11. 冷静で無い事は分かっている
「………」
真壁刑事の視線が俺の目をまっすぐに捉える。その少し充血した目は、俺みたいな若造にすら……ある種の決意を感じさせた。
「……失礼ですが勘違いか見間違いじゃないですか?」
「そうですね……いつもの私なら自分にそう言い聞かせていたでしょう。そして当然、被疑者らしき人物を発見したなら本部に指示を仰ぎ、一人で被疑者の所に乗り込む様な暴挙を犯す事もなかったでしょうね」
その事については俺も不思議に思っていた。実はこの人を自宅に招き入れて以降、俺は話を聞きながら家の外の気配にも耳をそばだてていたのだが……
(少なくとも一箇所に留まっていたり、こちらを気にする様な気配は無いんだよな……)
「本当にたとえばの話ですけど──仮にその男の怪我があり得ないくらい早く治っていたとして……どうして真壁刑事は組織の規律を破ってまでそんな行動に出たんですか?」
「……理由は二つあります。まず一つ目……昨日の通り魔事件では現場の警察官に負傷者が出ています。そのうちの一人、近藤伊佐見巡査は猟銃による発砲を受け重傷を負っていました。標準装備である防刃チョッキの刺突防止プレートが僅かにですが散弾の威力を弱め、しかも近藤巡査自信が訓練の域を超えて非常に鍛え上げられた肉体を持っていたので即死は免れましたが……それでも彼の生命は本来なら搬送前に潰えていたはずだったそうです」
そうか……真壁刑事の口ぶりからするとあの警官、なんとか助かったんだな。
「ですが不思議な事に……彼は生命を拾いました。救急隊員や搬送先の病院からの情報では、傷の状態からはあり得ないくらい安定した状態だったそうです。治療に当たった先生は“まるで傷の時間が止まっていたみたいだ”と仰っていました」
あー……なんとなくこの人が俺をこっそり探った理由が分かった気がする。
「そして……もう一つの理由。私には歳の離れた妹が居ます。もう何年も脳腫瘍を患い入院している妹が……彼女の脳腫瘍は脳幹に近い非常にデリケートな位置にあり、しかも脳腫瘍の影響で複数の動脈瘤が近くに併発している為……現在の医療技術では手の施し様が無いそうです」
………
「そして昨日、あなたが逃げ込むつもりだった路地裏に私が居たのは……妹の動脈瘤の一つが破裂したという知らせを受けていたからです。現在、投薬によって状態のコントロールを行っていますが……おそらく今日の夜までは保たないと言われました。そして彼女を助ける為にはどうしても手術が必要になります。たとえそれが……ほとんど成功する可能性の無い手術だとしても」
――――――――――
(参ったな……こんな事になるなんて完全に想定外だわ)
真壁刑事の言わんとしてる事は分かった。だけど……
(……なあ根菜類)
『たから根菜類って呼ぶんじゃねえよ。話は聞いてた……つうか聞こえてるに決まってるだろ。で、お前が聞きたい事もおおよそ見当はついてる』
(……で、どうなんだ? この人の妹……俺の血を飲ませたらなんとかなるのか?)
『………お前の血だけでなんとかなるかは五分五分ってとこだな。確実になんとかしたいってんなら方法もあるけどよ』
(分かった……後で教えろ)
「それで……真壁刑事、これは仮定の話として聞いて欲しいんですが」
「……何でしょう」
「仮に、その仮面の男が“貴方の妹を助ける何らかの手段”を持っていたとしましょう……貴方はその手段の提供に対してどんな対価を用意出来るんですか? あくまでも仮定の話……ですが」
「………」
真壁刑事は無言のままSDカードと……何故か拳銃を俺の前に置いた。
(おいおい……物騒なもん持ち歩くなよ)
「このカードは事件が起こった前後一時間に渡る店内の全防犯カメラの記録です。被疑者の足跡を辿る際に発見した二箇所の映像も収めてあります。量販店や他のカメラの管理者には捜査の名目で任意提出してもらいました。現時点では店舗にも捜査本部にもコピーは存在しません」
なるほど……
「へぇ……」
「仮に──この捜査資料を紛失すれば捜査本部は被疑者……仮称“金曜日の怪人”に迫る事はかなり困難になるでしょう」
ふむ……悪くは無いけど……
「仮の話が多くて申し訳ありませんが……その映像はあくまでも被疑者に似た人物の足取りが記録されているだけですよね? 直接被疑者だと断定できない以上……その仮面の男にとってはそれほどメリットは無いのでは?」
「確かに……ですがメリットが無いとも言い切れませんよ?」
――――――――――
今の私が冷静でない事は分かっている。私が路地裏で緊急の連絡を受けて以降ずっとそうだという事もだ。
昨日起こった事件の背景は、それほど複雑なものでは無かった。ただ……その事件には何故か正体不明の何かが関わる事になった。そして、いくばくかの幸運と巡り合わせの結果……私の眼の前には、鍛え込まれた身体と、その身体のイメージにはあまり似つかわしく無い優しげな顔つきの少年が座っていた。
「確かに……ですがメリットが無いとも言い切れませんよ?」
だが、目の前の少年の中身は顔つきとは裏腹にとても思慮深く鋭い。それはこれまでの会話から十分に判断出来る。
「なるほど……」
ほら……今だって私に言質を取られる様な返答を避け、視線だけで先を促した。さっきの会話は冗談のつもりだったのだが……
(確かIQの高い人間は比例して精神年齢が高くなるって聞いた事あるけど……)
だが、ここで怯む訳にはいかない。楓子の生命が掛かってるんだ。
「そうね……まず、証拠は映像だけじゃないというのは分かるかしら?」
「……どういう意味です?」
「貴方は本当に凄いわ。転生は冗談だけどその年でそこまで熟慮を重ねて会話できるなんて……でも貴方だって昨日から使えた時間が私より長かったわけじゃないでしょう? 貴方が着ていた作業服やマスクは完全に処分出来たのかしら? 私の見たところそんな時間は無かったと思うのだけど?」
(というか、あの時の様子からしたら簡単に捨てたとも思えないけど……)
彼は無言のまま……私の目から視線を逸らさなかった。
「この映像があれば家宅捜索礼状くらいは十分に請求出来るわ。もしこの部屋から銃痕のある作業着が見つかったらどうなるかしら? たとえ貴方の身体に傷跡が無かったとしても……警察は徹底的に貴方の事を調べるでしょうね。もしかしたら本当に隠し通しておきたい事まで暴かれてしまうかも……」
「……そうですか」
一言だけ答えた彼は……悲しげな表情をした。次の瞬間……彼の身体が大きくなった様な気がした?!
「まって……勘違いさせたら御免なさい。今言った事は私の提案にメリットが在るという事を説明しただけです」
(なんて威圧感なの?! 間違いない……昨日の路地で遭遇したのは彼だ!)
「……対価は別だという意味ですか?」
ほんの少しだけ……彼のサイズが縮んだ。
「勿論……私はこの提案をしている時点であらゆる物を対価にする覚悟は出来ています。キャリアや財産は勿論──もし要求されるならこの身体でも……」
― ブッ ―
あれだけ何を聞いても動じなかった彼が……盛大に咽ている?
「その男……そういう対価は求めないんじゃないですかね……知りませんけど」
私は、この部屋に入ってから初めて……少しだけ笑ってしまった。
いつも読んで下さっている皆様、誠にありがとう御座いますm(_ _)m
今回は何故かめっちゃ緊迫していました……(笑)
主人公は元々考えすぎて口に出来ないタイプのキャラなので自信さえ持てれば交渉自体はそれ程苦手では無いのですが……
最後には若さが出てしまいましたw
さて緊迫(笑)した雰囲気のまま……次回の更新にもご期待下さいm(_ _)m
そして、読者の皆様には毎度の面倒事とは思いますが……
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