Dream On Dreamer_7
「それじゃぁバリー君はまた明日ねっ。」
「おう、またな。」
「アナさんもまたねっ、末永くお幸せにーっ!」
「うーいっ。」
「……。」
無邪気に手を振りながら去っていくアリシアを見送って、俺は素っ気ない振りをして何てことはないという風に応えた。
結局、クロエの誕生日プレゼントを買いに来ている事をアリシアには言わなかった。
別に話しても良かったが、けれど変に気を使わせるのも悪いと思ったからだ。
因みにアナもクロエの誕生会に誘われたが、なんでも明日は珍しく用事があるとかで断っていた。
実際のところ、本当に用事があるかどうかは疑わしい。
まぁそれは良いとして――しかしアリシアの去り際の一言は、色んな意味でなかなかにキツいものがある。
そうして無自覚に突き立てられた天然物の悪意に俺が心を痛めていると、あっと言う間にアリシアの姿はむせ返るほどの雑踏の中に掻き消えて行った。
「しかし……キミは素直じゃないなぁ。」
「……なんのことだ。」
アリシアが居なくなって直ぐ、それまで隣で陽気に手を振っていたアナが突如そんな事を言い始めた。
見れば腰に両手を当て、まるで俺の自然で紳士な対応を非難するように不機嫌に眉をひそめている。
素直じゃない――その物言いからして、言いたいことは一つだろうが……。
「好きなんだろー? あの子のこと。」
「……。」
――だが、そんな事はお前の知った事じゃないし、まして他人のお前にとやかく言われることでもないのだ。
「さっさと告っちまえよ。」
「喧しい。もうお前も帰れ。たく――」
このまま黙ってやり過ごすつもりが、アナが他人行儀に身勝手な事を言うもんで流石に黙っていられなかった。
コイツだって俺の業苦のことは知ってる、そう簡単な事でないことくらい解るはずなのだ。
それにアリシアにはトールがいる。
俺の想いを伝えたところで、そんなの迷惑するだけだろ。
「もう会えなくなるんだろ? キミはこれで良いのかい?」
「別に……。」
アナは、俺がアリシアを好いている事をいつからか知っていた。
とはいえ、それは旦那のトールだって既に知っている事だし、別にいまさら強く否定するつもりも隠すつもりもない。
そしてトールには、俺からその事を伝えていた。
まだトールと知り合ったばかりの頃、俺はアリシアごと突き放すつもりで俺の業苦のことを彼に話していた。
しかしトールが俺に怒る事は無く、また俺の予想に反して困ったように笑うだけだった。
なんでも、俺に関わらずアリシアに心奪われるものは多いらしく、そう言った事は日常茶飯事なのだとか。
そして――
***
「いえ、まぁ、正直アリシアはかなりモテますし。こういったこと自体は良くあるので……。」
「……嫌じゃないのか?」
「嫌も何も、ヒトの気持ちばかりはどうにもできませんから。それに彼女が僕から離れてしまうのなら、結局それは僕が悪いんです。」
「そ、そうか……。こう言っちゃなんだが――しかしクロエもいるというのに、その結論はちょっと身勝手じゃないか……。」
「ははは……ですよね……。」
「……。」
「なんか、すみません……。」
「いや、まぁどのみち、俺にはこの業苦がある。お前達にも、最悪命を落とす危険があるということを知っておいて欲しかった。それだけだ。」
「夢が現実になる業苦……。それが、バリーさんが街を転々としている理由ですか。」
「あぁ。この業苦が原因で、これまでに何人も死んだからな。それも、俺が大切に想うヒトばかりが犠牲になった。」
「そうですか……。」
「だから……アリシアも……。多分、例外ではない……。」
「……。」
「だから、あまり俺に近づけない方が良い。」
***
しかし、その後もアリシアがクロエを連れて俺の元へ遊びに来るのを、トールは止めようとはしなかった。
俺の意思に反して、トールは俺を家族から遠ざける事をしなかった。
俺の気持ちに気付いていながら、アリシアが俺に近づくのを引き留める事をしなかった。
俺の想いを知っておきながら、俺から遠ざけることをしてくれなかった。
そしてそれが良い事なのかは解らないが、しかし俺は心のどこかで救われていたと思う。
「――それに、会いに行こうと思えば、俺はいつでも行ける。俺は自由だからな。」
「あっそ。」
珍しく素っ気なく、アナが応える。
「言っとくけど、彼女たちがこの街を去ったら、キミってヤツは二度と会いに行かないよ。断言できる。」
「……。」
そして、それは図星だった。
俺は近く、この街を出るつもりでいる。
その決心が固まったのは、昨日トールから引っ越しの話を聞いた時だ。
あの家族をこの街から見送ったら、俺はここを去ろうかと考えていた。
そしてアナの言う通り、俺はもうアリシア達に会いに行くつもりはない。
そしてどういう訳か、アナにはそれが見透かされていたらしい。
「だからさ、想いは伝えなって。」
「そんなことしてどうする。アリシアにはトールがいるし、それに俺は、この業苦がある限り……お前はよく考えてから物を言え。」
「……。」
少し乱暴な物言いになってしまったが、結局のところそうなのだ。
俺の気持ちがどうであれ、そして仮にアリシアの傍にトールが居なかったとしても、俺に選択の余地はない。
そんな事は俺自身が一番よく解っている事で、まして告白など、端から論外だ。
そしてその事はアナにもとっくに解っている筈なのに、今日に限ってやけにしつこく食いついてくる。
「業苦、ね。」
不意に、小さな溜息をひとつ。
少しの沈黙の後、ポツリとそう呟くと、アナは俺に背を向け、物憂げに青空を見上げた。
いつものアナじゃない――一体なんだというのか、柄にも無くしんみりとされると流石に極まりが悪いのだが。
少なくとも普段の茶化しとは違う――そしてその背中は、俺の知らない真面目なアナの一面だったと思う。
「辛いよね、好きなヒトの傍に居られないってのはさ。」
だからと言って――
「だから……他人行儀に知ったような事を言うな。」
俺の気も知らないで、簡単に言いやがって――結局アナは、そういうヤツだ。
「あのねぇ……私にもそれくらいは解るよ、別に他人行儀なんかじゃない。」
「どうだかな……。」
「……ま、キミがこれで良いと言うのなら、別に私も……。」
「……。」
呆れたようなその言葉を最後に、アナは空へ浮かんで行った。
いつものようにこちらへ振り返って手を振るでもなく、ただ淡々と遠ざかり、小さくなっていった。
別にこんな事で突き放すつもりも無かったのだが、ケンカ別れをしたようで僅かに虫の居所が悪い。
「なんだったんだ、アイツ……。」
アナの居なくなった青空を見つめて、俺はアイツの先ほどの言葉を思い出していた。
ー 言っとくけど、彼女たちがこの街を去ったら、キミってヤツは二度と会いに行かないよ。断言できる。 -
「……。」
他人から言われると、まるで真理を突き付けられているようで一層重い。
俺はまた、独りになろうとしている。
独りでいる事を選ぼうとしている。
俺はまた独りになる。
「けどそれは、仕方のない事だった筈だろ……。」
あぁ、そうだ。
この結末は、最初から解っていた事だ。
この別れは、俺自身が望んでいた事だ。
そしてこの孤独は、俺がこの黒い羽根と共にある限り、生涯望まなければならなかったことだ。
むしろ今までがおかしかったのだ。
長く留まりすぎたのだ。
ヒトの優しさに甘え、幸せでいる事に慣れ過ぎたのだ。
「別に、元に戻るだけだ……。」
もう十分だ。
もうこれ以上、ヒトの優しさに甘えるわけにはいかない。
アリシア達は、年明けにはこの街を出る。
その見送りを最後に、俺もここを発つとしよう。
そして明日はクロエの誕生日、それが終わればいよいよ……て、そういえば――
「結局、クロエのプレゼント、決められなかったな……。」
ふとその事を思いだし、俺はポッケから真ん丸のキーホルダーを取り出した。
そのお粗末なお守りを見つめて、来たる別れを噛み締めて。
脳裏に過ったのは、クロエの笑った顔だった。
「家族が末永く……幸せで、ありますように……。」
プレゼントは用意できなかったが、せめてあの家族の為に。
アリシアへのせめてもの選別に。
トールへのこれまでの感謝の印に。
そしてなによりクロエの為に、そんな夢を見られたら良い――そう思った。
人情やん。




