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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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3話 備え

 ふいごから吹き出る風の音が、ぼう、ぼう、と響いていた。

 炭がその度に、ぼうっと赤く、明るくなり、熱気が立ち昇る。

 鍛冶場で一人、エイジが金槌を振るう。

 周りに人の気配はなく、薄暗い鍛冶場でエイジの金槌の音が響く。

 弟子たちは皆、いつもより早めに帰していた。


 ナツィオーニの町から来たダンテやカタリーナはもちろん、ピエトロにも武器作りには触れさせないつもりだった。

 武器作りは自分一人の仕事だ、とエイジは決めている。

 ピエトロの口の固さは信頼していたが、事情を知ってしまえば、まだ幼いピエトロでは、態度に現れる可能性が高い。

 小さなことを疎かにしていては、どこから不信感を抱かれるか分からない。

 細心の注意が必要だろう。


 教育の機会という面で見ればもったいないが、一人で作った方が、手間もかからないという面もあった。

 人に教え、指示を出しながら作業をするというのは、なかなかに難しい。

 少なくとも基本的な技術がもう少し高まらなければ、任せることは出来ないだろう。


「しかし、結局は作るのに夢中になってしまうんだよなあ……」


 エイジは自嘲の笑みを浮かべた。

 武器を作りたくない、とさんざん拒否をしてはいても、いざ作る段になると、目の前の作業に熱中してしまう。

 つくづく職人というのは、因果なものだと思う。

 物を作る喜びが、何物にも代えがたいのだ。


 エイジが自衛のための武器としてまず作ることにしたのは、槍先だった。

 狼退治の際に一度作っているため、作業工程や要所をよく分かっていることが大きい。

 野鍛冶、道具鍛冶としては熟練の腕ではあるが武器作りは専門外だ。

 少しでも経験のある物を先にした方が、勘所をつかむ意味でも良い。


 また、長物は刀などに比べて間合いの広いこともあって、戦場の主力になるだろう。

 やじりは弟子たちに作らせているから、エイジ自身は他人では作れないものを作ることに全力を注げる。

 形状は素槍を中心に、フィリッポのような体格の大きい者には、大身槍おおみやりも作る予定だ。

 その分使う鋼材の量も飛躍的に増えていくが、この際目を瞑る。

 ダンテたちの採掘が捗るな、と思った。


 夕暮れは鍛冶師にとって、一番の腕の振るいどきだ。

 赤く染まる陽光は、熱された鋼の色をくっきりと見せてくれる。

 明るすぎる真っ昼間では、こうはいかない。


 エイジは地金を続けざまに作った。

 どれも物差しで測ったように、ぴったりと同じ形になっている。

 重ねれば、そのズレは一ミリ以内に収まっているだろう。


 同じものばかりを作るのは、作業効率を高めてくれるからだ。

 地金は地金、刃金は刃金、かし付け、焼入れ、焼き鈍しと、やるべき行程は数多い。

 一週間ごとに作るものを変えようか、と思う。


「……。誰か居るのか?」


 ふと、気配を感じた。

 振り向いて人を探す。

 いつもの鍛冶場の音だ。それしか聞こえない。

 エイジは作業を中断して、部屋の中を見渡した。

 物陰になっているところも、人が隠れた形跡はない。

 だとすれば玄関か、鎧戸か。

 どちらも光を入れるために開けている。


「……おかしいな」


 どちらも、誰もいなかった。

 だが、確実に気配は感じた。

 一体誰が、何の目的で鍛冶場に近寄ったのか。

 エイジは作業が一段落したのを機に、火を落とす。

 しっかりと玄関を施錠した。


 鍵は鋼鉄製で、普通では切れない。

 これでまず安全だろう。


 ひとまず人の気配のことは忘れて、エイジは今後の計画を考える。

 戦の準備は武器だけを作ればいい、というものではない。

 食料や防具、防衛施設の建造なども、準備の一つだろう。

 だから身を守るべき物も必要になる。


 だがそれは、別に鉄器以外の物でも、改善を図ることが可能だ。

 タニアさんが中心になって指示してもらい、次はあれを作ってもらおうか。

 実のところ、それを作るのに必要な環境は揃っていた。

 あとはやり方を変えるだけだ。

 エイジは色々と、今後を考えながら帰路につく。




 自宅に帰ると、タニアが料理を終えて待ってくれていた。

 夕暮れ時に鍛冶をして過ごしているから、他所の家よりも食事が遅い。

 そのため、油を余計に使うことになり、懐には少し厳しい。

 エイジが帰ると、すぐに食事を始める。


「それでエイジさん一人が残っているんですね?」

「ええ。今は完全に一人ですね。今回は誤解のないように先に話しておこうと思って」

「その節は申し訳ありませんでした……」

「ああ、いえ。蒸し返すつもりで言ったんじゃないんです。そうじゃなくてですね、今後ピエトロたちと接するときに、何か聞かれても、他言無用でお願いします」

「分かりました。誰にも言いません」


 タニアが強く頷くのを見て、安心する。

 エイジとしては、たとえ武力を持つようになっても、戦争には発展しないで欲しい。

 密かに力を蓄え、他所では覆せないような戦力比になって、堂々と独立を勝ちとってくれるのが一番いい。

 甘いと言われるかもしれないが、エイジは身近な誰かが死ぬのは、何より避けたいことだった。

 新聞やテレビで遠くの人が亡くなっているような、人事のように扱えない。

 この村で戦が起きれば、これまで接してきた近しい人が次々と亡くなっていく。

 それは、もしかしたら自分かもしれないのだ。

 そう考えれば、何よりばれないことが一番肝要だろう。


「でも、あの人たちは本当によくやってくれてますよ」

「ええ、それは私も認めますよ。私には過ぎた弟子たちです」


 弟子が師匠の家の周りの世話をするのは、中世なら当たり前で、洋の東西を問わない。

 あるギルドの約束事の中には、師匠の妻が弟子をこき使い過ぎないこと、などとわざわざ書き残す事例があるぐらいだ。

 タニアも妊娠中ということもあって、身の回りの世話をお願いしている。

 それだけに、タニアの態度も、気になるところだった。


「そういえばエイジさん」

「なんですか?」

「カタリーナさんがブラジャーを作って欲しいと言っていましたけれど」

「ああ、たしかにカタリーナさんは必要でしょうね」

「作ってあげようと思うので、作り方を教えてもらえますか?」

「なんだったら私が作り……あ、いえ! 何でもないです、タニアさんにお願いします!」

「よろしい」


 こ、怖えー。

 エイジが作ろうかと提案しかけた途端に、タニアの目が剣呑な光を帯びた。

 先ほどまで笑顔だったのに、急に真顔になるのは止めてほしい。


 サイズを測るため、と言って何度もタニアの胸を触ったから、胸好きはしっかりと把握されてしまっている。

 カタリーナも胸回りが非常に豊かなのだ。

 たしかにブラジャーはあった方がいいだろう。


「それじゃあ、タニアさんのも新調しましょうか?」

「そうですね。お腹が大きくなってきたせいか、最近また大きくなってきて。ホックの位置じゃ調整できないぐらいですし」

「タニアさんのは私が作りますので、同じようにカタリーナさんのを作ってあげてください」

「お願いしますね。エヴァさんやアデーレさんは無くても大丈夫かなぁ……」


 タニアに言われ、エイジもフィリッポの妻のエヴァや、フェルナンドの妻アデーレを思い出した。

 うん……なくても大丈夫だろうとは思うけど、ファッションとしてあって困るものではない。

 だが、優先順位は下げても構わないだろう。

 エイジは当り障りのない答えを返すに留めた。


「まずは自分たちのを作ってから考えてみては?」

「そうします」


 話の種は尽きない。

 食事を終えてもしばらく、エイジたちは会話を楽しんだ。

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