第九十九話 乱戦の兆し
教会の方に意識を取られていた。それが不意を突かれた最大の要因と言えるだろう。
他にも挙げるなら「力の信奉者」がエストを粛清する動きを見せるとは思っていなかったのだ。当の本人であるエストもそう言っていたから。
「くそ、一体何がどうなってるんだ?」
「悪いが俺にも分からん。「力の信奉者」らしくない事は間違いないが、とにかく今は急ぐしかあるまい」
エスト襲撃の情報が齎された俺はソラとロゼを抱えながらトールを伴ってその現場へと急いでいた。
その場所はフーデリオからそう離れた場所ではなく、魔力強化した肉体ならそう時間が掛からずに辿り着ける。ギルドからも増援が派遣されるそうだが、それを待ってはいられない。
例えこれが俺をおびき寄せる為の罠であってもエストを見捨てるという選択肢がない以上は。
「なんにせよ「力の信奉者」の連中はお前に興味を持っているのは間違いない。【死霊姫】を仲間に加えただけでなく、【根無し草】の離反を誘発し、更には【殺戮の剣王】と【毒婦】という戦力を仕留めたんだ。それだけで興味を引くには十分過ぎる上に俺達「未知の世界」と関わりを持っているんだから尚更だろうさ」
俺がすぐに救援に向かえる距離でエストを襲撃したのもそれが理由なのか。はたまたそれ以外の理由があるのだろうか。どちらにせよこのまま何も起こらないことはまずあり得ないだろう。
(やっぱり聞いていた通り異世界人である俺は騒動からは逃れられない定めなんだな)
本来ならロゼやソラは街にでも置いて行きたかったのだが、トールの逆にエスト側が囮で俺だけ街を離れたところで本命がソラ達を攫う可能性もあると言われたので連れて行くことにしたのだ。
トールが一切気負うことなく傍に居るのなら護衛として守って見せると言い切ってみせたのとその時に感じた強大な力のオーラを信じることにして。
「そろそろ目的地に着く頃だ。ソラ達も気を抜くなよ」
「了解しました」
「正直に言うと自信はないけど足を引っ張る事だけはしないように努力するわ」
「見えて来たぞ」
トールの言葉通りエスト達が移動の為に使っていたと思われる複数の馬車の姿が見えてくる。正確に言えば馬車の残骸と言うべき無残な姿と成り果てており、その周囲には馬や護衛の死体が転がっていたと言うべきか。
その死体の中にエストの姿が無い事を一先ず俺は安堵する。
「まだ死体が食われずに残っていることからして時間は経っていない。それに何者かと戦闘したと思われる痕が森の方に続いているな」
「生き残った連中がどうにか抵抗しながら逃げたってことか」
エストもその中にいるはずだ。
「恐らくはな。だが追い詰められているのはほぼ間違いないだろう。でなければ人気のない方向へわざわざ逃げる訳がない」
あるいは敵に誘導されてしまったのかもしれない。
人に見つかる恐れのない森の奥へと。
「とにかく急ぐぞ。時間が経てば経つほど奴らの生存率は低くなる」
死んでしまった彼らには悪いが埋葬している暇はない。敵について手掛かりになりそうな物が無い事だけ手早く確認すると俺達は急いでその戦闘痕を追って行く。それがエストの元に繋がっていると信じて。
「イチヤ様、また血の臭いが強くなってきました」
俺も人の気配に近付いている事を察知したので短刀を抜いて臨戦態勢に移る。無論の事、可能な限りの魔力強化も施して。
そして俺達が森の先で見た光景は一瞬では判断がつかないものだった。まず目に入るのは傷ついて倒れている生き残った護衛らしき奴等。だがその中にエストは確認できない。
次に目に入るのはその護衛達を庇うようにしてその前に立っている僧侶のような服を着た青年だ。彼は他の奴らと違って服が破れるところか汚れすらない状態である。
そして最後はそんな青年と敵対するようにしてボロボロで血だらけの状態で息を荒げている男だった。状況だけ見ればこの男が襲撃者のように見えるが、それだとどうしてこんなにボロボロになって追い詰められているのだろうか。
このよく分からない状況でどう動いたものか、そう一瞬だけ考えた俺を置き去りにして一つの影が疾走する。
「お前達は倒れている奴らの対処をしろ。他は俺が対処する」
そんな言葉だけを残して『戦闘狂』の天職を持つ【掃除屋】ことトールは一切の迷いや容赦もなく立っている二人に向かって攻撃を放っていた。




