56 最強の騎士からの称賛
「セイラは信じていた君に裏切られたと思って確実に絶望するだろう。そんな思いをさせるのは……本意ではないだろう」
(ガイズ殿のセイラへの思いは複雑なものだ。だからこそ、セイラを絶望させるようなことはしたくないはずだが)
ダリオス自身、セイラに絶望を味わわせることはできればしたくない。ポリウスにいた頃、長年セイラの護衛をしてきたガイズが偽りとはいえセイラを裏切っていたと思わせられれば、セイラの心痛はどれほどのものだろうか。
ダリオスの言葉に、ガイズは膝の上でまた拳を強く握り締めた。そして、ダリオスをジッと見つめる。
「もちろん、セイラ様に辛い思いをさせるのは本意ではない。だが、セイラ様が本気で絶望する様子を見ることで、ルシアも第一王子も国王の前で本性を現すはずだ。そのためならば、俺はセイラ様にどう思われようとも構わない。それに……セイラ様であれば、我々の判断を後々きっとわかってくださるはず。自分は、セイラ様を信じている」
ガイズの言葉に、ダリオスは小さく息をのんだ。この男は、誰よりもセイラを信じている。長年側でセイラを守って来た自負と、セイラとの信頼関係に絶大な自信を持っているのだ。その事実に、ダリオスの胸に黒い靄のようなものがかかる。
(こんな時にまで嫉妬が芽生えるなんて、俺もまだまだだな)
そんな思いを払拭するかのように、ダリオスはそっと目を伏せ、それからすぐに顔を上げた。
「わかった。ガイズ殿の決意に乗ろう。セイラにはこのことは秘密にする。クレアも、セイラには黙っていてくれ」
*
「こうして、自分はハロルド卿たちと共に、あの男たちが行動を移すのを待っていました。そして、ついにその日が来た」
ガイズの話を聞きながら、セイラはただ大きく瞳を見開いてガイズとダリオスを見つめていた。自分の知らないうちに、こんなにも大掛かりなことが秘密裏に動いていたのだ。
「セイラ様にお伝えしなかったのは俺の判断です。セイラ様には辛い思いをさせてしまいました。本当に申し訳ありません」
そう言って、ガイズは深々と頭を下げる。それを見て、ダリオスは悲し気に微笑んだ。
(ガイズもダリオス様も、誰も何も悪くない。みんな、それぞれが必要なことをそれぞれに行っただけだわ)
ガイズがどれだけの思いをしてセイラに隠しきったのか、そしてあの時、セイラの絶望する顔を見てどれほどの思いだったのか。それを思うだけでもセイラの胸は痛みで張り裂けそうだった。セイラは胸の前で両手を握り締めると、すうっと深呼吸する。それから、そっとガイズに語り掛けた。
「ガイズ、頭をあげてください。私は話してもらえなかったことを怒ったり悲しんだりしません。あなたもダリオス様も、誰も何も悪くないんです。むしろ、あなたがどれだけの思いを抱えて今回のことに臨んだのか、それを考えると私の方が頭が上がりません。あなたが判断したことは正しかった。だから、もうそんなに謝らないで」
セイラの言葉に、ガイズの肩がほんの少し揺れる。そして、静かにガイズは顔を上げ、セイラを見た。セイラはどこまでも深い優しさを含んだ微笑みをガイズに向けていて、ガイズは思わず息をのむ。だが、すぐにハッとして、また小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
ガイズの肩はほんの少し震えていた。膝に置く手は拳がきつく握られている。そんなガイズを、ダリオスは複雑な思いで見つめていた。
「それでは、自分はこれで失礼します。お二人の邪魔をしてはいけないので」
小さく深呼吸してからガイズは頭を上げて小さく微笑み、そう言って立ち上がった。
「ガイズ殿」
部屋から出ようとするガイズの背中に、ダリオスの声がかかる。ガイズが振り返ってダリオスを見ると、ダリオスは真剣な眼差しを向けていた。
「今回のこと、本当に感謝している。ガイズ殿の騎士としての思い、行動は称賛に値する。今後も、どうかレインダムのために、……そしてセイラのためにその力と忠誠心を存分に発揮してほしい」
ダリオスの言葉を聞いて、ガイズの両目が大きく見開かれた。セイラは本当に嬉しそうにガイズを見て頷き、微笑んでいる。それを見て、ガイズの胸に表現のできないほどの強い思いが溢れ、ガイズは深々とお辞儀をする。そして、静かに部屋から出て行った。
ドアを閉め、ガイズは静かに歩き出した。だが、途中で歩みが止まる。ガイズはよろよろと壁に寄り掛かると、俯いて両手で顔を覆った。ガイズの肩は静かに震え、両手の隙間から水滴がポタリポタリと落ちていく。その涙は、ガイズが生きてきた中で一番嬉しい涙だった。
少しして、ガイズは袖で涙を拭い、ふーっと大きく息を吐いた。それからガイズはしっかりと前を見て歩き出す。その顔は、今まで以上に逞しく頼りがいのある騎士の顔だった。




