19話
という盛大なカマかけをしてみました。
いやね、こんだけ自信満々で言っといてなんだけど、矛盾があるんだよ。敵が騎士団だったとしたら、明らかにおかしいでしょって思う大きな矛盾が。
というかもう言っちゃうけど、騎士団には姫様を狙う動機がない。これが全てだ。
なんで騎士団が姫様を狙う必要がある。今の騎士団は王家と仲が悪いわけでもないし、姫様をかどわかしてクーデターを画策している様子もない。この点は特に入念に噂を調べたが、姫様を狙う理由に繋がる情報は、何一つ流れてこなかった。
だから私はこの結論に自信を持てなかった。でも、もしも騎士団の目的が、私の考えている通りだったとしたら、全ての事象に説明がつく。
だけどそれに繋がる決定的な証拠はまだ掴めていない。そんなわけで、私は彼らに対してカマをかけたのだ。
そう。カルロさんとリオンさんである。
「……なあ、リオン」
「なんだ」
「お嬢が言ってたこと、どう思う」
敵の正体を暴いたところで日も暮れたので、護衛のお二人は姫様を連れて帰っていった。
私はと言えば、彼らに取り付けた遠隔通信魔道具(音声を双方向で、映像を単方向でやり取りできる、数ミリサイズの小型魔道具。おじいちゃんにバレたら怒られる技術を使っている)で彼らの動向を伺っている。
二人は特に何事もなく姫様を王城まで送り届けて、今は兵舎に戻っているところだった。
「どうも何も、ただ驚くしか無い」
「だよな……。俺もまさかとは思ったぜ」
「ああ。正直言えば、こんな事になるとは思っていなかった」
「まったくだ」
それからカルロさんは、声を潜めて言った。
「まさかお嬢に見破られるとはなー」
「つくづく末恐ろしい娘だ……」
おい。やっぱりクロじゃねえか。
騎士団が関係していることについても、これで裏付けが取れた。これでも心構えはしているつもりだったのに。いざ実際彼らが敵側に繋がっていると聞かされると、どうしてもショックはある。
「どうすんだ? ここまで見破られてると、明日にはもう証拠でも握ってそうだぜ?」
もう握ってるよ。この映像魔道具、記録機能もついてるから。
「どうするも何も、これは流石に現場での判断はつかんだろう」
「それもそうだな。んじゃ、団長に相談しに行くか」
「ああ」
兵舎に着いた彼らは、その足で騎士団長の執務室まで移動する。私はそれをのんびり眺めていたわけなんだけど、今更ながらにあることに気づいて顔を青ざめていた。
国防に関する機密情報を不正に取得すること。これすなわち、立派な法律違反なのだ。
(……ま、いっか)
気にしないことにした。バレなきゃいいんだ、バレなきゃ。
「団長ー。ちょっと相談したいことがあるんだけどー」
カルロさんはノックもせずに騎士団長室の扉を開く。執務机に向かっていた男性は、それに眉をひそめてから嘆息した。
「ノックくらいしなさい」
「何言ってんだ。俺と団長の仲じゃねえか」
「騎士団長と平騎士の仲ですね。それ以上でもそれ以下でもありません」
「おいおい。それ以上が必要なのか?」
カルロさんがバチコンとウィンクを打ち込むと、騎士団長は呆れたように苦笑する。
何だこいつ。私の前とキャラ違くねえか。いや、確かにこんな感じの全力うざ絡み野郎だったけどさ。出力が違うじゃん。こいつ、あれで一応手加減してたのか。
「それで、どういった用件ですか。この任務中は騎士団員との接触を避けるように指示していたはずですが」
「状況が変わったんだ。報告の必要があると判断した」
「聞きましょう」
仕事モードに入るとカルロさんもさすがに真面目になった。浮ついた顔を引き締めて、似合わない敬語を使い始める。
「本作戦に協力していただいている民間人の件です。彼女に、本作戦の一端が露見した可能性があります」
「ふむ……。それは確かに聞かねばなりませんね。どういった経緯で、何が露見したか、端的に話しなさい」
カルロさんは状況の説明をする。内容は主に、私が言った暗殺者の正体についての考察だ。
話を聞くほどに騎士団長の顔が険しくなってくる。そして最後に、彼は頭を抱えて黙り込んだ。
「――以上が事の経緯です。今はまだ疑念程度かもしれませんが、彼女は恐ろしいほど真実に近い場所にいます。このまま放置すれば、全てが露見するのも時間の問題でしょう」
カルロさんがそう締めくくると、騎士団長は大きくため息をついた。
「作戦部隊の誰かがうっかり証拠を残したものかと思いましたが……。何一つ決定的な証拠が無いところから、ここまで推論を突きつけるのは驚異の一言ですね。彼女、本当にただの民間人ですか」
「それは……。私どもでは判断しかねます」
判断してよ。どっからどう見てもただの民間人じゃないか。お前らは一体私の何を見てたんだ。
「団長、現場としては本作戦の中止を進言します。彼女という存在はあまりにもイレギュラーすぎです。これでは本作戦の趣旨を果たすことは叶わないでしょう」
「一理ありますね。私としても、作戦部隊から連日のように失敗報告を聞くのに飽きてきたところです」
「はい。それに、当の彼女にも過剰な負担がかかっているように見受けられます」
いーや平気だね。全然びびってないし。これくらいへっちゃらだし。ルーチェさんはか弱さと強靭さを兼ね備えた、極めて自分に都合がいい町娘なのだ。
「その少女はよほど気の弱い子なのですね。報告書ではさながら悪鬼羅刹がごとく表現されておりましたが、どうやら誇張表現だったようです」
「いえ、彼女は大分肝が据わっていますよ。彼女にかかっているプレッシャーは、我々の比ではありませんので」
「ああ、なるほど。それもそうでした」
あー……。やっぱりか。
ここまでの会話でほとんど裏は取れている。私の考えは正しかったようだ。
騎士団が姫様を繰り返し襲撃する、真の目的。それはもう一つしか考えられない。
「彼女、この訓練のことを実際の事件だと思ってるんですね」
そう、ただの訓練である。
この事件の関係者にことごとく緊張感が無いのも。暗殺者がナイフに毒を塗らないのも。かと言えば、麻痺毒などと言う後遺症が残らない毒を使用したのも。
全ては訓練だから。それで説明がつくのだ。
「なるほど、状況はわかりました。他に知らせておくべきことは」
「そうですね。姫様の方ですが、本日も当訓練への精力的なご協力を賜りました。よほど彼女のことを気に入ったのでしょう、明日の訓練も楽しみにしておられます」
「……。留意しておきます」
私が本気で悩んでいたときも、姫様は姫様なりに楽しんでいらっしゃったようだ。
あの娘一発どついたろか。不敬罪を承知で、私はそんなことを考えていた。




