23話
そんなこともあったわけだけど。
私の日常に変化があったかと言うと、変わったと言えば変わったし、変わらなかったと言えば変わらなかった。
「今日も平和だー」
軒先に吊るし上げた暗殺者たちに一発ずつ腹パンを決めながら、平穏な日常を満喫する。うむうむ、これこそが私が愛した日常だ。やっと帰ってきたって気がする。
……帰ってきた? 帰ってきた。うん、帰ってきたってことにしよう。私は今平和なんだから、それ以上のことは考えないようにしよう。道具屋戦線異常なし。
「お嬢ー。衛兵呼んできたぞー」
「カルロさん、ありがとう。そろそろお昼ご飯作るけど、みんな食べてくよね?」
「お、いいのか? それじゃあご相伴に預かっちまおうかな」
「うん。シルルちゃんに何か食べたいものないかって聞いてきて」
午前中の一仕事を終えて、ひとまずお昼休憩だ。周期的に次の襲撃は午後二時くらい。それまでには魔道具の再設置も済ませておこう。
少しだけ慌ただしくなった、ちょっとだけ殺伐とした平和な日常。慣れればこんな毎日も、そう悪くはないかなって思えてきた自分がいる。
「おいおい、俺とリオンには聞いてくれないのかよ」
「どうせ肉でしょ」
「大盛りで頼む」
「…………」
ったく。こいつら、味が濃くて量が多ければもうなんでもいいんじゃないかな。この前冗談のつもりで、カレーを鍋ごとテーブルに置いたら嬉々として完食してたし。
できるだけリクエストには答えたいところだけど、彼らの欲求に合わせていると私や姫様がついていけない。頭が痛いところだった。
「それとお嬢、一つ聞きたいんだが」
「なーに?」
「その……。なんて言うんだ、最近はずいぶんと明るくなったじゃねえか。何かあったのか?」
ふっと笑う。この質問の答えは決まっていた。
「ううん、なんにも」
「本当か? いや、別に悪いってことじゃないんだけどよ。もしかしてお嬢、とっくに何もかも知ってるんじゃねえかって」
「何のこと? 何か隠し事してるの?」
聞き返すと、カルロさんは言葉に詰まった。
シルルちゃんほどじゃないけど、カルロさんも腹芸は苦手そうだ。はぐらかすのは簡単だった。
別に特に意味があって隠してるわけじゃないんだけど、強いて言うならただの憂さ晴らしだったりする。私は何も知らないただの町娘。そういうことにしておいて。
「ルーチェさーん。終わりましたー?」
「おっと」
安全な場所に隠れていたシルルちゃんが出てきた。元気よく抱きついてきた彼女を受け止めて、くるんと回す。
「シルルちゃん、勝手に出てきちゃダメじゃないの」
「えへへ、ごめんなさい。早くルーチェさんの顔が見たくて」
「本音は?」
「お腹が空きました!」
今日も元気そうで何より。ほっぺをつまんでぎゅーっとすると、姫様は表情をにへらと緩ませた。可愛い奴め。
「今からお昼ご飯の買い出しに行くけど、シルルちゃんも来る?」
「お供します!」
「それじゃあ片付けてくるから、お出かけの準備して待ってて」
カルロさんに姫様を預けて店内に戻る。もう一つやらなきゃいけないことがあるんだ。
雷銃を構えたまま、カウンターの下を覗き込む。カウンター下にこっそりと忍んでいた暗殺者さんと目があった。できるだけ怯えさせないように、にこやかに笑いかけてみた。
「やっほ」
「…………!」
発射。ナイフよりも速く放たれた雷撃が、彼の身体を貫いた。
身体が痺れている間にロープで手足を縛り上げる。いよいよ観念したのか、彼は仮死薬を飲み込んだ。
これ飲んでも死にはしないって聞いたけど……。めちゃくちゃ嫌な気分になるらしいしなぁ。はあ、もう、しょうがない。
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
横向きに寝かせて、お腹を足で蹴る。この体勢だと腹パンよりもこっちのほうが楽なんだ。
何度か強めに蹴ると、彼は激しく毒を吐いた。あー、店の床がまた汚れた……。後でカルロさんに掃除してもらおう。
「お嬢、それで最後か」
店内に忍び込んだ暗殺者を縛って回っていた、リオンさんが言う。
「うん、この人で最後。リオンさん、悪いんだけどこの人、店の外まで持ってってもらえる?」
「ああ。それは構わないが、お嬢。一つ頼みがある」
「嫌だ」
「後で俺の腹も蹴ってくれ。できれば靴を脱いでストッキングで蹴って欲しい。分かってるとは思うが黒ストだ。もし持っていないのであれば俺のを持って来るが、どうだ」
「総じて死んで欲しい」
ツッコミを入れる気力も無かった。もうこの人本当やだ。
これでかなりの腕利きだっていうのが本当に納得いかない。これでこの人、複数の暗殺者に同時に斬りかかられても、無傷で制圧する実力者だ。黙ってさえいればちゃんと仕事するのに……。
「ああ……。その雑な扱いも、すごく良い……」
「あの、あなたに多くを望もうとは思いませんが、せめて外ではそれ見せないでくださいね」
「それは愛の告白と受け取ってよろしいか」
「気持ち悪いしよろしくないし気持ち悪いし気持ち悪いです」
リオンさんは身悶えして喜んでいた。私は彼という存在を頭から消した。見なかったことにしよう。この人は存在自体が有害だ。
ぷるぷるリングくん・ザ・ビーストの反応もなくなったので、私もでかける準備をする。ちょっと買い物に行くだけだから、雷銃と術式改変魔道具、それから解毒用魔道具くらいでいいかな。携帯式感応防御魔道具とかもあるんだけど、重いからなるたけ持ち歩きたくない。
「シルルちゃん、おまたせ」
「はい、行きましょうか」
姫様と手をつないで外に出ると、ぷるぷるリングくん・ザ・ビーストが反応した。今日の襲撃はハイペースだなぁ。まあ、これくらいは想定内だ。
「シルルちゃん。私から離れないでね。後何か食べたいものある?」
「ルーチェさんが作るものでしたら、なんでも」
「そういうのが一番困るんだよなぁ……」
お昼何にしようかなーと考えつつ、感応防御を作動させる。自動展開した結界が路地裏から放たれたナイフを叩き落とした。物騒ですこと。
「カルロさん、リオンさん。敵は三人。路地裏に一人、向こうの屋根に一人、後ろに一人。カルロさんは路地を、リオンさんは後ろをお願い。屋根とシルルちゃんは私に任せて」
「了解。お嬢、怪我するなよ」
ホルスターから引き抜いた雷銃を構え、狙いを定める。んー、遠くの相手を狙うには少し不便だな。要改善ポイントとして覚えとこう。
「大丈夫。誰も死なせないから」
引き金を引くと、王都の空に紫電が走る。直撃はさせていない。ただの威嚇射撃だ。
まったくもう。店にいれば襲撃を受けるし、外を歩けばナイフが飛んでくる。スリリングなことこの上ない。
だけど、私の隣りにいる姫様は楽しそうだ。だったらもう、それでいいかな。
こんな風に慌ただしい日常も、私は結構気に入ってたりしていた。




