3話 備え
鞴から吹き出る風の音が、ぼう、ぼう、と響いていた。
炭がその度に、ぼうっと赤く、明るくなり、熱気が立ち昇る。
鍛冶場で一人、エイジが金槌を振るう。
周りに人の気配はなく、薄暗い鍛冶場でエイジの金槌の音が響く。
弟子たちは皆、いつもより早めに帰していた。
ナツィオーニの町から来たダンテやカタリーナはもちろん、ピエトロにも武器作りには触れさせないつもりだった。
武器作りは自分一人の仕事だ、とエイジは決めている。
ピエトロの口の固さは信頼していたが、事情を知ってしまえば、まだ幼いピエトロでは、態度に現れる可能性が高い。
小さなことを疎かにしていては、どこから不信感を抱かれるか分からない。
細心の注意が必要だろう。
教育の機会という面で見ればもったいないが、一人で作った方が、手間もかからないという面もあった。
人に教え、指示を出しながら作業をするというのは、なかなかに難しい。
少なくとも基本的な技術がもう少し高まらなければ、任せることは出来ないだろう。
「しかし、結局は作るのに夢中になってしまうんだよなあ……」
エイジは自嘲の笑みを浮かべた。
武器を作りたくない、とさんざん拒否をしてはいても、いざ作る段になると、目の前の作業に熱中してしまう。
つくづく職人というのは、因果なものだと思う。
物を作る喜びが、何物にも代えがたいのだ。
エイジが自衛のための武器としてまず作ることにしたのは、槍先だった。
狼退治の際に一度作っているため、作業工程や要所をよく分かっていることが大きい。
野鍛冶、道具鍛冶としては熟練の腕ではあるが武器作りは専門外だ。
少しでも経験のある物を先にした方が、勘所をつかむ意味でも良い。
また、長物は刀などに比べて間合いの広いこともあって、戦場の主力になるだろう。
鏃は弟子たちに作らせているから、エイジ自身は他人では作れないものを作ることに全力を注げる。
形状は素槍を中心に、フィリッポのような体格の大きい者には、大身槍も作る予定だ。
その分使う鋼材の量も飛躍的に増えていくが、この際目を瞑る。
ダンテたちの採掘が捗るな、と思った。
夕暮れは鍛冶師にとって、一番の腕の振るいどきだ。
赤く染まる陽光は、熱された鋼の色をくっきりと見せてくれる。
明るすぎる真っ昼間では、こうはいかない。
エイジは地金を続けざまに作った。
どれも物差しで測ったように、ぴったりと同じ形になっている。
重ねれば、そのズレは一ミリ以内に収まっているだろう。
同じものばかりを作るのは、作業効率を高めてくれるからだ。
地金は地金、刃金は刃金、沸かし付け、焼入れ、焼き鈍しと、やるべき行程は数多い。
一週間ごとに作るものを変えようか、と思う。
「……。誰か居るのか?」
ふと、気配を感じた。
振り向いて人を探す。
いつもの鍛冶場の音だ。それしか聞こえない。
エイジは作業を中断して、部屋の中を見渡した。
物陰になっているところも、人が隠れた形跡はない。
だとすれば玄関か、鎧戸か。
どちらも光を入れるために開けている。
「……おかしいな」
どちらも、誰もいなかった。
だが、確実に気配は感じた。
一体誰が、何の目的で鍛冶場に近寄ったのか。
エイジは作業が一段落したのを機に、火を落とす。
しっかりと玄関を施錠した。
鍵は鋼鉄製で、普通では切れない。
これでまず安全だろう。
ひとまず人の気配のことは忘れて、エイジは今後の計画を考える。
戦の準備は武器だけを作ればいい、というものではない。
食料や防具、防衛施設の建造なども、準備の一つだろう。
だから身を守るべき物も必要になる。
だがそれは、別に鉄器以外の物でも、改善を図ることが可能だ。
タニアさんが中心になって指示してもらい、次はあれを作ってもらおうか。
実のところ、それを作るのに必要な環境は揃っていた。
あとはやり方を変えるだけだ。
エイジは色々と、今後を考えながら帰路につく。
自宅に帰ると、タニアが料理を終えて待ってくれていた。
夕暮れ時に鍛冶をして過ごしているから、他所の家よりも食事が遅い。
そのため、油を余計に使うことになり、懐には少し厳しい。
エイジが帰ると、すぐに食事を始める。
「それでエイジさん一人が残っているんですね?」
「ええ。今は完全に一人ですね。今回は誤解のないように先に話しておこうと思って」
「その節は申し訳ありませんでした……」
「ああ、いえ。蒸し返すつもりで言ったんじゃないんです。そうじゃなくてですね、今後ピエトロたちと接するときに、何か聞かれても、他言無用でお願いします」
「分かりました。誰にも言いません」
タニアが強く頷くのを見て、安心する。
エイジとしては、たとえ武力を持つようになっても、戦争には発展しないで欲しい。
密かに力を蓄え、他所では覆せないような戦力比になって、堂々と独立を勝ちとってくれるのが一番いい。
甘いと言われるかもしれないが、エイジは身近な誰かが死ぬのは、何より避けたいことだった。
新聞やテレビで遠くの人が亡くなっているような、人事のように扱えない。
この村で戦が起きれば、これまで接してきた近しい人が次々と亡くなっていく。
それは、もしかしたら自分かもしれないのだ。
そう考えれば、何よりばれないことが一番肝要だろう。
「でも、あの人たちは本当によくやってくれてますよ」
「ええ、それは私も認めますよ。私には過ぎた弟子たちです」
弟子が師匠の家の周りの世話をするのは、中世なら当たり前で、洋の東西を問わない。
あるギルドの約束事の中には、師匠の妻が弟子をこき使い過ぎないこと、などとわざわざ書き残す事例があるぐらいだ。
タニアも妊娠中ということもあって、身の回りの世話をお願いしている。
それだけに、タニアの態度も、気になるところだった。
「そういえばエイジさん」
「なんですか?」
「カタリーナさんがブラジャーを作って欲しいと言っていましたけれど」
「ああ、たしかにカタリーナさんは必要でしょうね」
「作ってあげようと思うので、作り方を教えてもらえますか?」
「なんだったら私が作り……あ、いえ! 何でもないです、タニアさんにお願いします!」
「よろしい」
こ、怖えー。
エイジが作ろうかと提案しかけた途端に、タニアの目が剣呑な光を帯びた。
先ほどまで笑顔だったのに、急に真顔になるのは止めてほしい。
サイズを測るため、と言って何度もタニアの胸を触ったから、胸好きはしっかりと把握されてしまっている。
カタリーナも胸回りが非常に豊かなのだ。
たしかにブラジャーはあった方がいいだろう。
「それじゃあ、タニアさんのも新調しましょうか?」
「そうですね。お腹が大きくなってきたせいか、最近また大きくなってきて。ホックの位置じゃ調整できないぐらいですし」
「タニアさんのは私が作りますので、同じようにカタリーナさんのを作ってあげてください」
「お願いしますね。エヴァさんやアデーレさんは無くても大丈夫かなぁ……」
タニアに言われ、エイジもフィリッポの妻のエヴァや、フェルナンドの妻アデーレを思い出した。
うん……なくても大丈夫だろうとは思うけど、ファッションとしてあって困るものではない。
だが、優先順位は下げても構わないだろう。
エイジは当り障りのない答えを返すに留めた。
「まずは自分たちのを作ってから考えてみては?」
「そうします」
話の種は尽きない。
食事を終えてもしばらく、エイジたちは会話を楽しんだ。




