第九十六話 魔力強化の可能性
天職の学習能力と毎日繰り返してきた鍛錬の成果もあり魔刃の熟練度もかなり上がっていた。今では手足を操るのと同じような感覚で瞬時に魔刃を作り出すことが出来るくらいには。
だけどこれから何が起こるか分からない以上はここで満足していてなどいられない。
(未だにどちらか片方ならともかく、身体強化と魔刃の同時使用には溜めの時間が必要になるな)
並大抵の敵ならこれでも充分なのだろうが、これまでの経験からいってもこの新しい人生がそんな平穏に恵まれるとは思えない。騒動に巻き込まれるのが異世界人としての宿命かもしれないのだから尚更だ。
「という訳で実験開始と行きますか」
今回の実験は魔力強化についてだ。なお場所は大蛇の迷宮の一室でソラ達には危ないので部屋の外で周囲の警戒を頼んである。これで誰かに盗み見られることもない。
(身体や剣に魔力を流し込めるのなら他の物にも応用できるはず)
そう考えて試しにライターに魔力を流し込んでみたところある程度までは特に変化はなかったが、ある一定の量を超えたところでこちらの狙い通り赤く発光し始める。
(やっぱり通常時よりも割増しで魔力を流し込んで強化することが赤く発光する、つまりは〈魔刃〉の発動条件なんだな)
刃はないので正確には違うのかもしれないが、まあ武器以外でここまで強化することが滅多にないから〈魔刃〉なんて呼ばれ方をしているのだろう。
そんな考察をしながら試しにその状態で点火してみたら、
「あっつあ!?」
明らかにライター単体で生み出せる限界を超えた尋常ではない炎が爆発と同時に生み出され、俺の首から上がその炎に運悪く巻き込まれて飲み込まれる。
念の為に身体強化もしておいたから熱い程度で済んだが、元の世界だったら最低でも顔面が焼け爛れて下手すれば死んでいた事だろう。それぐらい炎の火力も勢いも強力だった。
もっともそれだけの火力と爆発だとライターも耐え切れず粉々にぶっ壊れていたが。前に人間の体でも実験したが、どうやら魔力強化のやり過ぎは最終的に自壊する運命を辿るらしい。
「……とりあえず持ってきた品でも魔力強化が可能なのは分かったな」
ソラ達に情けない姿を見られなくてよかったと少しホッとしながら俺は次々に試していく。
包丁や鋏、挙句の果てには剃刀でやれば切れ味が増すのはまあ予想の範囲内だったが、意外だったのは目薬などだろうか。
最初は赤く光っても特に変化はないと思ったのだが、その状態で使用してみると通常時より良く効くのが実感できるくらい瞳が潤うのだ。更にそればかりか若干だが視力が強化される事も判明した。
(魔力強化は対象にしたものの特性や性能を強化するってことか?)
試しに外に居る二人に適当な魔獣を二体ほど捕獲して貰って、そいつらの身体に同じような切り傷を付けた後に安物の回復薬を掛けてみる。
ただし片方は魔力強化した物を。もう片方には何もしていない物を。
その結果はやはり魔力強化した回復薬の方が高い効果がある事が判明した。
「これなら武器以外でも色々と使い道があるな。まあ使い所は難しいが」
回復して襲いかかって来ようとした魔獣を始末しながら俺は呟く。
魔力強化は当然の事ながら魔力を消費する。その上、赤く発光する魔刃並まで強化する時の魔力消費量はバカにならないのであまり乱発することも出来ない。
下手にこっちで魔力を使い過ぎて武器に回す分の魔力が無くなっては元も子もないので。
なにより普通に効果や質の高い物を用意した方が手間が掛からない。
「さてと、そろそろ本命に行きますか」
手持ちの中で最も魔力の蓄積量が多いミスリルの短刀を取り出すとこれまでと同じように魔力を込めていくと赤と銀色に発光し始めた。通常の〈魔刃〉ならこれで十分であり、その気になれば斬撃を飛ばすことも十分に可能なレベルだ。
だが今回はそこで止めずに魔力の注入を続ける。赤と銀の光が目を晦ませるくらいに強くなっても、徐々に熱を持って震動までし始めてもだ。
〈魔刃〉が通常の魔力強化の何倍もの魔力を使うことで起こる現象なら、もしかしたらその先もあるのではないかという仮説を実証する為に。
それからゆっくりと時間を掛けて魔力を短刀へと流し込み続ける。何かあったのならすぐに退避できるように身体強化も警戒も最大の状態で。
(見極めろ。天職で強化された今の俺の眼ならそれが出来る筈だ)
そうして時間が経てば経つほど、戦えば戦うほどに魔力の保有量が増え続けるという普通の人族ならあり得ない現象の所為で莫大な魔力を持つに至っている俺の全魔力を込めた時にそれは起こった。
(光が黒くなってきている?)
赤と銀色の光が薄れて、その代わりにどこか見覚えのある気がする黒色の光が少しだけだが短刀から溢れ出てきているように見えた。
このまま行けば何か分かるかもしれない。
そう思ったのだがそこが限界だった。
「ああくそ、魔力切れか」
流し込む魔力というエネルギーが尽きたことで黒い光どころか他の二色の光も消えてしまう。それと同時に魔力切れ特有の気怠さが襲い掛かって来ていた。
最初の実験で多少魔力を消費していたが、これはそういう問題ではない。その程度ではまだ足りないのが感覚的に分かってしまったからだ。
(先はありそうだけど、そこに辿り着くまではまだまだ修行不足ってことか)
それから少し休憩して魔力が回復した後に、ふとそこで思いついたことをやってみた。
それは適当な武器を地面に突き刺して、離れたところから魔力が込められないか。言うなれば遠隔による魔力強化や〈魔刃〉が出来ないかという試みだ。
「……って、どうすればいいのかさっぱり分からんな」
そんな事は元から不可能なのか、それとも実際にこの目で見ていないから再現不可能なのか。その答えすらも分からないが結果は完全なる不発。
何も起こらず俺は剣に手を抜けて必死に念を送るという端から見たら笑いものになりそうな図を作り出すだけだった。
「うーん、成果があるにはあったが革新的とはいかないな」
まあ俺としても一朝一夕でどうにかなると思っている訳ではない。のんびりとやるつもりはないが、こればかりは成果が出るまで地道に努力を積み重ねていくしかないだろう。
こうして一通りの実験を終えた俺は、ソラとロゼの鍛錬という名の適当に金になりそうな魔獣を倒すことをこなしながら宿への帰路に付くのだった。




