拳とでも言うべき状態となったそれで男は、
「はあ!」
高速でトールへと踏み込んで正拳突きを放つ。身長差の関係もあったのかそれは容赦なくトールの額へと突き刺さった。
およそ肉と肉がぶつかったとは思えない鈍く低い音が俺たちの耳に届き、
「……まあ失格ではないな」
その後にトールの何も変わらぬ声が聞こえ、僧侶の男がそのまま前のめりに倒れていく。
「あの情けない奴のように吹っ飛ばないで踏ん張れただけでもマシだったよ、お前は。まあそれでも戦いにはならなかったのは残念だ」
僅かに避けた額から血が僅かに出て顔を伝わり地面に滴り落ちる。それを見て流石に無敵ではなく傷を負いはするらしいと何故だか少しだけ安堵してしまった。
とは言え単なる身体強化ではない魔拳の一撃でもこれだけの被害だとは、もはや敵う敵わないの問題ではない。
「ほら、何をボーとしてる。さっさとこいつらの捕縛と傷ついた奴らの救護をしてやれ」
そう言われてついその戦いぶりに見惚れていた俺達はようやく自分たちのその場での役割をこなし始めるのだった。
死んでもこいつを敵に回さないようにしなければならない、と密かに決意しながら。




