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拾・秋良と…… 前



 はるかは家の裏手から表側へ回りこみながら、両手の中でひとつ残された芋を転がしていた。

 芋の回転にほぼ等しく、頭の中にも様々な思考がぐるぐると転がっている。

 両方の回転が止まったのは、呼びかける声があったからだ。


「姫さん、どこに行くだら?」


 はっと後ろを振り返る。

 そこには、表戸から中に入ろうとしている(みどり)冴空(さすけ)の姿があった。考え事をしている間に、目的地を通り過ぎてしまっていたらしい。

 手中の芋に翠の視線が向く。


「生の芋を食べるのは良くない」

「ちっ違うよ! 食べようとしてたわけじゃ」


 間が悪いことに、そよいだ風が台所のおいしそうな匂いを運んできた。はるかの腹の虫が即座に鳴き声をあげる。

 はるかは自分の食欲を恨んだ。これでは本当に芋を生のまま食べるか否か、悩んでいたようではないか。


「うぅ......私だって生のお芋がおいしくないって知ってるんだから」


 言い訳になっていないつぶやきをもらし、話題を替えた。


「ふたりとも一緒だったんだ?」

「諜報隊の者に連絡をつけた帰りに、偶然行きあった」


 翠が答える。ふと思いついたことを尋ねようと、はるかが口を開きかけたそのとき。屋内から里夢(りむ)の声が聞こえてきた。


「みんなそろってる? 朝ごはんできたから、席についてー!」


 ごはん、と聞いて、はるかの身体は半ば無意識の内に屋内と引き寄せられていく。

 そのまま、翠への問いかけはうやむやになってしまった。


 卓に並べられた朝食は、焼いた川魚に玄米の混ざったご飯、大きめに切った芋と葉野菜の具沢山な汁物だった。

 素朴ながら深みのある味付けの朝食を、はるかはしっかりと味わう。

 おかわりをしつつ、珍しく食事中に別のことを考えていた。


『心と身体がちぐはぐ』という里夢の言っていた言葉が頭から離れない。

 栞菫(かすみ)の過去にまつわる場所を訪れたときや、過去の体験に酷似した状況下に置かれたとき。記憶が白昼夢として蘇る時がある。

 白昼夢は栞菫――つまり過去の自分がかつて体験したはずの記憶なのに、『栞菫の中にいる自分(はるか)』がそれを見せられているように感じるのだ。

 里夢の言葉は、こういった現象のことを指しているのだろうか。それとも、もっと別のなにか――?


 先刻翠に言いかけたのも、このことについてだった。

 今朝、里夢が口を滑らせてしまったときは、『先生から話があるはずだから』と濁されてしまった。

 ということは、雀蓮(じゃくれん)にきけば確かなことがわかるのだろうか。


 はるかは咀嚼していた最後の一口を飲み込み、辺りを見回す。そのとき初めて、朝食の席に雀蓮が不在だったことに気がついた。

 しかも、いつの間にか卓についているのは自分ひとりになってしまっている。考え事をしている間に、皆食事を終えてしまったようだ。


 空いた皿を片付けるため台所からこちらへ戻ってきた里夢に、はるかが問う。


「里夢ちゃん、雀蓮さんは?」

「先生は今、眼が離せないんだって。診療室で実験器具とにらめっこしてると思うよ」


 一度に運べずに里夢が残していった皿を片付けようと、はるかが手を伸ばす。

 が、皿を持ち上げるより早く里夢の声が台所から聞こえてきた。


「置いといていいからねー、あたしの仕事だから気にしないで」


 なぜだろう。

 里夢の前では一度もそんなそぶりを見せたことはないはずなのに。

 不器用さと失敗率の高さを、里夢に見抜かれているような気がする。


 お断りされた以上無理に手伝うわけにも行かず、はるかは診療室の扉の前に立った。

 扉の向こうからは物音ひとつ聞こえてこない。恐る恐る扉を叩く。


「どうぞ」


 帰ってきた声に、来訪者を拒む色は欠片もない。

 はるかは静かに扉を開けた。診療室の中は何度か立ち入ったときと同じ、蛍石(ほたるいし)の淡い光のみに照らされている。薄暗い室内に足を踏み入れた。


 机の上、脇に寄せられた本の山の上に、空になった朝食の器が重ねて置かれている。

 本を押しのけて作られた中央の空間には、底の丸い実験瓶を宙吊りにする台が置かれていた。

 下に置かれた小さな瓶に灯された炎が実験瓶の底を炙る。実験瓶の中では透明な液体がいくつも気泡を浮かべていた。

 実験瓶の蓋を突き抜けた透明な管は、隣に置かれた湯呑……もとい目盛付き実験瓶の蓋に繋がっており、その底に一滴、また一滴と雫を落としていく。

 雫は、まだ底にわずか溜まったのみ。隣で揺らめく炎の輝きを受けて、様々な色を水面に浮かび上がらせている。


 雀蓮は机の前の椅子に腰掛けて、それをじっと見つめていた。


彩玻水(さいはすい)の結晶を作っているところなんだ。この火加減が難しくてね」


 はるかが声を掛けあぐねているのを見越してか、雀蓮は尋ねもしないのに説明した。

 掛けていた眼鏡を外し白衣の胸に縫われた物入れにしまうと、椅子ごと向き直った。


「どうしたのかな、何か相談事でも?」


 雀蓮の前に置かれた椅子に勧められるままに腰かけ、はるかは考えながら言葉を紡ぐ。


「えぇっと……朝、里夢ちゃんから」


 そこまで言ってしまってから、口止めされていたことを思い出す。


「あやや、そうじゃなくて、その……心と身体が、ちぐはぐって。あの、昔、里夢ちゃんが……じゃなくて!」


 里夢から聞いたということを伏せて質問したいのだが、どうも上手くいかない。というか、もうばれてしまっているのではないだろうか。

 変な汗をかき始めたはるかに、雀蓮は優しい笑みを向けて言った。


「聞きたいことは、なんとなくわかったよ。僕から君に説明したと、里夢には後で伝えておくから」


 それを聞いて、はるかはやっと落ち着きを見せた。


【生の芋】はるかの言葉から推察されるとおり

、沙里にいた頃に食べた経験あり。


【実験器具】雀蓮の衣服や道具は双月界では見慣れないものだが、我々には馴染み深い。例えば、白衣や丸底フラスコ、ビーカー、アルコールランプなど。眼鏡は、ごくわずかではあるが双月界でも普及し始めている。



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